第肆章 呪いのレコード

第15話 沖さんと國仲さん

 沖さんのお店で働き始めてから早三週間。


 自分の力を活かして沖さんの役にたちたい、そう思っていたんだけど――。


「はあ、暇だわ」


 思わず口に出す。


 このお店、休日の昼間に数人ランチのお客さんが入るくらいで、平日はほとんどお客さんがいないの。


 怪異絡みの依頼も、あれ以来一件も来ないし、ここに来て、私はほとんど沖さんの淹れたコーヒーや沖さんの作ったお菓子をご馳走になって帰っている。


 花嫁修業と言ってここに来ているのに、こんなことでいいのかしら。


 私が玄関のところにいた黒猫の福助に餌をやっていると、見覚えのある警帽姿がやってきた。


 やってきたのは背が高くて真面目そうな警官。國仲さんだ。


「こんにちは、千代さん」


 ピシッと頭を下げる國仲さん。


「あっ、國仲さん、こんにちは!」


「こんにちは。千代さん、すっかり女給業も板に付いてきましたね」


「いえ、私なんてまだひよっこで」


「そういえば前澤さん、感謝していましたよ」


 前澤さんって、この前の懐中時計のお婆さんだよね。


「本当ですか?」


「ええ。彼に手紙を出したら返事が来て、彼も丁度奥様を亡くされたばかりみたいで、今度、彼に会いにアメリカに向かうそうです」


「ひゃあっ、凄いですね!」


 まさか、前澤さんがアメリカに行くだなんて!


 上手くいくといいなあ。


 ひょっとしたら、そのまま嫁いじゃったりして。


 二人でそんなふうに世間話をしていると、後ろから声がした。


「おーい、女給さん、早くお客様を案内して!」


 少しいらいらしたような沖さんの声。


「はっ、そうでした! ええっと、おひとり様ですか? 空いているお席へどうぞ」


「はい」


 國仲さんがクスリと笑いながら奥のテーブル席に座る。


「沖さん、僕らが仲良く話していたから嫉妬したんですかね」


「ま、まさかぁ」


 そんなことない……よね?


 沖さんの顔を見ると、少し拗ねたような顔でコーヒーを淹れていた。


 私はおしぼりとお水、メニューを國仲さんの席に置いた。


「こちら、メニューです。お決まりになりましたら……」


 私がそう言いかけた瞬間、國仲さんは、メニューを見もせずに言った。


「いつもの」


「は、はいっ!」


 私は慌てて沖さんの所へ行くと「いつものだそうです」と伝えようとした。


 だけど私が何か言う前に、沖さんはもう既にカレー皿にお米をよそっていた。


「はい、ライスカレー」


 國仲さん、ここに来るといつもライスカレーを頼むから、沖さんも注文を聞く前から準備しちゃってるんだ。


「はい、ライスカレーどうぞ」


「ありがとう」


 私は國仲さんの席にライスカレーを置くと、沖さんにこっそり聞いてみた。


「そういえば、沖さんと國仲さんってどうして仲良くなったんですか?」


「話せば長くなるけど、彼とは昔からの付き合いでね」


「そうだったんですか」


 昔から……どうやって出会ったんだろう。

 私が不思議に思っていると、沖さんはニヤリと笑った。


「まあ、端的に言うと、國仲くんは僕の子孫なんだ」


「えっ!?」


 ビックリして大声を出すと、沖さんは笑ってウインクした。


「あ、大丈夫、大丈夫。僕が結婚してたのはもう千年もまえのことだから。結婚相手もとうの昔に亡くなってるし、嫉妬しなくても――」


「嫉妬なんてしてません! ただちょっとびっくしただけです!」


 私がぷいっと横をむくと、沖さんはアハハと笑って教えてくれた。


「元々、ここにあった神社は、僕の子孫である國仲くんの家が代々管理していたんだよ」


 だけれども、國仲さんは神主にはなりたくない、警察になりたいんだと家を飛び出し、警察学校に入った。


 國仲さんのお父さんとしては、警察なんて大変な仕事、國仲さんには務まるまい。そのうち辞めて帰って来るだろう、という考えだったらしい。


 だけど、國仲さんの両親は事故にあい、想定外に早く亡くなってしまう。


「でも國仲クンは警察官になるのが夢だったし、叶えたばかりの夢をそんなにすぐに諦めるのは可哀想でしょう? だから代わりに、このカフェーを建ててもらったんだよ」


「なぜ、カフェーを?」


「平たく言えば信仰を集めるためかな」


 沖さんは、ふふんと鼻を鳴らす。


「なんでも近頃では、カフェーが大流行りで、悩み事があれば、神社に祈るより、カフェーのマスターに相談するらしいじゃないか。そこで僕も、カフェーで人々の悩みを聞き、信仰を集めたいと思ったのさ」


「は、はあ」


「前にも言ったけど、神々もあやかしも、文明開化に適応しないと生きていけない時代だからね。ま、僕の場合、コーヒーが好きっていうのもあるけど」


「ちなみに沖という名前は僕がつけたんです。おき常春つねはる――略しておきつねってね」


「はあ、なるほど」


 まさか、沖さんと國仲さんに、そんな関係があっただなんて。


 そして沖さんが、実は結婚していたことがあっただなんて。なんだか少し複雑。


「ちなみにですが」


 國仲さんがカレーを頬張りながら聞いてくる。


「沖さんは、どうして千年ぶりに結婚しようだなんて思ったんですか?」


 國仲さんの問いにドキリとする。


「それはね……」


「それは?」


 私が身を乗り出すと、沖さんは西洋の役者よろしくウインクをした。


「千代さんの顔が凄く好みだからさ!」


 そ、そんな理由!?

 私が呆れ返っていると、沖さんは慌てて付け足す。


「あ、それに、お稲荷さんもすごく美味しかったよ!」


 でもそれ、食べたのって十年前じゃない!

 私が口をパクパクさせていると、國仲さんが笑いながら聞いてくる。


「ちなみに千代さんはどうして?」


 どうしてって、求婚されて仕方なくなんだけど、強いて言うなら……。


「顔が良いからですかね」


 悔しいけど、沖さんの外見は凄く良い。そこは認めなくちゃいけない。


 私がうんうんうなずいていると、沖さんはがばりと私を抱きしめた。


「なぁんだ、僕ら似た者どうしだね!」


 どこが!?


 私は沖さんを突き飛ばして横を向いた。


「全然似てません!」

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