第13話 懐中時計の怪
「こんにちは。私が店主の沖です」
ぺこりと頭を下げた沖さんに、國仲さんがお婆さんを紹介する。
「この間はどうも。こちら、ご依頼人の
お婆さんは小さく頭を下げた。
「前澤と申します。國仲さんに、こちらでお
青白い顔の前澤さん。へえ、お祓いの依頼かあ。お祓いってどうやるんだろ。少し楽しみ。
沖さんはにこやかに対応する。
「ええ、大丈夫ですよ。ちなみにお祓いしたい物というのは何です?」
「それは、これです」
チャリと金属音がして、何かがテーブルの上に置かれる。
そこにあったのは、金の鎖が付いた懐中時計だった。
コチコチと時を刻む時計に、私の目は釘付けになる。
わあ、素敵。西洋風でおしゃれ!
……だけど、言われてみれば確かにこの時計、変な気配がするような気がする。
「ふむ、懐中時計ね」
沖さんは懐中時計を受け取ると、ひっくり返したり横から見たりして観察しだした。
「この懐中時計がどうかしたんですか?」
私が尋ねると、お婆さんはゆっくりと話し始めた。
「この時計は私が若い頃に貰ったものなのですが、最近、孫が就職して、スーツに合う時計が欲しいと言うので、お祝いにあげたのです」
だけど、時計を貰ってからというもの、お孫さんは女の人の幽霊に悩まされるようになったのだという。
「お願いです。この時計のお祓いをしてください」
頭を下げる前澤さん。
沖さんは渋い顔をして懐中時計を上から下からひっくり返した。
「うん、確かに何かの気配は感じるね。そんなに嫌な感じではないんだけど」
「嫌な感じではないんですか?」
國仲さんの問いに、沖さんはうなずいた。
「うん、悪霊のたぐいではないね。どちらかと言うと
付喪神? 頭の中に、舌をベロンと出した唐傘お化けの姿が思い浮かぶ。
「付喪神って、古い提灯とか傘とか壺とかが妖怪になるものですよね? 懐中時計もなるんですか?」
私がびっくりして尋ねると、沖さんが教えてくれる。
「うん、一般的には、人に使われた道具は百年経つと魂を宿して付喪神になると言われているね」
だけど沖さんが言うには、使った持ち主の強い思いがあれば、百年を待たずして付喪神になるという場合もあるのだとか。
「だから今回はそのパターンかもしれないね」
「なるほど」
時は大正。横浜の開港から五十年以上が経っている。
今までは、付喪神と言うと昔ながらの古い物がなると思っていたけれど、この先は西洋風の付喪神も増えてくるのかもしれない。
電話の付喪神とかタイプライターの付喪神とか……なんだか想像つかないけど。
「何でもいいです。とりあえず、お祓いをお願いします」
前澤さんはギュッとハンカチを握りしめる。
「分かりました」
沖さんは小さく息を吐くと、カウンターからお札を取り出した。
「狐火」
ボッと小さく音がして、懐中時計に火が灯る。
「火が!」
ビックリして立ち上がる前澤さんを、國仲さんがなだめる。
「大丈夫です。これは怪異にしか効果の無い火ですから」
「そ、そうですか」
落ち着きを取り戻す前澤さん。
そうだよね、いきなり時計が燃えたりしたらびっくりするよね。
「見て、この時計に宿った魂が正体を現すよ」
沖さんの言葉に、視線を前澤さんから懐中時計に戻す。
すると、時計から上がる真っ白な煙が、若い女の人の姿になった。
もしかしてこれが、この時計に宿った魂……付喪神なの!?
私が煙を見つめていると、急に前澤さんが引きつるような声を上げて目をひんむいた。
「――ヒッ」
何かに怯えたような前澤さんの顔。
その顔を見て、私は少し違和感を覚えた。
前澤さん……どうしたんだろう?
私は前澤さんと付喪神の顔を代わる代わる見た。何だろう、なにか違和感が……。
――あれ? もしかして。
その時、色あせた活動写真のような不思議な光景が、私の頭の中に流れ込んできた。
「例え離れ離れになっても、貴女のことは忘れません」
目の前に現れたのは、金髪に青い目。シルクハットをかぶった異人さん。
異人さんは、赤い着物を着た日本人の女の人に金の鎖がついた懐中時計を手渡す。
「これを私だと思って大切にしてください」
「待って、行かないで!」
泣きながら叫ぶ女の人に、異人さんは悲しそうな顔で首を横に振る。
「大丈夫です。悲しまないで。たとえ離れ離れになっても、私と貴方はこの鎖のように強い絆で結ばれているのです」
そう言って、去っていく異人さん。
カチコチ、カチコチ。
刻む時計の針。
行かないで……行かないで……。
女の人の声が頭の中にこだまする。
――忘れないで、私のことを!
これってまさか、あの付喪神の記憶?
だとしたら、あの女の人は――。
気づいた瞬間、私は反射的に沖さんの手を取っていた。
「待ってください」
私の思いもよらぬ行動に、沖さんが慌てる。
「ど、どうしたの、千代さん。いきなり手を握るだなんて、大胆だなあ、むふふ」
「ち、違いますっ!」
私は慌てて手を離す。
全くもう、この狐は!
「そうじゃなくて――」
私はゴホンと咳払いをすると、前澤さんに向き直った。
「前澤さん、この付喪神を――懐中時計に宿った魂を消してしまって本当に良いんですか?」
「それは――」
前澤さんは青い顔をしたままうつむく。
沖さんは懐中時計に着けた火を消した。
「どういうことだい?」
怪訝そうな顔の沖さん。
私は思い切って尋ねてみた。
「あの、もしかして……勘違いかもしれませんが、あの赤い着物の女の人って、若い頃の前澤さんじゃないですか?」
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