第12話 裏庭の神社


 女給さんの仕事、頑張ろうっと!


 言われた通り、張り切ってスプーンとフォークを磨き、福助に餌をやっていると、沖さんが新聞を手にやってきた。


「そうそう。それから新聞や雑誌の確認も大事な仕事だよ」


「そうなんですか?」


 私が首を傾げていると、沖さんは奥からボロボロのノートを持ってきた。


「そ。怪奇事件が乗ってたらそれを切り取ってこのノートに貼り付けてくれる?」


「はい、分かりました」


「ま、これはカフェーの仕事というより、僕のもう一つの仕事がらみだけどね」


 そう言うと、沖さんは私の目を真っ直ぐに見つめた。


「……千代さんには、僕のの方の仕事も手伝って貰えたらありがたいし」


「はい」


 ゴクリと唾を飲み込む。


 というのは、やっぱり怪異絡みのことなんだろうな。


 私に何ができるかは分からないけど、まあ、記事を切り取る位なら簡単かな。


 私は『怪奇倶楽部』という雑誌をペラペラとめくった。


 聞けば、このところの怪奇・オカルト流行ばやりの影響でこうしたオカルト関連の雑誌が増えていてるんですって。


 それどころか、最近は真面目な新聞や雑誌にもこうした記事が多いのだとか。


 沖さんに言われ、私は『怪奇! 深夜汽笛を鳴らす幽霊汽車の正体は古狸!』という記事を切り取ることにする。


 ……ってあれ? この記事って、ひょっとしてこの間の? まさか雑誌の記事になってるなんて!


 私が驚いていると、沖さんが教えてくれる。


「あ、そうそう、この狸だけどね、昼間ここを訪ねてきたんた。色々と近況を話してくれてね。今は幽霊列車をやめて、お店をやることにしたみたいだよ」


「お店?」


「うん、ダンスホールだって」


 沖さんが茶色いマッチ箱を見せてくれる。


 そこには『ダンスホール・翻夢ぽむ歩子ぽこ』という文字が書かれていた。


「た、狸のダンスホール?」


 頭の中に、月夜の丘で踊り狂う狸たちの姿が思い浮かぶ。


 いや、違うよね。ダンスホールって言ったら、男性が踊り子さんにチケットを渡して踊ってもらうっていうあれよね。


 沖さんによると、このお店を尋ねてきたあの狸が、カフェー・ルノォルを見て、自分も店を持ちたいって思ったんだって。


 それにしてもダンスだなんて!


「最近のあやかしってモダンなのね」


 私が目を丸くしていると、沖さんはコーヒーを入れながら笑った。


「そうさ。この文明開化の時代、妖怪やあやかしたちも時代にどんどん適応していかないといけないからね」


 そうなんだ。文明開化で、あやかしや妖怪ってどんどん居なくなっていると思っていたけど、みんな時代に適応して、どこかで生き残っているのかな。


 コーヒー好きの、この狐みたいに。


 私はコーヒーを入れる沖さんの、端正な横顔をじっと見つめた。


 ***


 沖さんのお店で働き始めてから早一時間。


 平日の夕方という時間帯のせいもあってか、お客さんは一人も来ない。


 参ったなあ。ここで働くことにしたのは良いんだけど、暇すぎて死んじゃうかも。

  

 私が新聞の怪奇事件をぼんやりと探していると、カウンターの中で豆の整理をしていた沖さんが立ち上がった。


「それじゃあ僕は奥の倉庫で豆の補充をしているから、少しの間お店を頼んでいい?」


「はい、分かりました」


 一人になるのは少し不安だけど、お客さんもあんまり来ないからいいか。


 そんなふうに高を括っていたんだけど、沖さんがいなくなってから少しして、小さくベルの音が鳴った。


 カランコロン。


「いらっしゃいませ!」


 私は慌てて頭を下げる。


 緊張しながら入口のドアを見つめていると、入ってきたのは、若くて背の高い警官さん――國仲さんと、着物を着た品の良さそうなお婆さんだった。


「あれっ、君はこの間の……」


「こ、こんにちは、國仲さん」


 私はぺこりと頭を下げた。


「こんにちは、千代さん。ここで働いていたんですね」


「えはは、えっと、今日からここで働き始めたんです。その、花嫁修業で」


「そうだったんですね」


 國仲さんは神妙な顔でうなずくと、キョロキョロと辺りを見回した。


「それより、沖さんをお願いできるかな?」


「はい、分かりました」


 私は國仲さんの後ろに立つお婆さんをチラリと見た。


 あ、もしかして、怪異関連の依頼かな?

 何となくだけどそんな感じがした。


「それでは、こちらにかけてお待ちください」


 二人を奥のテーブル席に通すと、沖さんを呼びに行った。


「沖さん、沖さんっ!」


 だけど、沖さんの姿はどこにも見えない。


 おかしいな、倉庫に居るって言ってたのに。他に行くところといえば――。


 あっ。


 私は慌てて店の裏手に向かった。


「沖さーんっ!」


 勝手口からつっかけに履き替え、裏庭に向かう。


 そこには小さな赤い鳥居とほこら、そして狐の像があった。


 沖さんは祠に向かい、頭を下げている。


 ドクンと心臓が鳴る。


 店の裏にあの時の神社があるとは聞いていたけど、実際に来るのは初めて。


 子供の頃の記憶よりずいぶん小さく感じるけど、あの鳥居も狐の像も確かに見覚えがある。懐かしいな。


 私がほんの少しの間、小さい頃の思い出にふけっていると、沖さんがクルリと振り返る。


「千代さん、どうしたの?」


 はっ。いけないいけない!


「沖さん、お客さんが来ていますよ。たぶん、怪異絡みです」


「ああ、今行くよ」


 店長は立ち上がり、スーツのズボンをパンパンと叩くとカフェーへと向かった。


 びっくりした。沖さん、真剣な顔してた。


 あんな真剣な顔の沖さん、初めて見たけど――あそこってもしかして、ただの神社ってだけじゃなくて何かあるのかしら。

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