第28話 青い目のビスクドール
「志摩子さん……志摩子さーん!」
呼びながら辺りを探し回るけど、志摩子さんの姿はどこにも無い。
志摩子さん、どこへ行っちゃったの!?
「千代さん?」
「千代さん、どうしたの!?」
狼狽えている私を見つけ、沖さんと國仲さんが駆け寄ってくる。
「志摩子さん……志摩子さんが」
「志摩子さんが居なくなったの?」
「落ち着いて。一緒に探そう」
三人でフロア内を探す。
「居たぞ、こっちだ!」
程なくして、國仲さんの声が聞こえてきた。
見ると、藍色の着物を着た中年の男の人が、ハンケチで志摩子さんの口を押さえ、連れ去ろうとしている。
あれってもしかして……誘拐犯!?
「待て、貴様ーっ!」
國仲さんが雄牛のように猛烈な勢いで誘拐犯に向かって駆けていく。
「な、何だお前!」
青くなる誘拐犯。
「貴様、志摩子さんに何をする!」
國仲さんが思い切り体当たりをすると、男はグエッと声を上げて倒れた。
「犯人確保、確保ーっ!」
犯人の腕を背中でねじりあげる國仲さん。
「痛ててててっ!」
しばらくして応援の警官たちがやってきて、志摩子さんを連れ去ろうとした男は逮捕された。
良かった。犯人も逮捕されたし、これで事件も解決……かな?
***
カランコロン。
「やあ、千代さん、昨日はお疲れ様でした」
翌日、國仲さんがいつもの様にお店にやってきた。
「その後、どうなりました? 犯人はどうして志摩子さんを狙ったんですか?」
ライスカレーを置きながら尋ねると、國仲さんが教えてくれる。
「犯人は、モダンな女性を狙って犯行に及んだと言っています。彼女のような自由奔放な女性のせいで、日本は駄目になると」
「何それ。許せません」
なんて身勝手な動機なんだろう。
「でも、これで事件は解決ですね。私たちの出る幕は無かったみたい」
私が大きく伸びをすると、沖さんは渋い顔をした。
「……そうだといいけどね」
なんだか沖さん、変な感じ。せっかく事件が解決したのに、ちっとも嬉しそうじゃない。
「それで、犯人は志摩子さん以外の誘拐も自供したの?」
沖さんが尋ねる。
「はい、犯人はこれまでの犯行を自供しました。志麻子さん以外にも、何人か女の人を誘拐していたと。だけど――」
國仲さんの眉間に深い皺が刻まれる。
「犯人は、狙ったのはこれで二人目だと言っています。なので、残り三人の行方は未だに分からずじまいです」
沖さんも渋い顔で口を挟む。
「それで、犯人と青い目の人形との関連は?」
「それもまだ分かっていないですね。犯人は、人形なんて知らないと言っていますし」
「じゃあ、人形を見たっていうのはたまたまで、事件とは無関係だったってことかい?」
沖さんが眉間に皺を寄せる。
「……かもしれないですね」
私は沖さんと國仲さんの会話を横で聞いていて、何か釈然としないものを感じた。
だとしたら、私が浅草十二階の帰りに見た人形は一体?
それから展望台の所にいたあの黒いもやもやした動物みたいなのも気になるし……。
「それじゃあ、僕は仕事に戻るよ」
國仲さんが派出所に戻り、店の中は再び私と沖さんの二人きりになる。
「おや」
私が店内の掃除をしていると、沖さんが急に声を上げた。
「どうしたんですか?」
「うん、どうもお店で使う人参が切れたみたいだ。明日の朝仕入れる予定だったんだけど」
「私、買ってきますよ。表通りの八百屋さんでいいですか?」
「うん、頼むよ」
カフェーの制服の上にコートを羽織り、お財布を一つを持って、ドアを開けた。
「にゃあお」
するとドアの隙間から、福助がするりと外へ出る。
「わっ、福助!」
私が驚いていると、福助は、そのまま隣の建物の塀を飛び越えどこかへ行ってしまった。
福助もお散歩かな? まあ、いいか。
私は気を取り直して、近所の八百屋さんへと走った。
「ええっと、人参、人参っと……あった!」
近くの八百屋さんで人参を買う。
これでよしっと。他に買うものはないよね。
新聞でくるんだ人参を手に、私はカフェーへと戻ろうとした。その時――。
ゾクリ。
身に覚えのあるあの悪寒。
まただ。また、あの視線だ。
恐る恐る振り返るとそこにいたのは――。
金色の髪に青いドレス。それに不気味な青い目を持つ人形だった。
「青い目の人形っ」
と、私が覚えているのはそこまで。
私はその場で気を失い、倒れたのでした。
***
――ぴちゃん。
「……ん」
目を覚ますと、そこは暗くて狭い倉庫のような場所だった。
ここはどこ?
体を動かそうとして、両手を縄で縛られていることに気づく。
やだ、縛られてる!
私は不安になって辺りを見回した。
土蔵のような土壁。床も土で、ひんやりとしていて湿っぽい。かび臭い匂いと土の入り交じった匂い。
出入口には当然ながらカギがかかっていて、他に出入りできる場所といえば少し高い所にある小さな天窓くらい。
でも手が縛られているし、とてもじゃないけどあんな所からは出入りができない。
どうしよう。ここはどこ?
私……殺されるのかな?
たまらなく心細い気持ちになって、一人つぶやく。
「どうしよう、誰か助けに来て」
沖さん、國仲さん……。
頭の中に、沖さんの優しい笑顔が浮かぶ。
沖さん……沖さんっ!
「……沖さん」
小さく口にすると、上の方から声が聞こえた。
「うん、何かな?」
へっ?
声がした方を見上げると、小さな狐が天窓の上にちょこんと座っていた。
外から差し込む光に照らされて、銀色の毛が後光のように神々しく輝いている。
その口調と毛の色を見て、私は恐る恐る呟いた。
「えっ……沖……さん?」
「そうだよ」
私はゆらゆらと尻尾を揺らす銀色の狐をじっと見つめた。
「沖さん、狐になれるんだ」
「そりゃそうさ、元々狐だもの」
銀色の狐は、スタッと音もなく地面に飛び降りると、私のそばに寄ってきた。
「ていっ」
鋭い爪と牙で腕を縛っていた縄を切ってくれる沖さん。
「うわあ、ありがとうございます」
私はそっと沖さんの背中の毛に触れてみた。
胸を張る沖さんの毛並みは柔らかくて暖かい。
「うわぁ、気持ちいい……」
私が沖さんをギュッと抱きしめると、沖さんはふう、と息を吐いた。
「千代さん、君さあ」
ボン、と音がして、狐は人間の沖さんの姿に戻るよ。
「この狐が僕だってこと、忘れてないよね?」
「わああああああああっ!!」
小さな動物を抱きしめていたはずなのに、いつの間にか私が沖さんに抱きしめられる格好になっていて、慌てて飛び退く。
「あ、やっぱり忘れてたか」
ケラケラと笑う沖さん。
「か、からかわないでくださいっ!」
私がぷいっと横をむくと、沖さんは可笑しそうに笑った。
「それより、早いとこここを脱出することにしますか」
「はい!」
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