第24話 呪われた百合

「こんなのウソよ!」


 静江さんが硬貨から手を離す。


「し、静江姉さん、硬貨から手を離しちゃ駄目よ」


 文子さんが慌てる。

 そっか。文子さんが呪われたのって、コックリさんの最中に手を離したからなんだっけ?


 静江さんはキッと私と沖さんを睨む。


「心配要らないわ、文子さん。こんなのウソっぱちだもの。あなたたちがグルになって、わざと硬貨を動かしているんでしょう?」


「落ち着いてください、静江さん」


 沖さんは低い口調でいうと、じっと静江さんを見つめた。


「あなたがそう思うのは、前回のコックリさんの時に、実際にあなたが硬貨をわざと動かしていたからでしょう?」


 沖さんの問いに、静江さんは顔面蒼白になってテーブルの銅貨を見つめた。


 えっ、どういうこと?


「静江さん、文子さんに呪いをかけたのはあなただ。それをコックリさんのせいにして誤魔化そうとしていただけなんじゃないかい?」


 文子さんが顔を引き攣らせて静江さんの方を見る。


「それ、本当なの、静江姉さん」


 静江さんは静かに目を逸らした。


「……でたらめよ。だいたい、呪いをかけたのが私なら、なんで沖さんに呪いの解除を依頼するの?」


 そっか、そうよね。


 沖さんは肩をすくめる。


「それは、あなたが想像していたより呪いの効力が強くて怖くなったからじゃないかい?」


 沖さんは獲物を追い詰める肉食獣のように、すっと目を細めた。


「思い出してみてよ、コックリさんの最中、文子さんはなんで手を離したの? その時にした質問は何?」


 文子さんは、上を向いて考え始める。


「ええっと、その時の質問は確か、私と婚約者の正一さんとの結婚が上手くいくかどうか……」


「それにコックリさんはどう答えたの?」


「確か『別れなければ死ぬ』と。それで私、動転してしまって」


「なるほど、それで手を離したんだね」


「でもそれで、どうして静江さんが文子さんを呪った犯人なの?」


「そ、そうよ。あなた、さっきから何の証拠があってそんなことを言うんですの!?」


 詰め寄る静江さんを、沖さんは冷たい瞳のまま見つめた。


「僕が初めに眠ったままの文子さんを助けた時、文子さんには呪いがかかっていた。黒い百合の呪いがね。そこで僕が呪いを解除したんだけど――」


 沖さんの声がグッと低くなる。


「呪いというのは、失敗した時にかけた本人に返るものなんだよ」


 私は静江さんの方を見た。

 静江さんの体には、真っ黒な茎と葉に、真っ黒な根と球根。そして今にも咲きそうな真っ黒な百合の花の蕾が生えている。


「まさか、静江姉さんの最近の体調不良は――」


 文子さんの声が震える。


「そいつは、心の負の部分を養分にして育つ花だよ。静江さん、君さ、ここ最近体調はどう? 悪夢ばかり見るんじゃない?」


「し、静江姉さま」


 真っ青な顔で静江さんを見つめる文子さん。


「嘘よね? 静江姉さま。だって静江姉さまは、私の結婚を祝福してくださって――」


 すると、うつむいていた静江さんが、意を決したように顔を上げた。


「……祝福なんてしてない」


 その瞬間、むせ返るような濃密な百合の香りが辺りを満たした。


 慌てて鼻を押さえらる。

 目眩のするような、脳髄をえぐるような強烈な闇の気配。これは――。


 すると、静江さんはクックック、と低い声で笑いだした。


「お姉さま?」


「そうよ、全て私のせいよ。でも私がかけたのは、呪いなんかじゃない。恋のおまじないのはずだった。これで文子さんが手に入るって聞いて――」


 静江さんがゆっくりと顔を上げる。

 その瞬間、彼女の後ろで巨大な闇色の花が開いた。


「私は悪くないわ! 悪いのはあなた……文子さんよ!」


「私が悪いって……それにこれ、何? お花の香り?」


 黒百合の姿が見えないはずの文子さんも不思議そうな顔をする。


「これはまずいね。黒百合の力が強くなった」


 沖さんがゴクリと喉を鳴らして唾を飲み込んだ。その時――。


 百合の花弁がガバリと開き、中から牙のびっしり生えた口が現れた。


「危ない!」


 私が静江さんを庇ったその時、静江さんと黒い百合の記憶が流れ込んできた。





「今日からあなたは私の妹よ」


「はい、お姉さま」


 姉妹の誓いを交わす二人。


 やがて二人は、二人きりで会ったり、手紙のやり取りをしてりして、姉妹以上の関係になる。


 湖畔で二人、指を絡ませながら歩く、幸せな時間。


 だけど、二人の幸せは長くは続かない。


「私、婚約することにしたの」


 文子さんの屈託のない笑顔。


「こういうのって、やっぱり健全じゃない。普通じゃないわ。だから、もうこういうことはやめて、普通の姉妹に戻りましょう」



 絶望した静江さんは、白い着物を着た巫女のような女性の元へと向かう。


「姫巫女さま、どうしましょう。私の好きな人が結婚してしまうの」


 泣きじゃくる静江さんに、巫女は笑って包みを渡してくる。その中には、黒い球根のようなものが入っていた。


「大丈夫よ、これは恋のおまじない。これで意中の方の心を手に入れられるわ」


 だけれど文子さんはその日から悪夢を見るようになり、どんどんやつれていく。


 自分が渡したあれは悪いものだったんじゃないかと怖くなった静江さんは、文子さんの不調を、女学生の間で流行っているコックリさんのせいにすることを思いつく。


 そうだわ。


 文子さんは、コックリさんのせいで呪われたことにしましょう。


 あの黒い百合のせいじゃ――私のせいではないわ。




 ああ、そうだったんだ。


 静江さんは、文子さんを自分のものにしたくて――でも思っていたより事態が深刻になって怖くなって、それで沖さんに助けを求めて来たんだ。

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