第23話 コックリさん

 

 静江さんが文子さんと一緒に再び店を訪れたのはその数日後。


「こんにちは。約束通り、またこのカフェーに来ましてよ」


「わあ、ここが例のカフェー?」


 天真爛漫な表情の文子さんとは対照的に、静江さんの顔は真っ青で、少しやつれたようにも見える。


 そしてその背後には、黒い根と黒い球根、黒い茎。


 以前よりも膨らみを増し、今にも花咲そうな黒い蕾が、静江さんに寄生するかのように生えている。


 あの植物は一体何?


 どうやら二人には見えていないみたいだけど……。


「いらっしゃいませ、こちらへどうぞ」


 動揺していることを悟られないように、二人をテーブル席へ案内する。


 程なくして、沖さんがカウンターの奥から出てきた。


「やあ、二人とも、具合はどうかな?」


 沖さんの言葉に、文子さんは頭を下げる。


「初めまして。あなたが私を助けてくれたという店長さんですか? ありがとうございます。私はすっかり大丈夫です!」


 沖さんは文子さんの顔を見てうなずく。


「うんうん、それは良かった。でもね――」


 沖さんの瞳が妖しく輝く。


「文子さんは平気でも、静江さんのほうはどうかな?」


「えっ?」


 文子さんは静江さんの顔をじっと見つめる。


「そういえば静江姉さん、最近ずっと調子が悪いって――」


「ただの体調不良ですわ」


 強がる静江さん。


「ふうん、ただの体調不良? 果たしてそうかな」


 腕組みをする沖さんを、キッと静江さんは睨む。


「どういう意味ですの?」


「聞けば、コックリさんをしていたのは四人だというのに、文子さんだけが悪霊に取り憑かれるのは変だとは思わないかい?」


 文子さんが慌てふためく。


「……ということは、今度は静江姉さんがコックリさんの呪いに!?」


「その可能性はあるね」


「大変! 静江姉さんもお祓いをしてもらいましょうよ」


 文子さんは青い顔で静江さんの袖を引っ張る。


「でも、お金が」


 どうやら静江さんはあまり乗り気ではないらしい。


 そんな静江さんに、沖さんは微笑む。


「大丈夫。祓ったはずの呪いが今度は静江さんに行ったのだとしたら、それは僕のミスだから、今回のお祓いはタダにするよ」


 へえ、珍しい。沖さんがお金を取らないだなんて。


「良かった、タダですって。是非やってもらいましょう」


「え、ええ。それなら」


 仕方なくといった様子で承諾する静江さん。


 沖さんは、カウンターの下から何やら紙を取りだした。


「それじゃあ、始めよう。今回は、前回と違う方法を取るよ」


 私は、沖さんが取り出した紙を見た。


 紙に書かれていたのは、神社の鳥居のようなマークに、はいといいえの文字、それに五十音のひらがな。


 背中にひやりと冷たいものが走る。


「これって、コックリさんですか?」


「そうだよ」


 言いながら、沖さんは財布から一銭銅貨を取り出した。


「何でコックリさんを?」


 私がビックリしていると、沖さんが意味深な笑身を浮かべ、教えてくれる。


「残念ながら前回のやり方ではお祓いは不完全だったようだから、今回は四人でもう一度コックリさんをやって、二人に取り憑いたものを呼び出してみようと思ってね」


「なるほど」


 うなずきかけて、はたと気づく。


「よ、四人って、もしかして私もですか?」


「当たり前でしょ」


「ええーっ、だ、大丈夫なんですか!?」


「大丈夫、もし千代さんが取り憑かれたら、僕が手厚ーく看病してあげる」


 どさくさに紛れて、私の手をギュッと握りしめる沖さん。


「結構です」


 私は慌ててその手を振り払った。

 全く、人前で恥ずかしいことしないでよ!


 でもまあ、コックリさんって狐の霊らしいし、天狐である沖さんがついているなら大丈夫なのかな。


 そんなわけで、私と沖さん、静江さん、文子さんの四人でのコックリさんが始まった。


 銅貨にそっと指を置く。


「コックリさん、コックリさん、おいでください。コックリさん、コックリさん、おいでください」


 唱えると、少しの間硬貨がさまよった後、「はい」の文字の所で円を書くようにグルグルと回り始めた。


「きゃあ、動いた!」

「あの時と同じだわ」


 恐怖におののく静江さんと文子さん。


 私は沖さんの顔を見た。

 沖さんは、私と目が合うと、薄く笑みを浮かべた。


 何? 今の笑み。


「どうやら、コックリさんが来てくれたようだね。さっそく質問をしよう」


 沖さんは真面目な顔で質問を始めた。


「コックリさん、コックリさん、千代さんは僕のことが好きですか?」


「ちょっ……」


 ちょっと!


 何言ってるのよ、この狐!


 そう思っていると、硬貨は勢いよく「はい」の所へ行き、グルグルと回り始めた。


 ええっ、ウソぉ!?


 私があっけに取られていると、沖さんはさらに質問を続ける。


「コックリさんコックリさん、千代さんは僕と永遠に一緒にいたいと思っていますか?」


 またしても硬貨は勢いよく動き、「はい」の所でグルグルと円を描いた。


 な、何これ~!


 私が沖さんの顔を見ると沖さんはおかしそうにクスリと笑った。


 ……もしかして沖さん、わざと動かしてる?


 だよね。狐である沖さんがコックリさんを呼び出すって意味が分からない。


 でも――だとすると、こんな茶番までして沖さんがコックリさんをする意味って何?


「それじゃ、コックリさんも来てくれたみたいだし、本題に入ろうか」


 沖さんは大きく息を吸い込むと、ハッキリとした口調で語りかけた。


「コックリさん、コックリさん、文子さんに呪いをかけたのは誰ですか?」


 間をおかず、勢いよく硬貨が動き出す。


 硬貨が指し示したのは「し・ず・え」……。


 えっ、静江さん!?


 まさか、文子さんに呪いをかけたのは、静江さんだっていうの?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る