第22話 学園の眠り姫
昏睡状態になってしまっているのは、
私と沖さん、静江さんの三人は、お見舞いという
「あらまあ、良くおいでなさいました。こちらへどうぞ」
優しそうなお母様に案内され、文子さんの部屋へと向かう。
「文子さん、お友達がお見舞いに来てくださいましたよ」
「お邪魔します」
部屋に入ると、長い黒髪の色白な女の子が、まるで眠り姫みたいに布団に横たわっていた。
「ふーむ」
沖さんが女の子の姿を見て眉をしかめる。
沖さんが渋い顔をしたわけが、私にはすぐに分かった。
寝ている文子さんの体に、真っ黒いものが、がんじがらめに絡まっている。
「何……これ」
私がハンカチで口を抑えると、沖さんが興味深そうな顔で聞いてくる。
「千代さんにも見えた?」
「はい。真っ黒い縄か何かが文子さんの体に絡まっているように見えます」
私が言うと、沖さんは首を横に振った。
「いや、これは縄じゃない。もっと別の……ツタかな。何かの植物の茎のようだ」
「植物? 私には何も見えませんけど……」
渋い顔をする静江さん。
どうやらこの黒いツタみたいなのが見えているのは私と沖さんだけみたい。
ということは……これってやっぱり怪異なのかしら。
「これは、普通の人には見えないものだ。どうやら呪いの一種のようだね。とにかく焼き払ってしまおう」
沖さんが上着からお札を取り出し、文子さんに貼り付ける。
「――狐火」
ボッとお札から炎が上がるのを見て、静江さんが慌てる。
「火が!」
「大丈夫です、あれは人間には熱くないので」
「本当なんでしょうね!?」
文子さんの周りにあった黒い茎が見る見るうちに燃えていく。
静江さんは初めこそ動揺していたものの、文子さんの肌に
「これでよしっと」
沖さんが額の汗を拭う。
全身が黒い茎に覆われていた文子さんの体は、いつの間にかさっぱりと綺麗になっていた。心なしか、顔色も良くなったように思える。
沖さんはパンパンと手を払う。
「これでもう、心配要らないはずだよ」
良かった。こんなにすんなりと解決するだなんて。
「ありがとうございました」
静江さんは深々と頭を下げた。
でもあれって、一体何だったんだろう。
植物みたいだったけど。
コックリさんって、普通は狐や狸の霊なんじゃないの?
***
数日後、沖さんの言葉通り、文子さんは意識を取り戻し、女学校へと戻ってきた。
「あら、千代さん、この間はどうも」
私がカヨ子さんと教室を移動していると、静江さんと文子さんが声をかけてくる。
「二人とも、こんにちは。どうですか? その後は」
「ええ、体調に問題は無いみたいだし、順調よ」
「文子さんを助けてくれて、本当にありがとう」
頭を下げる二人に、私は慌てて首を横に振った。
「いえ、私は何も」
と、ここで授業を知らせる鐘が鳴った。
「あら、時間だわ」
「それじゃ、私たちはこれで」
「またカフェーに遊びに行くわね」
「ええ」
静江さんたちがクルリと
その後ろ姿を見て、私は背筋にゾッと冷たいものが走るのを感じた。
静江さんの背中には、黒くて太い、植物の茎のようなものが巻き付いていた。
いえ、茎じゃない。
がんじがらめに巻きついた、あれは茎じゃなくて根だわ。
静江さんの背中には真っ黒な球根が植わっていた。そしてそこから真っ直ぐにそびえるように立っているのは茎と
どうして?
あの黒い植物は、沖さんが焼き切ったんじゃ――。
それに、どうして今度は文子さんじゃなくて静江さんに?
私が静江さんの背中をじっと見つめていると、横にいたカヨ子さんが不思議そうな顔をする。
「千代さん、静江さんたちとお知り合いでしたの?」
私はハッと気を取り直し、笑顔を作る。
「あ、うん、昨日カフェーに来てくださって……。カヨ子さんこそ、静江さんたちを知ってるの?」
「ええ、静江さんとは、ヴァイオリンのレッスンで一緒なの」
「へえ、そうなの」
と、そこでカヨ子さんは、凛々しい眉を寄せて少し考え込むような顔をする。
「それにしても、静江さんと文子さんは
カヨ子さんの言葉に、私は目を丸くする。
仲違い……?
「えっ、そうなの? あんなに仲良さそうなのに」
「うーん、なんといえば良いのかしら。仲良いには仲良いのでしょうけど……あの二人の中の良さは、私たちとは違う意味だったのよ」
「どういうこと?」
私が首をかしげていると、カヨ子さんは私の耳元でコッソリと囁いた。
「あの二人は“エス”だって言う噂があったのよ」
“エス”というのは、女学生同士の恋愛関係のこと。
男性との出会いがない女学校で、女生徒が他の女生徒に憧れを持つことはよくあることなんだけど、最近では、そうした女学生同士の恋愛関係をエスと呼んでいるの。
将来を悲観したエスの女学生二人が心中事件を起こしたりなんかもして、新聞や雑誌に大きく取り上げられたこともあって――。
そしてカヨ子さんの話によると、静江さんと文子さんもまた、そうしたエスの関係であったというの。
「でも、文子さんが親の決めた婚約者と結婚することになって、それで二人の仲は
「……そうなの」
私はさっき静江さんの背中に見た黒い茎を思い出した。
黒い茎からは、大きな葉と、立派に育った長細い
それはまるで、闇から生えてきた大きな黒百合のようだった。
エスの関係だった二人と、コックリさん。そして黒い百合の怪異。
あれは一体、何なの?
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