第陸章 青い目のアンテヰクドール
第26話 モダン美人がやってきた
「ううっ、今日は一段と冷えるなあ」
私は店の前に転がってきた落ち葉を掃きながら白い息を吐いた。
空は白く、どんよりと曇っていて風が強い。今年は暖冬かと思っていたのに、一気に冬が来たみたい。
卒業まであと数ヶ月、この冬が終われば結婚まであと少し。
そんな風に考えながら店のドアを開けると、後ろから聞き慣れた声がした。
「こんにちは、千代さん」
やってきたのは國仲さんと……。
「わあ、懐かしいわぁ。常春さんは元気かしら?」
國仲さんの後ろからひょいっと顔を出したのは、断髪した髪にパーマネントを当て、クロシェ帽にトレンチコートを着た若い女性だった。
細い眉に大きな瞳、赤い口紅。まるで
わわっ、モダンで美人な女の人だあ。
でも……「常春さん」って、一体沖さんとどんな関係?
まさか――昔の彼女とか!?
私が悶々と考えていると、國仲さんが私の方を向いた。
「千代さん、沖さんにお客さんだよ」
い、いけない!
「いらっしゃいませ、こちらのお席にどうぞ」
私が案内をしようとすると、モダン美人は私のことを頭の上から足の先までじっと見つめた。
「……あなた、新しい女給さん?」
「は、はいっ」
ぴしっと姿勢を正すと、國仲さんが紹介してくれる。
「彼女は千代さん。沖さんの婚約者だよ」
「ええっ!」
國仲さんの言葉に、モダン美人の顔が青くなる。
「嘘。そんなはずないわ。だって――」
「おや、お客さんかい?」
そこへ呑気な顔をした沖さんがやって来る。
「常春さん!」
女の人は沖さんを見るなり頬を綻ばせて沖さんに抱きついた。
「常春さん、久しぶり!」
「し……志摩子さん!?」
びっくりした顔の沖さん。
どうやらモダン美人の名前は志摩子さんと言うらしい。
それはいいとして――私のこと婚約者だって聞いたのに、その婚約者の目の前で沖さんに抱きつくってどういうこと!?
私が口をパクパクさせていると、志摩子さんはうっとりとした目で沖さんを見つめる。
「久しぶり、元気してた?」
「ええ、おかげさまでね。あ、紹介するよ、こちら志摩子さん。昔、ここで女給をしてたんだ」
沖さんが紹介してくれる。
えっ、そうなんだ!
そっか、それで沖さんと親しげなんだ。
「志摩子でぇす。わあ、この制服、懐かしい!」
私の制服のスカートを引っ張る志摩子さん。
「それでこちら、僕の婚約者の千代さん」
「ち、千代です。よろしくお願いします」
私が頭を下げると、志摩子さんの動きがピタリと止まり、顔が固まる。
「ああ、それはもう聞いたわ。それより聞いてよ、常春さぁん……」
私が婚約者だって聞いたにも関わらず、沖さんにベタベタする志摩子さん。
な、何なのこの人。
志摩子さんもそうだけど、沖さんもなんだかデレデレしちゃって。
やっぱり私みたいな子供より、志摩子さんみたいなモダンで大人っぽい人のほうがいいのかな。
モヤモヤしている私の隣で國仲さんが切り出してくれる。
「それで、志摩子さんは沖さんに依頼があって来たんですよね?」
「あ、そうそう!」
志摩子さんは、帽子を脱いで膝の上に置くとコーヒーを一口飲んで話し始めた。
「私、実は今、百貨店の化粧品売り場で接客の仕事をしているのだけど――」
へえ、デパートの!
私は思わず身を乗り出した。
百貨店の化粧品売り場の店員さんといえば、美人しか採用されないとされている、デパートガールの中でも花形職業なんだ。凄いなあ。
「それで、最近は接客だけでなく、こういうこともやっていて」
志摩子さんが差し出したのは、化粧品メーカーのポスター。
真っ赤な口紅を持って微笑む女の人たちの中には、志摩子さんの姿もあった。
「へぇ、化粧品メーカーのキャンペーンガールに選ばれるだなんて、凄いですね」
國仲さんが身を乗り出す。
沖さんもうんうんうなずいて同意した。
「綺麗だねぇ。ね、千代さん」
「え、ええ」
やっぱり沖さん、私みたいな子供より、志摩子さんみたいな美人のほうがいいのかしら……。
志摩子さんは頬を綻ばせる。
「ふふ、ありがと。最近はこういうポスターにデパートガールやエレベーターガールを使うのが流行ってて、うちのデパートからも何人かキャンペーンガールに採用されているのよ」
と、そこまで言って、志摩子さんは少し視線を落とした。
「でも、今年に入ってから、キャンペーンガールに採用された女の子たちが相次いで失踪して――」
「失踪?」
沖さんの眉がピクリと動く。
「それ、警察は? 動いているの?」
「もちろん捜査してますよ」
國仲さんが横から口を挟む。
「でも、大した手がかりが見つからないのです。それに、少し気になる証言もありまして、それでこちらに志摩子さんをお連れしたのです」
「気になる証言とは?」
沖さんがピクリと眉を動かすと、志摩子さんがうなずいた。
「ええ。失踪した女性たちは皆、失踪する前に青い目の人形を見ていたそうなの」
「青い目の……人形?」
私と沖さんは同時に声を上げた。
ええっ、なにそれ。それって、呪いの人形ってこと?
「なるほど、人形といえば魂が宿るものの筆頭だけど、最近ではそれが西洋人形になってきているんだねぇ」
感慨深そうにうなずく沖さん。
「沖さん、感心している場合じゃありませんよ」
「そうですよ、人が居なくなっているんですよ!?」
「ああ、すまないすまない」
と、ここで志麻子さんは不安そうに視線を揺らす。
「それで、実は私も先日、青い目の人形を見てしまって……」
志摩子さんが言うには、一昨日、浅草十二階に行ったところ、展望台のところで青い目の人形に出くわしたのだという。
「次に連れていかれるのは私かも知れないわ。お願いです、私を守ってください!」
志摩子さんはガバリと沖さんに抱きついた。
……って、だから、抱きつくなっ!
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