ある事情

 酷暑の日に車の下で、暑さをしのぐミケちゃん。

 冬の寒い日、立ち入り禁止の資材置き場にポツンといるミケちゃん。

 駐車場の段ボールの上で、寒さに耐えるミケちゃん。

 そんなミケちゃんを見るたびに、やすらぎさんの胸は痛みました。



 ある日のことです。

 いつもなら、ごはんが終わるとすぐに行ってしまうミケちゃんでしたが、その日はずっとそこにいたままでした。

 やすらぎさんは、試しにミケちゃんを室内に入れてみました。

 ミケちゃんは張り詰めていた気持ちが緩んでしまったのか、そのまま何時間も待合室の赤いソファーの上で眠り続けました。よほど、疲れていたのでしょう。



 その日以来、ミケちゃんはお客様の予約のない時などに室内に入れてもらえるようになりました。それに連れて、どこか厳しかったミケちゃんの表情も柔らかく豊かになっていきました。

 ミケちゃんは柱やソファに爪を立てることも、ましてや粗相をすることもまったくありませんでした。


 そんな賢いミケちゃんを見ながら、やすらぎさんは「このままではいけない」と思い悩むようになりました。

 治療室に来るお客様の中には猫好きな人ばかりとは限りません。猫が苦手、嫌いな人もいますから、お店では飼うのは簡単ではありません。たとえ、飼ったとしても昼間はともかく、外猫育ちのミケちゃんを無人の夜間にひとり閉じ込めておいたら、どんないたずらをするかもわかりません。


 閉店後に、室内にいたミケちゃんを外に出して帰るのが、やすらぎさんはつらくて仕方ありませんでした。

 お店から外に出した時のミケちゃんの悲しげな目が、家に帰ってもずっとまぶたに焼き付いたままです。悪天候の夜は、なおさらでした。


 できれば、ミケちゃんを自宅マンションに引き取って野良猫生活から卒業させてあげたいやすらぎさんでしたが、それもそう簡単にはいかない事情があったのです。

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