俺たちの船

クララ

第1話 俺たちの船

「俺の直感ではこのままだと俺たちは宇宙そらの藻屑。このハリボテには緊急時用の設備はないぞ。どうする?」

「いえ、いけるのでは?」

「何それ。お前の勘?」

「直観と言ってもらえますか」

「わりぃ、わりぃ、じゃあ、その直観だと?」

「マップでは、このブースには『その他』の表示がありました。他のブースをざっと見て記載のないものは避難装置、だったらその展示もあるのでは?」


 俺たちはもう2日ほど宇宙をさまよっている。船に搭載するありとあらゆる最新機器の品評会途中に、何の因果がそのディスプレイ船ごと吹き飛ばされて今に至る。

 主催者に恨みを持つ技術者が仕掛けた罠だった。金を時間をかけて作った物を、ゲストの目の前で吹っ飛ばしてやろうなんて、よっぽどだったのだと思う。ところが吹き飛ばされたのは、その一流品たちだけではなかった。後ろの連絡通路もだったのだ。そしてそこに俺たちはいた。


 今回の品評会、俺としてはヘッドハンティングも兼ねていた。そろそろ自分の船を持とうかと考えていた時期で、ゲストリストの中に目当ての名前を見つけた俺は、意気揚々と出かけたというわけだ。

 18歳にして、天才の名をほしいままにする航海士、ジェフリー・スチュアート。技術者顔負けの機械オタクで、けれどそれを趣味の範囲に押しとどめ、度肝を抜くテクニックで危険区域を操縦する腕は、この若さにしてすでに伝説にもなろうかという逸材だ。

 欲しいじゃないか。そんな風に「攻める」男。育てがいがあるじゃないか。他人には興味がなくて不愛想だと言われているけれど、自他共に認める人たらしの俺ならば、口説き落とせるのではないかと考えていた。


 説明会も半ば、長い話にうんざりしつつ横を向けば、通路側で外を見ているジェフリーを発見。おおっ、チャンス到来。これ幸いと俺は彼に近づき、連絡通路へと押し込んだ。

 と凄まじい衝撃。とっさに俺はジェフリーに覆いかぶさった。激しい突風、猛烈な煙。どうした爆発か? 火災でも起きたか? その時、俺の下でジェフリーが言った。


「やばいですね。気圧調整がなっていない。吹き飛びますよ。奥へ入ってください、ハロルド艦長」


 俺はジェフリーを担ぎ上げると、奥へ向かって連絡通路を走り、次のブースへ飛び込んだ。振り返り、きっちりその防御扉も閉める。


「で、吹き飛ばされるって何が?」

「僕たちですよ」

「はあ?」


 次の瞬間、俺はのけぞった。風船から空気が抜けるように船が加速している。まさか、吹き飛ばされるってこのことか? 

 母艦は通常の航路から外れて外遊海域に入っていた。行き交う船はない。見渡す限り遠くかすかな星と宇宙ゴミ。脇に設置されていたディスプレイ船からはそんな荒涼とした風景が見えて、航海気分を盛り上げる。

 けれど今、連結されていた3つのディスプレイ船の最後尾は俺たちを乗せて、あれよあれよという間に母艦から遠ざかっていく。

 さらにはそこに宇宙嵐。どっかで派手に戦闘か惑星の爆発かがあったのだろう。気がつけば俺たちは糸の切れた風船のように、どこともわからない外宇宙に放り出されていた。


「で、いよいよバラバラ分解。確かに、こんなハリボテみたいな船じゃ航海は無理だ。しかし勿体無いね。これだけの商品……」

「勿体無いのは僕の命と天才艦長、あなたの命です。何があっても帰りますから」

「はいはい、でも俺は信じてるぜ。俺たちはこんなところではくたばらない」

「ええ、僕にもわかってますよ。これだけの素材を積んでいれば帰れるはずです」

「お前ねえ。こういう時はロマンを語るんだよ。航海士の勘がそう言ってるとかね」

「勘ではなくて状況判断です。必要なのは直観です」


 顔は可愛いのに可愛げのない奴だ。まあ、ティーネイジャーなんてこんなものか。自分を振り返ればお粗末すぎて、俺は密かに肩を竦ませた。


「なあ、知ってるか? 避難装置といえばダニエル・カント。とんでもない変態なんだぜ? 俺、奴もスカウトしようとパーティーに乗り込んだんだけど……」

「出展してるんですか?」


 俺はポケットからマップを引っ張り出した。くしゃくしゃで読みにくい。すっと真新しいものが横から手渡される。ジェフリーの上着の内ポケットにきっちりしまいこまれていたものだ。


「あっ、悪いな。おっ、ラッキー。このブースの一番奥だな。はあ? ユートピア? なんじゃそりゃ」


 首をかしげる俺に、ジェフリーが目を細めて尋ねた。


「つかぬ事をお伺いしますが、どんな変態?」

「ああ。あれだ。超絶機械オタクで部品や素材にしか萌えないのかと思ったら、自然にメロメロで、花だ鳥だとうるさい。フォルムは有機的なのがいいだとか、4Dで自然を再現だとか、作るものがお前、一々想像を絶するんだよ」

「腕は確かなんですよね」

「ああ。今の所、俺が知る限りでは。あれはあれだ。春の女神に恋する天才だな」

「行きましょう、今すぐ!」


 俺たちはまだじっくり見ていなかった奥へと進む。簡易船とはいえ、普通のクルーズ船の何倍もある金のかかったものだ。各ブースにカフェやらバーやらの設備があったため、俺たちは大いに助けられた。

 しかし奥へ行くほどに娯楽設備が多くなる。刺激がありすぎて驚かされる。目がチカチカする、なんてぼやいていたら、ふと視界がひらけた。原っぱみたいな空間……なんだ、これ。

 晴れた昼下がりみたいなドームの下、そよ吹く風と鳥のさえずりと白き神殿とか。おいおいファンタジーの世界かよ。ここで何するわけ? 昼寝? みたいな。


「わかりやすくて良かった。間違いありません、これですね」

「え? 何が? ちょっと待て、これが避難装置だと? 冗談だろう」

「考えてもみてください。いつ助けが来るかもしれないんですよ。もしかしたら来ないかもしれない。だったらどうします? 好きなものに囲まれて……なんて思うのが人の性ではないですか?」

「確かに。で、これは何?」

「ですから、そのダニエルさんの夢の体現ですよ」

「え? 小型脱出用カプセルとかじゃなくて?」

「艦長、僕の話、聞いてました?」

「……」

「自然を愛するとんでもない天才が、そんな無機質で窮屈な空間に満足できると?」

「いや、ないな。でも」

「人型一つを飛ばすも空間一つを飛ばすも一緒です。むしろ備蓄があれ生存率は高くなる。要は資金と技術のバランスで、普通は作りたくても作れない、それだけです。今回は資金提供が大きかったですからね、やりたい放題やれて大満足だったのでは。しかし、これはまたとんでもないものを作り上げましたね。まさにロマンです」


 おっと、尖りまくった18歳にまでロマンと言わせるなんて、やるじゃないか、ダニー。というか、こいつらやっぱり同じ穴の狢。可愛い顔してるから誤魔化されるけれど、こいつも相当な変態なんだと俺は確信した。

 それにしてもジェフリーが言うようにとんでもないものだ。生きるか死ぬかの瀬戸際に使う道具だと言うのに、悲壮感はこれっぽちもない。まさに楽園。最後の最後までそよそよにピーチクパーチクか。やっぱりあいつはそんじょそこらの変態じゃないな。これは何が何でも帰還して、俺の船に引っ張らないと。


「使えますね。これはハリボテじゃない。心臓部はその神殿内ですかね。この展示の周辺、床が違うと思いませんか? 動きますよ、これ」

「まじ。これが? この大きさが? それって勘? 直感?」

「直観です」

「はいはい、直観ね。お前の頭脳と記憶によるひらめきね」


 嫌味っぽく言ってやったのにジェフリーは聞いていなかった。神殿まで足早に歩いて行って首を突っ込み、振り返ったその頬はかすかに紅潮していた。へえ、そんな顔もできるのか。俺は思わずにやけたけれど、ジェフリーはそんな俺に構うことなく言った。


「これ、凄まじく優秀なAI搭載ですよ。外部との接触なしで自らを構築し、その能力で新たなシステムを開発する。ここまですごいの、まだ見たことがありません。春の状態を作るためだけにこれを……とんだ変態ですね。尊敬します」

「お前、自分の分野についてはやっぱりよく喋るね。可愛いよ」

「なっ」


 俺は耳まで真っ赤になってしまったジェフリーの頭をポンポンと叩く。


「じゃあ、始めるか。船として動かそうぜ。木っ端微塵になる前にこのハリボテとはおさらばだ。で、帰還成功率は? 俺の直感だと限りなく高い。で、お前の直感だと? ああ、わりぃ、直観な」

「何度もうるさいですよ。そうですね、ドームの照明にはかなりの出力がありますから、これを信号として使えば……早い段階での救助も可能かもしれません。まあ、現在地にもよりますが。それよりも、このAIを育てる方が早いかもしれませんね。まずは展示品内の航海データのデモ版から始めれば、あとは僕が教えられます」

「いいねえ。ギリギリまで粘ってあれこれ移動させて、あとはのんびり空の旅と行こうか」

「やることは山ほどありますからね。で、艦長は何を?」

「昼寝?」

「昼寝?」

「ああ、昼寝。飛べそうになったら教えてくれ。その時こそ俺の出番だと思わないか? 未知なる宇宙そらをガンガン行ってやるよ! 冴え渡る勘には十分な気力! ということで、まずは昼寝だ」

「……紛れもなくあなたは超感覚の人ですね。他に類をみない天才艦長ですよ。で、ちゃんと起きれるんですか? いや、きっちり起こしますからね!」


 呆れ顔のジェフリーに手を振って、俺はごろりと背を向けた。


 ジェフリーの直観が変態の埋め込んだパネルの上で炸裂し、無事帰還することは俺の中でもう決定事項だ。帰ったらこのユートピアはもちろん俺の船に組み込む。売り出し中だったんだから構わないだろう、早い者勝ちだ。それで、事故の慰謝料がわりに製作者もおまけしろとけしかけよう。

 俺は密かに笑いを噛み殺す。いいねえ、いい。直感と直観と変態で後世に残る船を育てる! そんな途方もないロマンに胸が高鳴って、しばらくは眠れそうになかった。


 

 



 

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俺たちの船 クララ @cciel

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