坊主肉喰えば今朝まで匂う②

 オレの顔に巨乳を押しつけた姉ちゃんが、誰かに言わされているような口調で呟く。

「この物語はフィクションです……特定の職種や集団、テーマパークを揶揄するモノではありません……ちなみに、あたしは坊主は大好きで結婚相手はスキンヘッドと決めています。よし、これで予防線はバッチリ」

「???」

「とにかく、今週末に新装した『ボーズランド』でバイト面接やるから、行ってらっしゃいよ。あたしだって、お金有り余って働く必要ないんだけれど、気晴らしと健康のために働いているんだから、職場のおばさんたちからは『あれだけお金があるのに。まだ、スズメの涙程度の賃金が欲しいの?』ってイヤミ言われながら、耐えて働いているんだから」

「わかったから、そろそろ顔から乳離れしてくれよ。姉ちゃんの乳は魔乳で谷間からしか呼吸できない」

「魔乳って何よ! そんな生可愛いコト言う弟は、乳圧で窒息させちゃうぞ……ムギュ」

「ぐぇぇっ、い、息が苦しい」


 週末、オレは『ボーズランド』内にあるのスタッフ面接会場に向かった。

 オレが住んでいるところは、いわゆる門前町で町のいたる所に坊主が歩いている。

 石を投げれば三人に一人は坊主に当たるほどだ。

 あまりにも坊主が多すぎて、町が坊主に侵略されている錯覚に陥る時もある。

 新装オープン前のテーマパーク『ボーズランド』の面接会場にオレはやって来た。

 面接会場はランド内にある金色に輝く寺の本堂で、本堂内部にも貼られている金箔を見ていると目がチカチカする。

 本堂にいるのは、オレとオレより少し年下の、私服にキャスケット帽子を深く被った女子高校生の二人だけだった。

(なんて、悪趣味な寺なんだ──仏像も金箔で、太ったガマガエルのような顔をした変わった仏様だな?)

 正座したオレが成金丸出しの仏像を眺めていると、金の袈裟を着て札束のウチワを持った仏像そっくりな坊主が本堂に入って来た。

 太ったガマガエルのような、坊主が言った。

「待たせたのぅ、おや? 今回のバイト募集で集まったのは二人だけか……まぁ、いい」

 オレは仏像と坊主の顔を何度も見比べるた。札束のウチワで扇ぎながら成金坊主が言った。

「がはははは、どうじゃ……数億円かけて作った儂の姿を模写した金の仏像じゃ、この寺のご本尊は儂自身じゃ、がははははっ」


 ボーズランドの社長で責任者の大僧正と名乗るガマガエルのような、金色坊主の説明によると。

 来客は、ゲストではなく『檀家だんか』と呼び。

 入園料は『お布施』

 スタッフは『修行僧』

 支給される制服は『作務衣さむえ』と呼ぶらしかった。


 一通りの説明をした後にガマガエル顔の責任者、ボーズランドでは『大僧正』と呼ばせている金ピカ坊主が、オレと女子高校生に言った。

「がははは、さてだいたいの説明は終わったが『ボーズランド』で働くにあたっては一つの就労条件がある……その条件を受け入れられない者は、残念ながらお引き取り願っている」

 オレは、少し真剣な坊主の言葉にゴクッと生唾を呑み込む──ツルツル頭の坊主が言った。


「君たちは、髪を捨てるコトができるか……己を捨ててスキンヘッドの坊主になれるか」

 壁に貼られているスキンヘッドの若い男女が、にこやかに微笑んでいるボーズランドのポスター。

 男性坊主が親指を立てて。

「ボーズランドで拙僧と握手!」

 と言っている。


 そのポスターを見た時から働く条件は薄々わかっていた。

 オレが返答に困っていると、隣に座っていた女子高校生が椅子からスクッと立ち上がって言った。

「最初から覚悟は決めてきました……南無」

 彼女が被っていたキャスケット帽子を脱ぐと。

 朝日のように見事な輝きを放つ、スキンヘッドが現れた。

「ボーズランドが開園した小学生の時から、ボーズランドで働くのが夢でした。社歌の念仏も毎日聴いて覚えてきました」


 スキンヘッドの女子高校生の夢のボーズランドで『修行僧』になりたいという、気持ちにオレは圧倒される。

 うんうん、と感心した様子でうなづいていた金色大僧正が、丸いハンコを取り出すと女子高校生の額にハンコを押しつけた。

「がははは、採用決定!」

 女子高校生の額に、赤丸で【採用】の文字が押される。

 大僧正がオレに聞いてきた。

「君はどうする? 剃髪する勇気はあるか」

 悩んでいたオレの煩悩が、女子高校生のスキンヘッドを見て一瞬で吹っ飛んだ。

「やります! オレも頭を剃って坊主になります!」

 オレは、その日のうちに剃髪して坊主になった……南無。

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