47.反軍との接触(3)
反乱軍の頭、シンフェは苦汁を滲ませながら、眼下にある兜を踏みつけにした。どうやら随分投げやりになっている様子だ。無理も無いのかも知れないが……。
「真にあの時は絶好の機会であった。州都の東にある街では、裏の興行……目の当てられぬような
彼女が握った拳を石壁に叩きつけ悔恨を示すと、フェイジンが横から口を挟む。
「残念ながら、それは敵方の罠だったようでしてな。シンフェが長となる前から幹部についていた御仁が仕入れた情報を鵜呑みにして行った我々も悪いのですが……要するに裏切りにあったという訳です」
フェイジンはやれやれといった様子で首を振る。
「先代の……腹心であった男だぞ! 義に厚いあの男がよもや寝返ろうとは誰も思っていなかったのだ……!」
「まぁそういう訳でして……全てがカンギの罠だったという事でございますな。攻め込んだまでは良かったが、捕らえたのはよく似た影武者。時期を見計らって山間や森に埋伏させた兵から急襲を受けまして……散り散りになりながら命からがらその場から逃げおおせ、残ったもの達だけでここまで引いて来たはいいのですが、いやはやここまで執拗に追手をかけてこようとは、余程目障りだったと見える」
「そんなことはいい……母さんと父さんはどうなったの! ちゃんと教えて!」
責め立てるような怒声を放ったリンリィに、二人の視線が集中した。
「それはッ……」
「……ご母堂は包囲された我々を助けるべく、殿として少数の手下の者と共に勇戦された模様ですが、どうやら敵に厄介な術士がいた模様で……詳細は分かりませぬが気力を使えぬように術を掛けられ、本来のお力を発揮できずに囚われたということらしいですな。キエイ氏……父君と共に恐らく州都の何処かに幽閉されておるかと思われます……無事であるならば、ですが」
「あんた達が、無茶なことをするからじゃないかッ! 母さん達が……どうして助けに行ってくれなかったの! 非道いよッ!」
激高したリンリィの体から、荒ぶる感情が気の流れとなって噴出し、周りにいるものの体を突き抜けた。生き残った周りの歴戦の兵士すらその圧力によろめき、これにはさしものフェイジンも笑みを控え、深く陳謝した。
「その事は幾ら詫びても足りませぬ。ですか我々も生きるか死ぬかの瀬戸際だったのです。シンフェを逃がさねば、また反軍も継ぐ者も無く、北の民全ての希望が失われるところだったのですから……母君もそれを憂い我々を窮地からお救いになって下さった。理解せよとは言えませんが……この場は何とか飲み込んで下され」
それでもリンリィの
「俺ぁな、あんたら反軍が潰えようが、どうだっていい。セン州の悪政を受ける民草は哀れだが、それは俺の力の及ぶところじゃねえしな。だが、シャオリンとキエイに事が及ぶなら話は別だ。あいつ等とは義兄弟の契りを交わしたからな。必ず助けなきゃなんねぇ……あんたらにも手を貸してもらうぞ」
「確約はできかねますが……とまれかくまれ、ここを切り抜けてからの話といたしましょうぞ」
今も敵は扉の裏にわんさといて、時折明滅する光が攻撃が継続していることを知らせていた。眼帯をいじりながら、ギュンチは苦々し気に呟く。
「しかし、州都付近からこんなとこまで追って来るたあ、あんたらが間抜けなのか、敵が優秀なのかどっちなんだい」
「中々の術士かと思われますな。撤退する際も隊を分割して遁甲の術を駆使していますが、術に割り込まれているのか効果が薄い……気力を封じた者と同一人物かは計りかねますが、彼奴を倒さねば軍を再編することも叶いませんなぁ」
「チッ……そんじゃここでどうにかして潰すしかねえじゃねえか。相手の術士の場所は分からんのか」
フェイジンは腰に付けた、墨壺のようなもの蓋を抜き取る。ふたには小筆がついていて、それを懐から出した帳面に滑らせた。手早く完成させた簡易的な地図に彼は指を下ろし、感覚を集中させる。
「墨鬼が来た方向からして、術者は恐らく北の方面、そう遠くない所にいると思われますが……もしもう一度術を使えば法力を辿って居所は押さえられるかも知れませんな」
「敵の数を減らしゃあ、もう一度使うかねぇ……恐らく、もう反刻もすりゃ俺っとこの援軍も到着するが……それまで持つのか?」
「恐らく持ちませんな……ですが」
彼らしくなく、鋭い視線が地図の一点を見つめる。
「反応がありましたぞ。やはりそう遠くはありませんな……
フェイジンが記した周辺の地図に法力を籠めると、それはひとりでに折りたたまれ、白い鳥へと変化する。それと同時に青い壁が叩き壊され、入り口付近が崩れた。
顔を覗かせたのは、先程の数十倍ほども有りそうな巨大な鬼が数匹。その天をつくような異容に兵士達が恐れを為す。その隙間を埋めるように小さい墨鬼達も押し寄せて来た。
「力技で来たか……おい、どうすんだ!?」
「どなたか術士を追って仕留めて下され! 術士自身を仕留められずとも乱すことが出来れば恐らくこれほどの規模の術、維持は出来ず解けましょう! 場所は鳥に着いてゆけば分かるはずです! ただ……これも罠やも知れませんが」
ギュンチは一瞬エイスケとリンリィをを見たが、観念したような顔をして言った。
「どなたって、一択じゃねえか。ったく、いい歳したおっさんをあんまこき使うのは止めて欲しいもんだぜ……。二人とも、もし俺が帰って来なかったら、里の奴らを連れて一旦ラウ爺の所へ戻れ。くれぐれもお前達だけでどうにかしようとするなよ……そいじゃ行って来るぜ」
言い残した彼はひとりでに浮かび飛び出した鳥を追って駆けてゆく。押し潰そうとする巨鬼をものともせず躱わし、あっという間にその背中は見えなくなった。
「さて、こちらはこちらでどうするか……ですなぁ」
冷や汗を垂らしながら、フェイジンは眼前の魔物達を見上げた。
「生き残る為にはやるしかないんだろう? ……デカブツは鈍いと相場が決まっているっ!」
シンフェは吠え、背中からを輝く金色の大斧を取り出して突っ込んだ。かなりの重量があるはずのそれを軽々と振り回し、大鬼の脚部を鋭く切り裂く。
「凄い力だな……」
「彼女は薄く獣の血が混じっておりますゆえ。気の扱いにも長けておりまして、存外見掛け倒しでも無いのですよ」
「……何をぼうっとしている、フェイジン! 貴様も幹部の一人であろうが、禿げ頭を割り砕かれたくなかったら働けッ!」
彼を睨むシンフェの瞳孔は縦に開き、吠えるその口に鋭い牙が覗く。
「おお怖……そんなでは嫁の貰い手も現れませんぞ。……さてさて命懸けとなるならば、真面目にやりませんとな。出でませい、
追い立てられるかのように慌ててフェイジンは二枚の札に力を籠める。人の形に符を包む風と雷が舞うように巨人に貼りつき、切り裂いて焼き焦がしてゆく。
「リンリィ、行けるか!?」
「……大丈夫。今は、目の前の敵と戦う! はぁぁぁぁ、ヤァッ!」
猛攻に膝を崩した巨人の頭上に跳びあがり、リンリィは武器の先端に気力を集中させると、大上段に構えたそれを大薙ぎに振り下ろした。巨大な墨鬼は真っ二つに分かたれ、叫びを発しながら塵のように消えて行く。
「やるではないか……大物は私達とそこの娘が片付ける! 皆は大鬼の間合いには入らず小鬼どもを片付けろ! 援軍も来るし、厄介な術士も追い詰めている。勝利は目前だ、行くぞ!」
シンフェの檄が兵達を鼓舞し、再度戦いの火蓋は切られた。
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