44.眼帯男と不思議な力
今エイスケはリンリィ達に連れられ、
ギュンチ・ホンシュ……リンリィに紹介された、くすんだ赤い髪で眼帯を付けた一回りほど年の離れた男は、いきなりエイスケを双子の姉弟と共に魔物の討伐へと差し向けようとした。頭がいかれているのかと思い、断ろうとした彼にギュンチは次の言葉を投げかけ……リントも
「リンリィ嬢ちゃんはそれでも腕っこきだぜ。色々勉強させてもらいな……話はそっからだ」
「兄さんが何を心配してるかは分かんないけど、こっちでは子供だからって戦える人間は戦わないとやってけないからね。しばらく着いて回ってりゃ分かると思うよ」
普段リンリィを抑える側の彼がこういうのだから、問題は無いのだろうとは思うが……。半信半疑になるエイスケが、危険を感じたらすぐに引き返すという事を条件に了承し、三名は里の外へと旅立つ。
入り口にいる屈強そうな見張り達も、外に出る彼女の顔を見て笑顔で手を振り見送る辺りから信用されていることが分かり、エイスケは驚く。目の前に広がる荒れた土地は、殆どが砂で覆い隠されており、靴の中に細かい砂が入り込むのが少し不快に感じられた。
「どこまで行くんだ?」
「北の道に屍鬼が大分出てるらしいから、それを潰しに行くの。まぁ、すぐに済むから見ててくれたらいいよん」
「この辺りでは、戦や街に辿り着けずに死んだ人の体に宿って悪さする魔物がいるのさ。ほら、声がして来た……もうすぐ出て来るよ」
『……ォーウゥ、ウァーアァ……』
「よっこいせっと……」
風に乗って流れて来る恨めしい声は、夜中に聞いたそれと同一のものだ。
リンリィは背中に差していた三つに折れた棒を取り出す。それは一振りすると小気味よい音を立てて長い棒となった。それと共に砂塵の向こうから何十もの
「そんじゃ行って来るっ! 周りだけには気を付けてね!」
「おいっ! 正気か!」
それだけ告げるとリンリィは棒を回転させながら真っ只中に飛び込んで行った。追おうとしたエイスケの袖をリントが引き、無言で首を振る。
「本当にいつもやってることなんだ。ほら……」
遠くに見える姿にエイスケは目を疑った。身軽な身のこなしもさることながら、一振りごとに何体もの木乃伊が宙を舞うようにして倒れていく。敵の動きは鈍いとはいえ、自分よりも余程小さな娘の一薙ぎで吹き飛んで行く屍鬼の姿はまるで奇術か何かでもあるかのように見えた。
「さてと、こっちはこっちでやっとくかね……
リントはリントで地面に丸い札を置き、それに二本指を突き付け呪文らしき何かを唱える。すると、薄青い色の半円が彼らの周りを包み込んだ。エイスケが驚くのを見て、少し得意げにリントは胸を張る。
「へへっ、符術って奴さ。殴る蹴るは苦手だけど、こっちはそこそこ得意なんだ。これで奴らは寄っては来れないはずだよ」
「それは……魔法では無いのか?」
「……どうだろうね? その魔法ってのも不思議なことが起こせるのかい?」
エイスケは彼に魔法がどんなものであるか概要を伝える……自身の内なる力を用いて想像を具現化し、非現実的な現象を引き起こすそれの話を聞いて、リントは首を捻った。
「成程ねぇ……その魔力ってのはこっちで《
彼のいう所によると、恐らく魔法は詠唱と象化により術をコントロールする為、使用者によって威力や範囲に差違が生じるが、符術は予め術式を記した符に必要量の力を注ぎ込むことで一定の力を出力する。使う人間によって効果は違わないということらしい。
「良し悪しだろうね、それは……魔法とやらは習熟すれば効果の増大が見込め、融通が利く分、集中が必要で隙が大きくなりやすい。一方、符術は安定した効果が出せることで扱いやすく、術にかける集中がそこまで必要ないから、連続した術の行使や攻守を同時に行うことも可能だ」
「だがその分、ここぞという時の威力に欠けるわけか……難しいな」
『ゥゥ……ァアアァァォゥ』
二人がうんうん唸っている周りで、円状の結界を屍鬼達が殴り始め、結界の表面に電光が走った。それに気づいたリンリィがこちらに棍を振り回して向かって来ると、瞬く間に叩き伏せた。
「ちょっとぉ……二人とも、せっかくお手本を見したげてるのに話し込まないでよ! 余裕が有るならそっちの分くらいは片しといて! もう……」
「あっ、ああ……すまん」
「兄さん、無理しなくていいんだぜ?」
「いや、早く慣れたいしな。多分数匹程度なら……」
魔剣を引き抜き、エイスケはなおも向かって来る死体達と慎重に間合いを測ってから切り込んだ。
目の前にいる二体の内、前に出た方が振りかざした腕を肘の所で切断し、そのまま
黒い靄の様なものが抜け、やっと動かなくなったそれから目を離すと、その先には要領を得ない顔でこちらを見ているリンリィがいた……自分としては手早く片付けられた方だと思うが、何か不手際でもあっただろうか。
「どうかしたか?」
「いや……どうして《
「……?」
「だってそれじゃ、普通に殴ったり蹴ったりするのと変わらないじゃない」
理解できず頭を捻るエイスケにリントが助け舟を出す。
「待ちなよリンリィ。そも兄さんはこっちの人じゃないからそれ自体を知らないんじゃないのか?」
「え、そうなの? 他の国の人はそれじゃどうやって戦ってるの?」
「いや、知らないけどさ……それよりリンリィ、後ろ来てるぞ」
「わかってる! ああもぅ落ち着かないし、とりあえず一旦片付けて村に戻るよ!」
「はいはい、それじゃ兄さんも死なない程度に頑張っといて。もし危なかったら結界の中に逃げてくれな。……それっ、
リントが指に挟んだ符から放射状の炎を近づいてきた数体に向かって浴びせかける一方、リンリィは棍を振り回しながら再び群れとなった屍人達に突っ込んで撃砕してゆく。そうして、敵の姿が全て消えるまで、エイスケの出番が再び来ることは無かった。
そして、半日も立たずに戻って来た三人をギュンチは意外そうに眉を上げて迎えた。
「おぅ、速かったねぇ、ご苦労さん……この所増えてたみたいだったからな。流石の嬢ちゃんもへばったか?」
「ぜ~んぜん! あの位じゃ相手にもなんないもんね! ギュンチさんまた稽古つけてくれない?」
「冗談言うなぃ……嬢ちゃんとはものが違わぁな。自分の半分も生きてねぇ娘っ子にそう何度も膝を着かされちゃあ敵わんぜ、心が折れちまう。それより……」
ギュンチがエイスケの方を見てニヤッと笑った。
「どうだったい兄ちゃん。言ったとおりだったろ? 西大陸のもんは《気力》を知らねぇかんなぁ」
「ああ、目を疑った……こんな小さな子があんなに強いなんてな」
「む……あんまり子ども扱いしてたら、なんかあった時助けてあげないよ!?」
「済まん、悪気は無いんだ」
不満そうに唸る彼女も弟のリントも、どう見ても十二、三位の年にしか見えないのだから仕方が無い……とても先程の大勢の魔物を倒したとは信じられない位だ。それを可能にさせる気力というものに付いて、エイスケは是非とも知りたくなった。
「気力とは一体何なんだ……教えてくれないか?」
「ま、そいつはリンリィ嬢ちゃんにでも聞きな。今日一杯はかかると思ってたんだが、数刻で追っ払っちまったし、他に雑用がねえこともねえがなぁ……せっかくだから嬢ちゃんに気の基礎をしっかり叩き込んで貰うと良いんじゃねえかと思うぜ? なんせ気力一番と大陸でうたわれたあの《華舞仙女》シャオリンの娘なんだから」
どうやら二人の母親は、この大陸で気力について右に出るものがいない程の人物だと評価を受けているようだ。鼻高々になったリンリィは、気を良くして嬉しそうに満面の笑みを浮かべ、エイスケの腕をぐっと抱き寄せて見上げた。
「えへへぇ、ギュンチさんがそう言うならしっかり面倒見てあげよっか?」
「そうだな……よろしく頼む」
「いいよん。あ、でもリントみたいに才能が無いかも知れないから……その時は素直に諦めてね?」
「っ、良いんだよ僕は符術を極めるんだから! リンリィこそ腕っぷしばっかり鍛えて相手してくれる男がいなくなっても知らないからな!」
「そ、そんなことないもん! 私も大きくなったらきっと母さんみたいな絶世の美女になるんだから……リントみたいな頭でっかちこそ、モテないで寂しい一生を過ごすことになるくせにっ!」
「何くそっ!」
「ほれ、お前ら姉弟仲がいいのは喜ばしいが、客人の前でみっともねぇ。そんなだから子供扱いされんだぞぅ」
姉弟の戦いがつかみ合いにまで発展し始めたのを、ギュンチとエイスケが片方ずつ止めて引き
「……まぁ、騒がしいガキどもだが、うまいこと面倒見てやってくれや。おっさんは最近もう疲れたんでな……」
日頃の苦労がしのばれ、
こうして、不安は尽きないが、何はともあれエイスケは仕事の伝手を得ることができ、砂漠と荒野の入り混じるこのシア・ナンハイの南部からリシテルへと戻るべく準備を進めていくことになったのであった。
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