41.目覚めを待つ傍らで

 イゼシアにある軍の駐屯地内。


 治療施設の内の一室を借り受ける形でロナはレンティットの目覚めを待っていた。腕には魔法の使用を制限する機能がある腕輪をはめられている。わずかな仮眠の後、差し当って出来ることの無いロナは収納箱インベントリから取り出した蔵書片手にぼんやりと考えを巡らせていた。


 取りあえずの安全が確保できると、今度は強烈に心配が募って来る。誰も死んではいない、と光の玉は言っていたが……それはあの時点での話。とめどなく悪い想像が浮かんで来てはロナの心を騒がせていく。特にファルイエは、自分にとって家族も同然で……心配でないはずが無い。


 居ても立っても居られない気持ちを少しでも紛らわせようと、ロナは未だ目を覚まさないレンティットの顔を覗き込む。目の前にこの少女がいなければ、あの出来事をただの悪い夢だと思い込む事が出来たかも知れない……そんな嫌な考えが少しだけ頭をよぎった。


 それにしても、こうして目を閉じていると本当に人形のように美しい。現世の住人では無いかのような儚げに煌めく頭髪や、色素が薄い口元が与える印象はひどく不安定で、目を離せばそこからすぐに溶けて消えてしまいそうだ。


(可愛いなぁ……天使みたい)


 ついその細い髪を少しだけ撫でて見たくなって、ロナは手を伸ばした。彼女とは一度顔を合わせたことがあるだけだ。その一度も喧嘩別れという、好まざるべきもので、彼女に対して含むところが無いとは言えない……ただもしかすると、彼女がいることでロナもまた危地から救われたのかも知れない。とても複雑な心境だった。


(目覚めたら、何て言えばいいのかわからないや……)


 何となくもやついた心を発散しようとついロナは彼女の頬を軽くつねった。とても柔らかい……指に伝わる暖かく滑らかな感触が心地よくて、何度もそれを繰り返していると、唐突にその覗きだした夜空の様な瞳が開いてこちらを見据えた。


 そのままむくりと彼女は起き上がる。半分だけ開いた眼がこちらに向き、ロナは真っ赤になって慌て、つい素っ頓狂な言葉を口から出してしまう。


「あっあっ……あの、ご機嫌はいかがですか?」

「……? あんまり?」


 首を揺らして言うレンティットはまだ意識が遠いようで、ロナの所業にも気づいていない様子だった。そも彼女のことを覚えているのかどうかも怪しい。


「ここ、どこ?」

「イゼシア……リシテル国の北東部にある街近辺の軍駐屯地です」

「……どうしてそんなとこに?」


 彼女はあの時、意識を失くしていたから遺跡内部の様子や、転移したことには気づいていないのだろう。その辺りの様子をかいつまんで話すが、どうも要領を得ない様子だった。


「こちらに飛んだ後、傷を負っていた所を軍関係者に救助され、今ここに来ています。というか、半ば拘束されている形ですけど」

「何で……肩が痛い? どうしたんだっけ……? ……あっ!」


 レンティットは頭を振り必死に記憶の糸を手繰っていたが、やがて全てを思い出したのかベッドから飛び出そうとした。だが体に力が入らず、そのまま滑り落ちそうになる……大分血を流したのだから無理もない。


「エイスケ……エイスケはどこにいるのっ!」

「落ち着いて下さい! まだあなたは傷を治してもらったばかりなんですから」


 記憶がはっきりして来たのか、レンティットはその目を見開いて彼女を睨みつける。


「あなた、フェロンで……あなたがエイスケをどこかにやったの!?」

「ち、違いますって……とりあえず話をよく聞いて」

「やだ! 私、エイスケを探しに行かないと……」

「動かないでってば! ……今は体を治すことに専念しないと駄目です!」


 ロナがベッドから出ようとする彼女を押しつけて再び寝かせると、感極まったのか鼻を啜りながら泣き出す。


「なんであんな遠いとこにエイスケをやったのぉ……?」

「……彼がどこにいるか分かるんですか!?」

「……っく……あなた達のせいじゃないの? ……どこか違う国、きっと。海の向こうの方」

「海の向こうって……どっちですか? 西か東か」

「よくわかんない……あっち。……ぐずっ……うぅ」


 指差す方向は……ロナは確認の為に収納箱から方位磁石と地図を取り出す。

地図と方位を合わせ、イゼシアからすっと線を指で引くと、そこに広がるのは……。


「シア・ナンハイ……どうしてこんなところへ?」


 レンティットの話が本当であるとすれば、遠すぎる。せめてリシテル国内であれば……再会の目途も着いたかも知れないのに。


 取りあえず彼女の容体が落ち着くのを待って、その後をどうするのか……この娘はエイスケ追いかけようとするだろうし、ファルイエやオルベウの安否も心配だ。学士の館にも一度連絡を取らなければ……それから、それから。


「うう……うぁああぁぁ~もぅ! 何から手を付けたらいいの……!? 何でどっか行っちゃったんですか、エイスケの馬鹿ぁ!」


 ロナは悩みで頭が破裂しそうになり、思わず目の前のベッドに顔を埋めた。




 ミユ・アリタカがイゼシア方面に配属されたのは、中級国家魔導官の試験に合格してすぐの事だ。時期で言うとそれはここ数か月の間である。国軍の階級で言うと、大尉程度で、年齢からすれば非常に厚く遇されていると言えるだろう。所属は統合本部魔導士団となっているが、今は出向という形で陸軍中佐のコーベニー・ハスケンという人物の元に付いている。


 実際に彼女が軍を指揮するという事は無いにしろ、護衛兼部下として小隊規模の兵士を預かっており、二十歳そこそこの小娘が下手をすれば自分の倍以上の年齢の者達に命令を下さなければならない状況は、彼女にとって大きなストレスとなっていた。幸い副隊長が人格者で、良く纏めてくれているのは救いではあったが。


 そこに来てリシテル国内で不逞の輩が現れ方々の遺跡を破壊し始めた為、各国家魔導官こと国魔は優先して学士に同行し遺跡の護衛に当たれと来た。まだこちらの地理も満足に理解できていないと言うのに……。


 加えて上官が北西部の飛竜討伐に駆り出され、イゼシア方面に配備された国魔で中級以上は彼女のみ。必然的に任務の音頭を取らなければならなくなり……それを知った彼女は人生で初めて筆記具を折ることになった。


 その日も、続けていくつかの遺跡から本体魔法装置を取り外し、学士を付近の街に送り届けた後イゼシアに戻る途中だったのだが、そこであの妙な二人連れに出会うことになったのだ。


 二人は驚くことに、オリガウラム付近から転移して来たという夢のようなことを言っていて、しかも件の組織と相対したらしい。しかもそこに居合わせたのは、かっての友人の名前で……何が何だか良く分からないまま、彼女達の傷を治療して拘束し、軍の駐屯地まで連れ帰って来たのだが、いやはや……。

 

 昼食時に時間を取って会いに来て見ると、今度は二人ともエイスケエイスケと怨嗟と悲嘆の声を出しながら泣き崩れている。


(エイスケ君、生きていたのは良かったけど、君はこの子達に何をしたのかしら……?)


 笑みを引きつらせるミユ……遠く離れた地でかつての同輩に思わぬ疑惑を持たれることになった事をエイスケは知る由も無かった。

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