40.離れた二人

 時はさかのぼり……エイスケ達がいるシア・ナンハイより遠く離れた地。


 見知らぬ場所に転移したロナは、レンティットを抱えて途方に暮れていた。転移元の遺跡と同じような空間だが、微妙に間取りや、内部に置かれている装置の配置が違う。転送からしばらく経ったが、待てど暮らせどエイスケが出てくる様子はなく、出口の穴はとうに閉じてしまった。


 ロナは膝の上に抱えたレンティットの様子を見る。応急処置はしたものの、肩からはやはりじわじわと血が染み出していて、あまり長く放っておけるものでもない。


「向こうで何が起こったのかわからないけど……いずれにしても動かないと」


 ロナは、少女の頭をそっと地面に置くと、目的の装置の元へ歩いた。向こうの空間内にもあった物と同一の透明な円形の魔法道具が、中央の台座に設置されており、そこへ魔力を流す。


『遺跡番号:堂型一六八番 建造年月日:***年 〇月〇日 所在地:イゼシア北部 製作者:■■■・■■■ 設計図面情報……』


 解読できない部分もあったが、流れる項目から周辺情報を選択すると、台座に地図が表示される。現在地はリシテル国内北東部にあるイゼシアという街の付近らしい。街道まで出れば、馬車か人が通りかかってくれるかも知れない。


 エイスケのことが気がかりではあったが、他ならぬ彼がこの少女のことを託したのだ。首を振って気合を入れ直すと彼女の肩を担ぎ上げ、ファルイエから渡された円盤に魔力を流すとその空間内から脱出する。


 自分達だけを残して、周囲全ての物が切り替わり、足の裏が地面を噛む久々の感触にロナはつい違和感を覚えた。早朝の森の中だ……湿気のある冷たい空気が辺りを取り巻いて、感じる寒さが背筋を震わせる。


 遺跡内の地図によると、南にまっすぐ進めば大きな街道に出る、はず。


 細いレンティットの体といえど、彼女に担ぎ上げる程の腕力は無い。脇の下に腕を差し込んで後ろ向きに引きずって行く。幸い平坦な道であった為何とか進むことは出来る……とはいえ、ろくに体を鍛えていない彼女には思いもせぬ重労働だった。


 顔を真っ赤にしながら少しずつ地道に運び、何とか奇跡的に街道脇に達した時、ロナは腰が抜けそうになった。


(やった……! エイスケ……私やり遂げましたよぉ……)


 彼女が思わず草の上に寝転がって休んでいると……聞こえてくるのは馬の蹄と車輪が大地を削る音。


 ロナは跳ね起き、後先考えず道を塞ぐように手を振ると、ゆっくりとそれは道の端に止まった。頑丈で飾り気のない緑色の幌……軍用の物に違いあるまい。御者台に乗った兵士らしき男がロナに向けて尋ねてくる。


「我々はイゼシア近辺に駐屯するリシテル国軍の者だが、何用があって我らの足を止めるような真似をした! 返答如何によっては不審者として捕縛も辞さぬぞ!」


明らかに警戒した様子で武器を向ける彼らに、ロナは必死で弁明した。


「違います! あなた方のお仕事の邪魔をしたいわけじゃないんですけど、怪我人がいて一刻を争うんです。……お願いします、街かどこか治療が出来る所まで送って下さい!」


 慌てて傍らに寝かせたレンティットを指差す。

すると兵士は少し待つように言い残し、一人を残して幌の中に入った。


 しばらくして出て来たのは、この国では珍しい金属では無い素材の眼鏡を掛けた黒髪の女性だった。服装も先程の一般兵とは異なり、戦闘服ではなく制服、肩には階級を示す肩章を着けている。


 彼女は几帳面に敬礼をして名乗った。


「ミユ・アリタカ中級国家魔導官です。怪我人がいると聞きました……見せて貰えるかしら?」

「あ、はい! この子が肩を撃たれて……」

「……中へ運ぶわね。デオ、手を貸してくれる?」

「わかりました、さあ、お嬢さんも中に」

「あ、あの……本当にありがとうございます」

「大丈夫よ。ちょっと狭いけれど、治療した後イゼシアまで送ってあげる。さあ乗って」


 デオと呼ばれた男に続き、押されるようにして馬車に乗る。中には数人の兵士が座していたが、快く場所を開けてくれた。


「悪いわね皆、ちょっとばかり外に出ておいてあげるかしら」

「心得ております」


 車両内の男性陣が捌けた後、先程の女性はレンティットの服をはだけ肩口の包帯を素早く外していく。消毒を施した彼女が取り出したのは、表面に文字が刻印された白い手袋。両の手にそれをはめて傷に手をかざし魔力を込める。


 すると刻印が魔力の紫の光に照らされ、手から出た細く練られた魔力がゆっくりと彼女の肩の傷を縫合していく……やがて、施術が終わった後には見た目まで元通りになっていた。


「これでよし、と……失血がどの程度か分からないけれど、安静にしていればその内意識を取り戻すと思うわ。もし痛みが続くようなら街の治療師にでも相談してちょうだい」

「わぁ……す、凄いです、軍役に従事しながら治療師資格までお持ちだなんて」

「無いわよ? 資格なんて」

「え……?」


 固まったロナに対して、ミユと名乗った女はにっこり笑いかける。


「仕事柄、あると便利なのよ。今回の事も応急手当の範囲内って事でよろしくね……さぁ、動くから少し端に寄ってくれる? 彼女はそこのシートの上にでも寝かせてあげましょう」

「あっ、はい!」

 

 さらりと凄い事を言われたような気もしたが、きっとそういうものなんだと無理やりに自分を納得させてロナはレンティットと共に馬車の一角へと座り直した。



 

 その後、レンティットの呼吸も安定し、汗も引いて来ている事に安堵しながら、ロナは彼女からの質問に答えていた。


「上役の補佐係として同行し、標的と遭遇。……その後、避難していた遺跡は何者かに破壊され、ある男の行動により、あなた達だけがこちらに転送された。ふむ……」

「あ、あの……嘘を言ってるわけでは無いです、決して」


 縮こまるロナの言葉に、ペンでこめかみを押さえながらミユという女性は同意を示した。


「あ~うん、わかる……こんな短時間でそんな込み入った嘘を考えられるとは思わない。思わないんだけど……事が事なのでね。ロナ・ポーネリカ他一名を遺跡群襲撃事件の重要参考人として拘束します。学士の館の方には連絡を入れておくから身元の確認が取れ次第解放されるとは思うので、しばらく同行してね。そちらの眠っている子のお話も聞きたいし」

「……拒否することはできないんですよね?」

「理解してくれているようで何よりよ。危害を加えたりしないし、確認が済めばちゃんと元居た所に送り返してあげる。それに、同行者がどうなったかも現地に通信して捜索するように計らってあげるから名前と特徴を教えてくれる? こちらも少しでも情報が欲しいの」

「み、皆の安否を確認してもらえるんですか! は、話します」


 確かに、それはロナにとっても願ったり叶ったりである。三人の名前と所属、特徴を事細かに述べた。


「三人目が、私達をこっちに送った人です。名前はエイスケ・アイカワ……下級の冒険者で黒髪黒目の暗そうな……」


 ロナがそこで言葉を切ったのは、目の前の女が手にしていた万年筆が滑り落ち、床に音を立てて落ちたのを見かけたからだ。

拾い上げたそれを彼女に向かって差し出すまで、ミユはずっと表情を失くしていた。


「あの……どうかしましたか?」

「……いいえ。ありがとう、もういいわ。うん、後は着くまでゆっくりしてて」

「わかりました。……?」 


 そのまま一方的に打ち切られてしまった会話に疑問を浮かべながら、ロナはレンティットの額に手を当てた。まだ少し体は熱を持っている。


 少し安心した身体を休めながら、ロナはあの時の事を思い出す……フェロンの喫茶店で青い髪の少女は、エイスケに寄り添うようにしていたのに、彼はこの子を連れて来なかった。


 それなのにどうして、どうやって彼女はあの場に駆け付けたのだろう?彼女は危険を顧みず、彼と共に戦ったのだろうか?


(私は、何もできずにあの中で震えているだけだった……私だけが)


 きっとロナがあの場に出て行っても何も事態は好転しなかっただろう……それが分かっていても、ロナは自分が何か大きな過ちを犯したような気分になり、塞ぎ込んだ気分を道中持て余すことになるのだった。

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