39.遺跡の秘密

 脱水と体力の消耗が主だった為、エイスケの体調は一両日も安静にしていれば大分回復した。魔法で貫かれた左足の傷に関しては直してくれたのはリントらしい。そこだけにはまだ痛みが残っていたが、歩けないことは無い程度だ。


 リントとリンリィが里の中を案内ゆっくりと案内してくれた。砂漠に回り一面が囲まれているのかと思ったのだが、そうでもないようだ。短い草の生えた平原も広がっている。


「日差しはきついけど、あの辺りの草原があるおかげで放牧したりして生活を成り立たせているんだ、僕らは。後はまあ出稼ぎしたりしてね。今大人が少ないのはそのせいさ」

「ねえ、あなたは向こうでどんな暮らしをしてたの?」


 袖を引くリンリィは外の暮らしに興味津々と言った風で、助けて貰った恩もあるのでエイスケは自分の知っていることを丁寧に教えた。生活様式の違いなどは、彼女にとって衝撃的だったようだ。


 彼女はエイスケが見せてやった、チルト銅貨を興味深そうにひっくり返す。するとリントは懐から一枚の紙幣を取り出して見せた。


「こっちでは紙幣が主なんだ。魔力を通すと、偽物と判別する為に黄色い光が地面に映る。といっても、僕らはあまり使わないけどね。里では物々交換が主だから」

「へぇ……持ち運びが楽でいいな」

「でも、そのリシテルって国は凄いんだね。ずっと前に母さんたちに旅行で連れて行って貰ったシア・ナンハイの開けた港町でも、そこまで進んでなかったもん」

「そんなもんか……こっちでは魔物とかが出たらどうしているんだ?」

「こっちは殆どが、小国の集まりだからね。自前の軍隊で対処したり、後は戦力を金で買うんだ」

「そうだよぉ、傭兵って戦いを生業とする人達がいて、国から国へ流れてるの。そういう人達にお金を払ってお願いするんだ。うちらの母さんたちもそうして今もどこかを旅してる」


 傭兵……彼の勝手なイメージでは、主君を決めずに自らの腕一本を頼りとして戦火に身を投じる屈強な戦士という感じだが……この国ではそんなにも戦争が絶えないのだろうか?彼らを見ているとそこまで物騒な土地には見えないが……。


「ほら、見えて来たよ。あそこがあんたが倒れていた遺跡だ」


 リントの指差す方向には、屋根が崩れ、中が剥き出しになった礼拝堂のようなものがある。あれが遺跡だろう。その中心にはリシテルに合った物とは色が違うが同型の碑石が立っている。


「運が良かったんだよねぇ。この辺りは、《金環》の様子を見に良く来るから。そうで無ければ砂にそのまま埋もれちゃって見つからなかったかもよ?」


 無邪気そうに言うリンリィの話にぞっとしながら、エイスケはそれに近づく。


「二人は少し離れていてくれ……試したい事があるんだ」


 二人がある程度離れたのを確認して、エイスケは精神を集中し、魔剣を起動した。扱いに慣れて来たのか以前よりスムーズに魔力を送れるようになっている。白い光が体を包むと、やがて、ぼんやりと音声が聞こえ始めた。


門鍵ゲートキーの起動を確認。《仮想精霊》象化します」


 音声と共に光の玉が白い領域内に姿を現わしたことにエイスケは驚いて声を上げる。


「お前、あの時の……!」

「五二七番に在籍しておりましたが、本体が破壊された為、緊急的に門鍵の仮想領域内に情報を転送しました。以降門鍵の起動に付随して動作するように設定が変更されています」

「いや、良く分からんが……門鍵とはこの魔剣のことか?」

「そうです。正式名称は転移門ワープゲート管理鍵コントロールキー零号ナンバーゼロとなっており、各地に構築された各転移門間の接続を認証する為の鍵となっています」

「これがあれば、その転移門とやらの行き来をできるっていう事か?」

「はい、可能です。行き先の転移門、道標が無事存在している状況であればですが」


 エイスケはぐっと手を握り締めた……もしかすれば、これを使う事でリシテルまで一足飛びに戻る事が出来るかもしれない。更に疑問となった情報を聞き出す。


「その、道標というのはなんだ。転移門とどう違いがある」

「道標は転移門の周辺に、空間移動の経路と出入り口を固定する為に設置された物です。破損した状態で転移を行いますと、空間形成がうまく行えず失敗する可能性が高くなります」


 便宜上、五二七番と呼ぶことにしたこの光の話によると、遺跡には二通りあり、空間を移動する出入り口の転移門と、それを補佐する道標があるらしい。


「今、俺がここからリシテル国のフェロン付近に飛ぶことは可能か?」

「確認中……付近に守護者の存在が確認できません。認証を許可できません」

「その守護者というのは?」

「契約を行う存在。古き血を宿す者。特層重地の守り手とされる氏族を指します。守護者の存在が無ければ、契約者は特層重地の魔力を行使できず、転移に必要な魔力を維持できないと思われる為、帯同していない場合の使用は禁止されています」


 おそらく、レンティットのことを指しているのだろう。エイスケがここに飛ばされたのは、彼女とロナを先に転移門に送り込んだ為、契約の繋がりが弱まり、門を維持できなくなった、という事なのかも知れない。


 魔力の維持が辛くなって来た為、エイスケは五二七番との交信を打ち切った。驚くことに少しだが以前より自身の魔力が増大しているようだ……契約したことと関係があるのだろうか。


 光が収まって座り込んだエイスケの元に二人が駆け寄る。


「ほわぁ! 何なのあの光の玉! 生き物みたいに動いてたけど……その剣が何か関係あるの? 見せて! ねぇ見せて!?」

「あのな、玩具じゃ無いんだぞ……手は切らないようにしろよ」


 鞘に入れた剣をリンリィに放ってやる。

そして傍らのリントを見ると、放心したように固まっていた。


(……ラウ爺に報告すべきか)


 リントが俯いて何かを言ったが、それにエイスケは気づかず話しかける。


「どうかしたか? 体調でも崩したりして無いだろうな」

「リントお腹でも壊したの?」

「……いいや、何でも無い。さあ、用事は済んだなら、一旦里の方に戻ろう。兄さんもこっちに余り慣れていないんだから、無理をするのは良くない」


 そう言って踵を返す彼を不思議そうに見ながら、リンリィとエイスケは後ろに続いて里に戻っていった。




 夜風に当たっていると、遠くから何やらもの悲しくも悍ましい遠吠えが聞こえて来る。窓から丸い月が照らした白い砂地を眺めながら、エイスケは考えを巡らせていた。


「……リシテルに帰らなくては。しかし多く見積もって二カ月……厳しいものがあるな」


 路銀の面でも、慣れない土地を旅するという点でもだ。東部にまっすぐ進んでも、砂漠は旅路の中ほどまでは続いていると聞いたので、単独での行軍は恐らく危険、いや自殺行為と言っていいだろう。


聞くところによると、一日ほど歩いたところに街があるらしく、行商の者について行くことが出来れば何とかなるのかも知れない。そこまで、誰か道案内を里の者に頼めるかどうか……。


「早く戻りたいんでしょ? ……顔に書いてあるよ~」


 部屋の外から双子が姿を現わす。リンリィは楽しそうに、リントはお目付け役として仕方なく付いてきたという感じだ。


「ああ、まぁな……」

「……ねぇ、起きた時に行ってたお兄さんの連れって、もしかして恋人だったりするの?」

「リンリィのあほ! んな私的なことを聞くんじゃない、失礼だろ!」

「え~いいじゃな~い! リントはそんなだからお堅いとかとっつきにくいって言われるんだよ」

「うるさいなっ! っとと、ごめん……騒がしくしてしまって」

「いや、構わない」


 エイスケは二人の様子に思わず口元を緩ませた。それと同時に必死になって彼女達の元に戻ろうとしている自分に違和感を覚える。つい少し前まではずっと一人で過ごして来たのに……。


「別にそういう訳じゃない。ただ……仲間には、なったのかも知れない」


 戸惑う様子の彼に、リンリィは不思議な顔をする。再びたしなめるリントに彼女は渋々話題を変えて言う。


「あんなに必死に探してたのにぃ……まぁいいや。お兄さん、しばらくはここにいるんでしょ? ラウ爺も焦って動かない方が良いって言ってたし」

「多分な。出ようにも先立つ物が無いし、助けて貰った恩もある程度は働いて返したい。何か仕事があれば言ってくれ」

「そっか……じゃあ兄さん、明日ギュンチさんに紹介してあげるよ。里のまとめ役の一人で、作業とか交易とか里の警備とか、色々担当してる人なんだ……その代わりと言っては何だけど、開いてる時間に色々教えてくれよ」

「ああ、知っている事なら構わない」

「やったーっ、じゃあリシテルではどんな格好が流行ってるの? 何を食べてるの? どんな事して遊んでるの? ねえねえ」

「リンリィ待てよ、質問は一つずつだぞ」


 ベッドに腰を弾ませて座った二人に容赦の無い質問攻めに合うが、それが先々を思って焦るエイスケの気持ちを少しは落ち着かせてくれる。長い旅路となるかも知れないのだ……念入りに準備を行っていく事を彼は胸に決めた。

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