36.開かれた門

 滲んだ一面の黒……だが、その中にはぽつぽつと光輝く白い光点が存在し、さりげない輝きで周囲を照らしている。


(星が、あんなにも綺麗に……星?)


 そこで、エイスケの意識は覚醒した。

仰向けに倒れていた体を慌てて起こし……襲ってきた痛みの波に耐えながら周りを見渡す。


 後ろを振り向くと、そこには夜空の光でうっすらと輝く遺跡と、その根元に倒れているレンティットの姿があった。


 傷む身体を押さえながら、そこに歩み寄り膝を着く。

横たわる彼女の口に震える手をかざすと、弱々しい呼吸が感じられた。


(生きてる……。良かった……)


 気が緩んでそのまま蹲ってしまいたくなったが、何とか自分自身を叱咤して、そのまま向き直る。


 視線の先、そこにはレドーがいた。

彼は憎々し気に、こちらを睨みつけている……だが、それだけだ。

ほぼすべての四肢が砕け、左半身が失われたその姿は、体の先からどす黒く変色し、炭化するように崩れ始めていた。


「ハ、ハハ、ハッ……テメェの勝ちだ。全く忌々しいが、運がねえのは俺の方だったかよ。……いや、そうじゃねえな、力が足りなかった……か」

「お前は、何故……お前らは、何なんだ」

「さあな……敗者に語る口も無し。だがまぁ一つだけ忠告しておいてやる。俺はこれでも席が有る身だったんでな……こうして敗れた事を察知してすぐに次が来る。命が惜しいならとっとと……」

「……続ける必要はありませんよ、レドー」

「……早えよ、キシラ」


 宙がカーテンのように捲られて誰かが出てくる。


 音も無く着地するその男を一目見て、エイスケが思い浮かべたのは、僧だ。

剃髪した寒々しい頭をさらし、両手首に巻くのは白い数珠。


 だが、黒い法衣に栄える幽鬼のよう白い素肌といい、枝のように細い腕といい、その姿が振り撒くのは、間違いなく死の気配。

命を弔う側ではなく、刈り取る側……例えるなら死神だと、エイスケは認識を改めた。


 男は目を閉じたままの顔をレドーに向ける。


「……見物のつもりで来てみれば、貴方が敗北しているとは。驚くべきことです」

「しゃあしゃあと……どうせ負けたのを確認したから、現れたんだろうが……」

「なにをおっしゃいますやら……ですが、由々しきことですよ、これは。計画を前に十炎の一人が欠けてしまう事になるとは」


 禿頭の男の顔がこちらに向いた。

黒い風が走り抜けたような錯覚がして、エイスケは身を凍らせる。


「あなたが、何者なのかは存じませんが……私、《亡火ほろび》という組織の幹部、《星消十炎》の一人を務めております、キシラと申します。どうぞお見知りおきを」


 男がゆるりと頭を下げる。

次いで、レドーを責めるような口調で言う。


「しかし、《源核》を砕かれたとあっては、もう修復の使用が無いではありませんか……決して主様から無理はなさらないよう言付かっていたはずですのに」

「俺が死んで退かねえのをを分かったうえでのこったろうが。確認なら済んだろ……さっさと帰れ」

「いいでしょう……ですが、その前に……来るべきその時に備え、障害となり得るものは排除しておかなければなりません」

「っ、キシラ、テメエっ……! クソッタレがっ!」


 禿頭の男から、黒色の靄のようなものが伸び始める。

それは、大地を伝い、草を枯らしながらこちらへと向かっていく。

それを見てレドーが叫んだ。


「テメエら、退け! こいつの《根源気オリア》に触れると生命力を奪われて死ぬぞ!」

「おや、今の発言は彼らに肩入れしていると見なされかねませんよ?」

「知ったことか! もともと勝負が決まったところに茶々入れしたのはテメエだろうが……気に喰わねえんだよ!」

「やれやれ、あなたは自分の意志を貫きすぎる。我々は主様の目的を実行する為の駒でさえあれば良いのに……それに、彼らはもう動けないようですよ?」


 じわじわと大地を喰う用にして迫る黒い影。

それから逃れようとエイスケはレンティットを抱き遺跡に身を寄せる。


(どうする、後ろの崖に身を投げるか……いや、こいつを連れて泳ぎ切る自信がない)


 エイスケももう、体力の限界に達している。

遺跡に背中を預け、迫りくる黒い死の波から逃れる方法を思いつかずに魔剣の柄を汗ばむ手で握り締めた、その時。


『……五■■番にて、■■所持■■生体反■■■域に突入、及び敵■■か■■■攻■反応検■……内■■■急転■■開始……■秒、四秒……』


 頭の中にノイズの混じった小さい音声が響いていることに気づく。

内容の大半は読み取れないものだったが、何らかの秒読みが始まり、エイスケの頭を混乱させる。


 零秒――。

 キシラの魔の手が足下に及ぶすぐ前、謎の声が確かにそう伝えるのを聞き、そして次の瞬間……立っていたのは今までとは全く違う景色に包まれた空間だった。


 「きゃっ!」


 女性の小さい悲鳴が聞こえ、エイスケはレンを抱いたまま足元を見下ろす。

そこには、遺跡の中に転送されたままだったロナの姿が有った。


「え……! エイスケ!? エイスケなんですか? どうやってここに?」

「……何がどうなってるのか、聴きたいのはこちらの方だ! どうしてお前がここに……いや、俺達が遺跡の内部に移動した、のか!?」


 エイスケはレンを下に降ろすと周りを見渡す。

足元は加工された金属のタイルが張り巡らされているが、壁が存在しない。

濃い紫の空が辺りを包んでいるような感じで、時折その中に、色の違う光が混ざりながらうねっている。


「外の様子は!? どうなったんです? この子が、誰も死んで無いって。危険だからここから出るなって……」


 良く見ると、彼女の肩には白い光が寄り添うように灯っている。


「何だそれは……一体」

「良く分かりませんが、彼は自分を遺跡を守護する人口精霊だとそう言っていました。彼の話だと、この周辺の遺跡を統括して制御する役割と権限を古代の人から与えられたそうです」


 肯定する様にその光が二度三度と瞬く。

そして光は、四方をぐるぐると忙しなく飛び回る。


「外の者に間もなく遺跡が破壊されようとしているって……そんな危険な状況なんですか!?」

「ああ、二人倒したが、新手が来た……どうやら逃がしてはくれないらしい。遺跡が壊されると、俺達はどうなるんだ?」

「姉さんの話では、永劫ここで彷徨い続けることになるかも知れないと聞きましたけど……え、嘘! ……こ、この子の話だと、この遺跡が消滅すれば周辺一帯ごと遺跡内の空間が消滅するって」


 どうやら慌ただしく飛び回っているのは理由があってのことだったようだ。

恐らく今、また外に出れば遺跡の破壊に巻き込まれ、命の保証はない。

かといって、他に脱出方法が見つからない。


「でも、お二人ともこの盤が無いのにどうやってここに入れたのですか?」

「……今はそれどころじゃ無いが、恐らく、この魔剣のせいだ」


 エイスケは、今は沈黙している黒い魔剣をロナに見せる。

だが、それに強く反応したのは飛び回っていた光の方だ。

わなわなと震え出したかと思うと、魔剣にぶつかるようにしてそれを突く。

彼が鬱陶しそうに払おうとするが、纏わりついて離れない。


「何なんだコイツ急に!」

「な、何だかその魔剣を起動してくれって……言ってます。きゃあっ! 何……空間が、崩壊しかけてる!?」


 周囲の空間が鳴動し始め、光の流れが速くなる。

足場の外縁部が浸食され始め、どんどんぼやけながら崩れていく。


「クソッ、何とかなるんだろうな!?」


 エイスケが残った僅かな魔力を注ぎ込み、取り合えず何とか起動させると、飛び回っていた光が魔剣の核の中にスッと入って行った。


「管理契約者の存在を確認。門鍵ゲートキーと人口精霊の統合を確認し、各転移門間の通行を許可します」


 機械的な音声が流れると共に、目の前に、しゃがめば何とか潜れるくらいの黒い渦が出現し、ロナが驚いた声を出す。


 渦が開くと共に、エイスケの体にかかる負担が増した。

所々黒い渦がひずんでいるのを見ると、長くは持ちそうにない。


「ロナ……レンを連れて先に入れ! 持たせられそうにないっ、頼む!」


 早口で怒鳴りながら、エイスケは両手で柄を握り締める。

渦が僅かずつ狭まっている……集中を途切れさせれば恐らく一気に持っていかれるだろう。

ロナは一度エイスケを気づかわしそうに見た後、首を振りレンの体を掴んで引っ張って行く。


「い、行きます! 後で必ず合流して下さいよ……やあっ! ひっ……きゃあああああぁぁぁぁっ!!」


 レンを抱え、体ごとぶつかるように渦に向けて倒れ込んで言ったロナは悲鳴を上げながらその場から姿を消した。


 そしてエイスケも、そこに頭から飛び込む。

だが同時に魔力が尽き、魔剣の光が消える。

身体がどこかに引っ張られて行くのを感じながらエイスケは目を瞑った。

疲労が心地よく体を包み込んで、いけないと思いつつも消耗した肉体と精神は勝手に彼を眠りへと誘う。


 どこか遠くの方に光が見え、近づいてくるのを感じてエイスケはそこに手を伸ばしながら、意識は闇は落ちて行った……。


【第一部終】

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