34.いつもと変わらぬ朝に

 朝日に照らされ赤く映えた煉瓦で出来た鍛冶の街。


 フェロンとは違うその景色が妙に新鮮に見えて、エイスケは目を細めた。

煙突から煙が立ち始めるのは、炉に火でも入れ始めたのだろうか。


 良質な鉄を利用した、武具や生活用品を生み出すこの街も、フェロンに劣らず人々で賑わう都市の一つだ。

やがてはこの通りも、行商人や冒険者達で埋め尽くされるのだろう。


 眠りが浅く、時間を持て余して外を回っていたエイスケは騒々しくならない内に宿に戻ると、他の面子を待つ為ラウンジで腰を掛けた。


 周りを見回しても、自分以外には男が一人いるだけだ。


 背の低い、どんぐりの様な体型をした男。

茶色の髪が目を隠しているものの、体の向きや雰囲気で何となくこちらに視線を向けているのが分かる。

そのくせこちらが視線を向けると、慌てたように目を背ける。


(何だっていうんだ……)


 気には触るが、あえて話しかける程でも無いので無視していると、男は決心したかのように拳を握り込み、こちらに歩み寄って来る。


「……何だよ、何か用か?」

「そ、そのですねえ」


 エイスケの低い声に男は体を一瞬硬直させた後、手を差し出して言った。


「お、お願いがありまして……そ、その腰に差している剣、い、いや魔剣を少し見せていただけませんか?」


 男の言葉に動揺したエイスケは腰を浮かしかけた。

一見目立たないこしらえで普通の剣にしか見えないと思っていたが、やはり分かるものには分かるらしい。


「あぁちょっと! おお、落ち着いて下さい! もも、申し遅れました、実は私こういう者でして……」


 男は慌てて懐を探り紙片を取り出す。

それは名刺のようで、そこには《リシテル国認可番号○五-七三 国都リシテル魔核総合製作所 副所長 オグ・イズマ》とあった。


(ふむ、良く分からん……)


 しっかりした分厚い紙を受け取ると、男は口角を上げて話を続けた。


「話しかけたのは、お腰に付けた魔剣をちょっと拝見したかったからなのですよ。私は仕事柄魔剣、いや正確にはそれに取り付けた魔核に目がなくてですね、珍しいものは間近で見ないと気が済まないのですよ」

「これか?」

「おぉ……」


 男が手をふらふらと前に出して掴もうとするのをエイスケはひょいと上に掲げて阻止した。


「あ、ちょ、ちょっと!」

「この名刺が本物だからと言って、別にあんたに見せてやる義理も無い」


 動物を餌で吊るかのように左右に彼を動かしていた所に、オルベウ以外の二人が合流する。


「おはよ~。あら、どうかしたの? その人……知り合い?」

「いや、違うが……魔剣を見せて欲しいって言われてな。これ、わかるか?」


 渡された名刺をファルイエに見せてみた。

ロナはまだ眠そうにして、恥ずかしげに小さく開けた口を手で押さえている。


「へぇ……凄いわねその人、かなりのエリートよ。話をちゃんと聞いて上げた方が良いと思うわ。国お抱えの魔核研究者が国都を離れたこんな所で何をしているのかはわからないけど……」


 彼女の言葉に何となく表情を輝かせた男に、仕方なくエイスケは事情を話すよう促す。

すると男は上がった息を整えて礼を言い、座席に座り直して話を切り出した。


「とは言っても、改まってするような話でも無いのですよ。エイスケさんに言った通り、私は職業柄魔核製品に目が無くてですね……この辺りには冒険者の方もよくいらっしゃるので、時々掘り出し物が見つかるんですよ、ふっふっふ」


 どうやら、珍しい魔剣を見たいが為だけにはるばる東の国都から定期的に旅をして来るのだという。


「えっ!? それ、サウルのお婆さんから頂いてた物ですよね? 魔剣って本当なんですか?」

「ええ、これを見て下さい」


 ロナの言葉に、彼は懐から特殊な懐中電灯のような物を取り出して当てる。


 白に近い薄紫の光が、剣に着いた宝玉の部分を照らすと、うっすらと複数の溝のような物が浮かび上がり、球自体も中心から幾つかの層に別れているのが見て取れた。


「一般の魔石製品には見られない構造です。何という素晴らしい仕事だ……むふぅ」

「魔石とは何だ? 魔核とは違うのか?」


 オグという男は、得意げに人差し指を立て、意気揚々と語りだす。


「ふっふっふ……よくぞ聞いてくれました。魔力の媒体となる宝玉には二通りの物があります。一つ目は魔石。単層魔核ともいうこれは、通常の魔法道具にも使われたりしているものですね。あなた方の冒険者章についているのもそれです……。物にもよるのですが、これは特別な取り扱いを必要とはしない、悪く言えばただの魔力を溜める石ころです」


 オグは、そして二本目の指を立てた。


「そして、もう一つがこの魔剣などについている、複層魔力核。通称魔核というものです。単層の魔核を中心として、回路を通し、幾重にもコーティングして作られるそれはまさしく技術の結晶。単層魔核に比べて数倍から数十倍の魔力容量と変換効率があり、これ一つあれば小さな村落で使用される魔法道具の魔力位は供給できるでしょう。他にも……」

「いや、そこまででいい……まあ、一応はじっくり見たようだし、これで満足したろう。俺達はこれから面倒な仕事に臨まないといけないんだ。この辺で――」


 熱が入り過ぎた彼の話が長くなりそうなので、途中で言葉を切らせたところで、通路の奥から鎧の男が青ざめながら歩いて来る。


「……すまんすまん! 給仕の姉ちゃんにうまいこと注がれてちと飲み過ぎちまった……。あれ、エイスケじゃないか。どうしてお前がここにいる?」

「私が呼んだのよ……来てくれるとは思わなかったけど。知り合いだったの?」


 意外そうな顔のファルイエ達にエイスケは頷く。


「ふうん……随分と酔狂な奴だな、お前さんも。あいつを連れて来なかったのは、懸命だと思うが……ま、歓迎するぜ」


 オルベウはそれ以上何も言わず席に腰掛ける。

すると、彼の装備した籠手にオグの眼が吸い寄せられるように動いた。


「ほ、ほぅ……それは。あなた方は色々と面白いものをお持ちですね! 良く見せて下さい!」

「うぉ、な、何だこいつは!? おい、誰なんだよこいつ? 腕を掴むんじゃねえ!」

「ほうほう、魔石を連構造にする事で魔力の循環率と貯蔵量を増大させ、しかも複数の効果を魔法道具に持たせることに成功しているとは……これも素晴らしい! 一体何という方の作なのですか!?」

「いや、知らねえし! サウルって婆さんに貰っただけなんだって、だから放せ!」

「むっふ、俄然興味が湧いてきました、何者なのですかそのサウルという方は?」

「いや、呪術師の婆さんだよ。それ以上は言えねえな、あんまり個人情報をべらべら喋るのは良くねえし……」


 オグはオルベウの言葉に肩を落とすが、気を取り直してもう一度じっくりとそれを眺める。

籠手にまった四つの色の異なる魔石に光を当てると、反射光で前髪の間から見透かす様な砂色の眼が覗く。


「しかし……成程、それぞれの魔石に異なる合図である《鍵声》を設定することで、発動効果を分けているようですが……これは。オルベウさん、あなた全ての鍵声をご存じなのですか?」

「いや、婆さんからは【バルド】と【アメル】の二つしか教わってねえが……」

「そうでしたか……うん、それが賢明だと思います。残りの二つ、特に最後の一つは余りにも危険ですから」

「いや、本当あんた何者なんだよ……。え、魔核の専門家? へぇ……そうだ、これどうにかして複数回使えるようにならねえ? 今のままだと一発で溜まった魔力が空っぽになるらしいんだが……」


 オグは首を振る。

流石に道具も何もないここでは専門家といえども調整は出来ないようだ。

彼は少し思案した後、国都の自身の仕事場に訪れるよう提案した。


「というのもですね、お二人のその装備、丁寧に扱われてはいますがかな~り古いものですので、一度手入れはした方が良いのではないかと…色々と興味がありますので無料でさせていただきますよ?」

「そうだな……どの道今は時間が無いし、考えておく」

「はい、我が製作所に皆さんが来られる日を楽しみにしております……ぐっふふ」


 オグは最後に他の三人にもそれぞれ名刺を渡すと、むふむふ言いながら小躍りして去って行く。


「ったく、妙な奴。研究者ってのは変人が多いってのは本当なんだな」

「でも、言っていることは一理あるわよ。いくら強い力を持つ魔剣だって肝心な時に壊れてしまったら元も子もないんだから。専門家の言う事だし、一度行ってみて貰った方がいいんじゃない? ね、エイスケ?」

「そうかもな……だが、今はそれより目の前のことだ。依頼の内容と状況を確認させてもらいたいが、いいか?」


 彼が神妙な顔つきで言うと、ファルイエがこの数日間の概要をかいつまんで説明する。


「……とまあ、そういうことで今日から、残り一つの遺跡付近に潜伏して、敵に動きが出ないか見張る予定よ。といってもそこが破壊されていない前提の話だけど」

「魔法使いと相対する前提か。あまり俺は役に立てそうに無いな……」

「その魔剣はどうなの?」


 彼女も腰の魔剣に興味があるらしく、エイスケに頼み込んでそれを渡してもらう。

隣のロナも眼鏡の位置を直して興味深そうにしている。


「へぇ、普通の剣と変わった感じはしないわね。起動できるの? 効果は?」

「俺にも良く分からん。光の膜に包まれた空間を出して、婆さんの放った魔法を止めて動かすことは出来たが、長くは持たなかった」


 エイスケはあの時のことを思い出すが、恐らく良く保っても十秒程度では無いだろうか。

それを聞いてファルイエは微妙な顔をした。


「そう……あまり期待は出来ないわね……緊急時に役立つかもしれないけど。オルベウ、あなたはどう?」

「どうだろうな……国魔クラスの相手なんて、想像もつかないんだが。無詠唱で魔法がどんどん飛んでくんのか?」

「流石にそこまででたらめでは無いとは思うわ。でも、遺跡の破壊状況を見たでしょう? かなり大きな破壊力を持つ魔法の使用が想定されるわ」

「詠唱を何とかして防ぎたい所だな」

「現れた端から【バルド】で狙撃して見るか? いや、当てる自信ねえし、やめとこう……」


 そも敵の数次第でこちらの出方も変わって来る。

ある程度は臨機応変さ……その場でどうにかする地力がどうしても求められるのだ。

そんな意見を交わす中で、おずおずとロナの手が上がった。


「あの……もし誰もいなくて、魔法装置が無事に残っていたら、そのまま回収して任務を終えることはできないんですか?」

「気持ちは分かるわ……でも根本をどうにかしなければ、私達はどうにかなっても他にしわ寄せが行くのは、わかるでしょう?」

「そうだぜ、ロナ。なぁに、そこの教導官の姉ちゃんに、俺やこいつもいるんだ。あんたに手は触れさせねえさ。あんたは自分の役割をしっかりこなしてくれればそれでいいんだ」

「……わかっています、でも今度帰る時、もしかしたら誰かが欠けてるかもって思うと私、やっぱり怖くて……!」


 目を瞑って震える彼女の頭にファルイエが手を乗せる。


「それでも、私達は今目の前にある責任から逃げたら、きっと前に進めなくなるわ。私達を信用して……私はともかく、この男連中なんて死にそうにない顔してるじゃない。きっと大丈夫よ、ね?」

「まあ、不安は多いが、俺達も無茶は決してしない。命は惜しいからな。全員が無事で帰ることを最優先にしよう」


 そう言って頷き合い、各々の準備を澄まして彼らは宿を後にする。

外は人出で賑わい、今日がいつもと変わらない一日であることを示している。


 だが、もしかして既にどこかで何かは始まっていて誰もそれに気づいていないだけなのかも知れない……そんな思いがしばらくの間、ロナの頭からは離れないままだった……。

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