32.諍いは酒に流して
荒野に瓦解した遺跡とその中枢を見て、ファルイエは嘆息した。
ここにあった、【堂型第三六三番】と呼称された遺跡は、ものの見事に建物ごと破壊されている。
(ここも、壊されてる……これで二勝二敗か)
無残に砕け、所々に散らばる濃青色の石碑の外殻片を踏みつけながら現地を探って見たものの……持ち去られたのか、消し飛ばされたのか魔法装置本体は細かな部品に至るまでがその場から紛失している。
「……また派手にやったもんだ。こんだけやったら、騒ぎになっててもおかしくねえか? 誰か近隣の街に見かけてたやつがいても不思議じゃないような気がするが……」
周辺を警戒していたオルベウがそこへ話しかける。
待ち伏せもあり得るかという話をしていたが、今の所その様子はない。
五感の鋭いファルイエも探ってみたが、らしい気配は今の所毛筋程にも読み取れなかった。
「聞き込んでも良いけど、他からも情報が上がっていない辺り、警戒はしっかりとしていたんじゃないかしら?」
「んしょっと……ファル姉さん、どうしましょう? もうこれ以上、探せる所も有りませんけど……」
分厚いグローブをした手から石片を放り捨て、立ち上がった砂煙に目をしばたたかせたロナは、スカーフで覆った口元をもごもごと動かした。
「そうね……これ以上の探索は無意味だし、一度戻りましょう。ちょうど日も暮れてきたことだしね」
オリガウラムに到着して二日目。
その日の内からの強行軍で、なんとか四か所の遺跡を巡り、二つの魔法装置を回収する事が出来た彼女達は、明日からは街に最も近い位置の遺跡でしばらく張り込む予定にしている。
装置本体は、オリガウラムの冒険者ギルド支部に
「なあ、もし残り一つが破壊されてたらどうなんだ。俺達は晴れてお役御免……とは行かねえんだろ?」
「恐らく、他班の応援に飛ばされることになるわね……良くない知らせだけど、幾つか交戦が確認されて、捕縛は無し。まだ数は多く無いから相手もこちらの出方を伺ってるのかも知れないわ」
オルベウはげんなりとして耳を覆う。
ファルイエも尻尾を掴ませない敵に少なからず違和感を感じていた。
索敵には自信があったのに、周辺の魔力の
もうこの地を去っているのか、それとも何か特別な技術を持つ集団なのか……前者であることを願う気持ちとは裏腹に、勘は真逆だと伝えている。
だが二人に不安を与えない為にもそれを押し隠し、ファルイエは無理にでも明るく振る舞わなければならなかった。
「大丈夫よ、今のところ相手の気配は無いし……大きく動いたのが知れて、しばらくは鳴りを潜めるかも知れないしね」
そう言って、彼女は景気よくローブの裾に着いた砂埃を払った。
「さあ、考え込んでも仕方が無いし、街に戻って食事にしましょう。今日は東区画の新鮮な海鮮をいただけるお店か、南門の辺りにある炭焼き釜で焼いてくれるピザが食べたいんだけど、どっちが良いと思う?」
「わ……私はちょっと今日は食欲が……」
「おっ、駄目だぜ。何、きゅっと一杯やっちまえばそんなこと忘れちまうさ」
オルベウは、飲まなければやっていられないと言うかのように、彼女の肩を叩く。
この国の基準に照らし合わせれば、ロナも一応ぎりぎりで飲酒は出来る年齢に達しているが……好きでは無いし、強くはない。
まあでも、こんな時にはあえてそういうものに挑んでみるのもいいのかも知れないとファルイエは思う……要は
「ちょっと、ロナちゃんはいいけど……あなたはあんまり飲み過ぎないでよ! 酔っぱらったらそのまま店に放置していくからね! フェロンを出る時の醜態はちゃんと覚えてるんだから」
「ぐっ……程々にしておけばいいんだろ? ちょっと一杯や二杯、いや、三杯か五杯か十杯位は勘弁してくれよ」
「……それはもう程々とは言いませんよ」
眉をしかめる女性二人と、冷や汗を浮かべるオルベウは、見合わせた顔をやがて笑みに変えた。
もう街の暖かい光がすぐそこで出迎えてくれている。
この時だけでも下を向くのは止めて、三人は街の境をくぐった。
……そしてしばしの宴の後ファルイエは、女を口説き始めたオルベウを放置し、すっかり寝こけたロナを背中に乗せて、滞在中の《
(全く、一杯分も飲んでないのにこんなに赤くなっちゃって……)
そのまま受付へと進み、鍵を再度受け取ろうとした彼女の眼に、見覚えのある男の頭が映った。
彼も二人の姿に気づくと、何となく所在無さげに目を合わせようとしないまま向かって来る。
ファルイエはその、悪いことをして叱られに来たような姿を見て、少しだけ意地悪を言ってやりたくなった。
「……来ちゃったんだ? あれだけはっきり『俺にも守るものがある~』なぁんて言ってたのに?」
「……うるさいな。色々、必要になったんだよ……金が」
「ふぅ~ん? 本当に、それだけかしら? そんなこと言ってロナちゃんの事が気になって来てくれたんじゃないのぉ~?」
「そうじゃない……それよりも、仕事の話をしてくれないか」
エイスケはそれ以上問答に付き合う気は無いらしく、堅い表情を崩さずに腕を組んでガードを固めた。
男の慌てる顔がどうしても見たいファルイエは、このまま会話を終わらせるのもつまらないので、些細な思い付きを実行することにした。
「まあでも、本心を言うと、手伝ってくれるのは有難いわ。感謝してる……さて、ロナちゃんほら起きて。私お風呂に入って来るから、後はエイスケに運んでもらってね」
ファルイエはそう言うと強引にロナの身と部屋の鍵をエイスケに預けてくる。
「はれ……? エイスケらにゃいれふか~……どうしてほんなとこへ~?」
「おい、こいつ酔ってんのか? おい、ちょっと待て」
「待たな~い。そこの突き当り右手の部屋だから、ちゃんと介抱してあげてねぇ……でも」
糸の切れた
「変なことしたりしたら、人格が変わる位人体の急所について実践形式で講義してあげちゃうから、そのつもりでね? じゃあね~」
「おい! 適当なのもいい加減にしろっ、おぃ……!」
軽い足取りでほくそ笑みながら消えて行く獣人の姿を見送ったエイスケは、途方に暮れたまま、ロナを部屋へと引きずって行くしかなかった。
鍵に彫られた番号の扉を開くと、その部屋の中は、中々豪勢なものである。
ところどころに飾られた品のいい調度品や絵画、そして分厚い白いベッド。
二人分の体重が毛の長い絨毯を深く沈ませるのを感じながら、抱えたロナをベッドの上に横たえる。
「ほら、寝かせるぞ。水は要るか?」
「ほえ? ひゃい~くらさいくらさいっ」
ベッドの上で子供のように楽しそうに、ロナはバタバタと足を振り回す。
テーブルの上に置いてある水差しから、半分程硝子のグラスに注いで渡してやろうと思ったが、寝転がったままで起き上がって来ない。
「……おい、起きろ」
「うぅ~……らめら。起こしてくらは~い、きゃはは」
ロナは一度起きてみるものの、体制を維持できずに再びごろりと横たわって
笑う。
エイスケの額が縦にしわを刻んだが、仕方ないので彼女が伸ばす腕をぐっと引き起き上がらせた。
だが、見るからに体を揺らして危なっかしい彼女に水を渡す気にはなれず、ベッドサイドに彼女と並んで座り、水を彼女の前に差し出してゆっくりとグラスを傾ける。
ぼんやりとする彼女に水を飲ませた後、こちらへと焦点の定まらない瞳が向いた。
あの時を思い出すのを恐れて顔を俯けたエイスケに、ロナは素直に質問をぶつけて来る。
「なんれ、来たんれすか? あぶないのに……」
「ファルイエにも言ったけど、金が必要になったんだよ」
「んぅ? ……それはうそれしょ~。なんかおかしいもん」
「……どうして、どいつもこいつもそんな事を言うんだ」
ロナは若草のように明るい色の瞳をぼやけさせながら言った。
「……なんでかなぁ。なんでなんでしょ~……。ときどき、エイスケはやさし~から、そんな気がしたんです。んふふ」
そう言うと、彼女は体を傾けて膝の上に頭を預けて来た。
エイスケは仰向けになった彼女の目を見ない為に、強く目を閉じる。
そのまま、しばらくして眠ってしまうのかと思っていたが……少しずつ酔いが醒めつつあるのか、彼女はぽつぽつと呟く。
「ごめんなさい……あなたを傷付けてしまって。ただ、私、あなたの手をこのまま離したくなかったんです」
ロナは、そのまま手をゆっくりと上に伸ばした。
「あなたが助けてくれたみたいに私も、あなたを縛るものから解き放ってあげられれば思って……。でも、もう無理にそんなことしません。大丈夫だから、目を開けて」
彼女の手が、ゆっくりとエイスケの瞼をなぞって、強張りをほぐしてゆく。
細く開いた彼の瞳を見て、ロナは安心したように相好を崩した。
それだけを確認して安らかな寝息を立て始めた彼女を横たえると、エイスケは扉を閉めて外へと出る。
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