27.古き呪(まじな)いと黒い魔剣(3)

「ようやった、見事じゃ……これで、その剣は晴れてお前さんのものじゃ」


 白く拡がった光はエイスケを包み込んだまま、そこに在り続け、老婆が満足そうにその姿を讃える。

それを見たオルベウが納得いかない様子で指を突き出して叫んだ。


「あ、有り得ねえ……お、おいっ! てめえ、魔剣を触ったことが無いだなんて、嘘をつきやがって!」

「嘘じゃない……俺はこれが何かも知らなかったんだぞ」

「そうだとして、そんなにほいほい起動できる物じゃねえんだよ、それは!」

「みっともない真似は止めんか!」


 一喝に、悔しそうに歯を喰いしばるオルベウがうなだれ、エイスケは白く透けた、自分より一回り大きな光球に包まれた己の姿を眺めた。

何も変化が感じられないように思えるが……。


 出し抜けに老婆は杖を横に構え、詠唱を一つ唱えると、何もない虚空に火の玉を呼び出した。


「扱い方を知るには実践が一番じゃ……【廻炎ル・フィア】。ほれ、受け止めてみせい」


 そう言って放った、一抱えもある程の火球がエイスケの元に飛ぶ。


(いきなりっ……ふざけるなよっ!)


 身体を何とか捻る様にしてそれを躱す。

周囲の空気を巻き込むようにして燃え盛る火球は、白い光の外縁部に当たり、そのまま後ろに通過してゆくと思われたが、実際はそうはならなかった。


 エイスケを中心とした領域に入り込んだ途端、それは動きを止めた。

入り込んだ火球をまるで見えない手で掴んでいるかのように、その存在が伝わってくる。


「その領域は、主の意のままとなるはずじゃ。魔力糸を使った時のようにな……動かして見せよ。あまり時間を置けば、爆ぜるぞ」

「無茶を言うなよ婆さん! ……維持するので精一杯なんだ! くそっ……」


 焦燥がエイスケの脳を焼いた。

炎球をどうにか外に出そうと、彼は頭を巡らす。


(糸と同じ……これを操作できる、のか? なら、取りあえず遠くへ……)


 まるで爆発物を取り扱うように慎重に、エイスケはそろそろと領域の姿を変えていく。


 要はイメージだ。

自分の傍にあるこの空間を、体の一部だと思い操作する……。

 

 重たい泥を混ぜるような感触を感じながら、手で突き放すような形をとると、徐々に取り込んだ火球を中心とした部分が、餅を伸ばすかのようにぐにゃぐにゃと歪みながら離れていく……。

そうして彼と火球の間には、数歩程の距離が開いた。


 だが、そこまでだった……。

不安定に揺らぎ出し、消滅する白い領域は消滅した。

後に残された炎球はそのまま地面に落ちて爆発し、ひどい衝撃音と共に土砂を撒き散らす。

驚いた獣や鳥が音を立てて木陰から散っていった。


 魔力が尽きたのだ。

沈黙した魔剣を、脇に置いてエイスケはひどい吐き気に苛まれ四つん這いになった。

嫌な汗が体から吹き出す。


「魔力が枯渇したようじゃな……ほれ、これをお飲み」


 老婆が渡す青い薬をむせながら飲み込むエイスケの元から攫うように、オルベウが魔剣を握る。

そして彼は、何度も魔剣に魔力を流そうとするが、やはりうまく行かない。


「貸せ! ふんっ、ぐおぉっ……ふううっ……! ……何故だ、何故っ……」

「そこまでじゃ……よう分かったじゃろ、お主にはそれは扱えん」


 駄々をこねる稚児を見るような視線を向ける老婆。

それにオルベウは顔を歪め、意気消沈して座り込んだ。


「……畜生。俺に魔法を使える才が有れば……兄貴からあれを取り戻す為には、力が必要なのに。どうすれば……畜生っ!」


 ガツッと、悲嘆に暮れるオルベウの拳が地面を削る。

老婆はその姿に思うところがあるのか、色素の薄くなり始めた瞳を向けたが、やがて何も言わずに屋内に戻って行った。



 ――それから一昼夜を回復に費やし、エイスケの隣には今それなりに元気になったレンティットが立っていた。


「もう行くのかえ……まぁこちらは騒がしいのがいなくなって清々するがの」

「ああ、あまり今、フェロンを長く離れるわけには行かないんだ……婆さん、恩に着るよ」

「お婆さん……色々ありがとう」


揃って頭を下げる姿に、老婆は顔を背けて目を閉じ耳を塞いだかのようにした。


「ええと言っとるじゃろうに……そう言えば、前の娘はどうしたのじゃ? あの後一度姿を見せたが、困ったように笑うばかりじゃったぞ。中々美しい娘をもう一人連れて、興味深そうに本を読んで行ったが」

「ああ、まぁ……ちょっと色々あったんだ」


 その思っても居ない方向から来た老婆の質問に、ロナの泣いていた姿が浮かび……何とか返したのは当たり障りのない言葉だけだった。

驚いたように片眉を上げた少女の視線の温度が下がったのに、気づかなかったのはエイスケにとって幸か、それとも不幸なのか……。


「深くは聞かんが……まあその内にまた会うこともあるじゃろう。さあ、そろそろ行くがいい……とっと、忘れるところじゃった……金髪の小僧! こっちにこい!」


 その二人を見て老婆は面白そうに笑みを浮かべたが、それ以上追及することはなく……気取っているのか、考え事をしているのか、離れた木にもたれて顔を俯けていたオルベウを手招きした。


「あん? 悪戯はもう御免だぜ?」


 老婆はにやりと笑い、一組の青灰色のグローブを差し出す。

四角い手の甲の部分の金属板には、隅に四つの小さい宝珠と、それから伸びる銀色の溝が中央で絡み合うような装飾があしらわれている。


「あんまりお主が憐れなのでの、これをくれてやろう」

「……何だこれ、籠手か? 防具なら間に合ってるぜ」

「そう言わず、身に着けてみい」

「仕方ねえなあ……」


 身に着けた銀鎧の腕部分だけを取り外し、それを身に着けた姿は少し違和感があったが、彼が感じたのはそれとは別のことだったようだ。


「魔力が吸われる……? 何だぁこの籠手……」

「そのまま、あの木に手を向けて、【バルド】と唱えてみよ」

「……何だか良く分からねえが、やってやるよ……【バルド】!」


 眉を歪めて鼻を鳴らしながらも言われた通りに彼は手の平を向け、声を放つ。

すると、砲弾のような魔力球が飛び出し、衝突した一回りもある大木を二つに折った。

 

 驚いたオルベウは手甲をくるくるとひっくり返してしげしげと見つめる。


「こいつは……魔法道具なのか?」

「それだけではないぞ……【アメル】と、唱えよ、さすれば」

「【アメル】! へえ、これは……」


 鎧で覆われた体を、紫色の膜が包むように発光する。

その場で、彼は軽快に飛び跳ね、重い鎧も苦にせず宙返りまでして見せた。


「その状態で地面を殴って見よ」

「ああ……せああっ!」


 そしてその拳は、硬い地面を易々と抉り取り、深い溝を刻む。


「成程、こりゃすげえ代物だ。も、もう返さねえぞ?」

「ふん……しかし、やはりお主、魔力の回復速度に優れておるようじゃな。これまでに魔力の枯渇で倒れたことは?」

「いや、あんたの言う通り……ほとんどない。そも魔法使いでもねえしな。なんでそんなことがわかる……?」

「あれだけ連続で、魔力を放出している様を見れば誰でも気づくじゃろ……そして、その籠手は魔力を吸うだけではなく、溜め込む。この意味が分かるか?」

「……威力の増大か?」

「そうじゃ、天井知らずにな。だが、一度使ってしまえば、また長い時間が必要となる。ここぞといった時以外は使うでないぞ……後の二つは、今のお主では扱えんじゃろう。十分に鍛錬したらまた来ると良い。扱いに習熟すれば、またその機会も訪れよう」


 少し残念そうにしたオルベウだったが、それを首を振って打ち消すと、歯を剥いて笑った。


「……わかった。ありがとうよ婆さん、恩に着る」

「お前さんは精々悪い女に騙されんよう気を付けることじゃな。

女遊びは程々にせんと、身を滅ぼすぞ?」

「余計なお世話だよ! 全く、せっかくの雰囲気が台無しだぜ」

「かっかっ……ほれ、もう行け。若い頃の時間は貴重じゃてな」

「ああ、またな……」


 そうして、それぞれが名残惜しさを感じながら、エイスケ達はサウルの家を離れていく。


 遠く離れた所で一度だけ振り返り、エイスケはなんとなく頭を下げた。

家はもう見えなかったが、木々の間からは宙に細く伸びた煙が、うっすらと彼らを見送る様にたなびいていた。

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