23.それぞれの大事なもの(1)

 まばらに草の生えた、見晴らし良い荒野。

集合予定地であるフェロン北部のはずれに集まるのは色とりどりの装備に身を包む総勢十以上の冒険者のパーティーだ。

それらは和やかながら、どこか張り詰めた空気の中、出発の時を待っていた。


 その中に、まだ若い一人の金髪の男がいる。

中肉中背でどこか頼りなげな、緑色の瞳。

だが、その風貌ふうぼうに似合わずその指に光るのは青い冒険者章……中級冒険者の証である。


 装備品も美しく磨かれた金属鎧に大盾、細長い円錐形のランスと、他の冒険者達とは一線を画すような高価そうな品々に身を固めていた。

男は金色の懐中時計を閉じると、胸元に放り込む。


(そろそろ、出発の時間か……)


 男が集まった冒険者達に号令を送ろうとした時、街の方から二人、影が見えた。


(随分と遅いお付きで……ったく)


 片方は長身の陰気そうな男、もう片方は美しい青い髪の男装の少女。

何やら言い争いをしながらこちらへと向かって来る。


(女連れでいいご身分だよな……遠足ピクニックじゃねえんだぜ)


 向かって来た男に視線を送り、返って来た目つきの悪さにぎょっとすると、金髪は取り繕うように咳をして、冒険者達に大声で話しかけた。


「あぁ~……今回の討伐を指揮することになった、オルベウ・レイド第五級中級冒険者だ。鋏蟻はさみありの討伐が初めての者もいるかも知れないから説明しておくが、奴らの鋏と牙は鉄のように鋭く、金属製の装備をしていなければ体の一部ごと持って行かれる恐れがある。軽装のものはくれぐれも取り囲まれないように気を付けて退路を確保しながら――」


 ――そんな男の口上を聞きながら、エイスケは男の腰に光るプレートの様な物を見つめていた。

ギルドの紋章と同じ意匠をしたあれはなんなのだろうか。


「兄ちゃん、合同討伐は初めてかい?」


 訝しんでいる彼に後ろから話しかけるものがいた。

それは、不精髭を生やし茶髪を逆立てた大男だった。

左胸を覆う皮当てに、背負うのは年代物の大斧。

分厚い筋肉に覆われたその巨躯はいかにも頼もしい。


「あらかじめ危険がある程度想定されるような討伐には、ギルドからああやって派遣されてくる奴らがいるのよ。腰に付けたあの板がその証さ。処理班って呼ばれる、ギルドお抱えのエリート冒険者ってことだな」

「へぇ、そんなのがいるのか……あまり討伐関係は詳しく無くてな」

「そうかい……それならまぁ、数が減るまでは俺らの後ろに隠れてるといい。おっと、名乗りが遅れたが、俺ぁアムン・ロッド。あんたらと同じ下級冒険者だが、年季の入ったしわの分だけ頼りにしてくれていいぜ」


 壮年の大男は、たくましい腕を差し出して、順番に握手しようとする。

エイスケはそれに答えたが、レンティットは一つ鼻を鳴らして手を払った。


「舐めんなっての……ボク達だってあんた達だって下級冒険者なのは変わんないんだ。偉そうにされるいわれはない……むぐ」


 エイスケは、遅きに失したこと感じながら彼女の口を抑える。

大男の曲った口が徐々に震え出し、発せられる言葉を予期して思わず身構えた。

だがそこから出て来たのは、怒声ではなく、景気のいい笑い声だった。


「ぐわっはっは! ボウズ、いい度胸してんじゃねえか。そうかそうか、そいつは失礼した」

「あ、頭を撫でるんじゃない……それとボクは男じゃないんだ、間違えるな!」

「おぅ、そうかい……。ま、嬢ちゃん位の年なら女も男も関係ねえやな、わっはっは!」

「っ、氷漬けにされたいのかよっ!」

「そこまでにしとけ、二人とも」


 人好きのする笑いにほっとしたものの、エイスケは背後に強い視線を感じて振り返り、その方向を親指で指した。

恨めしそうな目で金髪の男が睨みつけている。

少しうるさくし過ぎたかも知れない……目を付けられていなければ良いが。


「おおっと、済まねえ済まねえ……がははっ!」

「ちっ……命拾いしたな」


 大男からレンティットを引き剥がすと、金髪の男が説明を終えたのか、移動するよう号令をかけ始めた。

だが、相変わらず……。


「……何でついて来んだよっ!」

「まあ堅いこというなって、目的地は一緒なんだから仕方ねえやな……ふわっはっは!」

「離れて歩きゃ良いだろっ」

「そんな寂しいこといいなさんな。こういった縁も、大事にしときゃ後で助けになるかも知れねえぜ?」

「ふん……あんたの手なんか死んでも借りるもんかっ!」

「だっははっ! 随分嫌われちまったもんだ」


 相性がいいのか悪いのか、言い争いを続ける二人にエイスケはうんざりしながら、聞き逃した情報を補うために大男に話しかけた。


「なあ、あんた……ちょっと聞きたいことがあるんだが、いいか?」

「おぅ、どんとこい!」

「この依頼、ひょっとして低級ではそこそこ危険な方なのか?」

「あぁ~まあ……それなりになぁ。女王蟻だけにゃ気を付けた方がいいと思うぜ。兵隊蟻の数倍はありやがるでかくて長え奴だ。出て来やがったら、一旦退いて、足を止めてから削っていくのがセオリーだわな。そいつさえ片をつけちまえば後は問題ねえ……何だ、あんた怖いのか」

「それが、まともな人間の反応だろう……他に仕事があるなら、冒険者なんてやってたまるか」

「まあ、そうかもなぁ……でもよ、俺達がこうやって他の人がやらねえようなことをやってるからこそ、皆が平和に暮らせる。そうは思うと、ちったあやる気が出て来ねえか? ……だっはっは!」


 少ししゃくに触るような綺麗ごとではあるが、ここまで朗らかに言われると逆に好感が持てる。

どうも憎めない男にエイスケは表情を緩めた。


 大男は、何かを思いやる様に目を細めて遠くを見る。


「こんな俺にもな……嫁さんと可愛い娘がいるんだぜ。俺ぁこのでかい図体以外に対して能のねぇ男だが、家族が生きやすいように、ちったあマシな世界になりゃあいいと思ってんだ……おめえさんにも、家族や大切な仲間ができりゃあ、ちょっとずつ分かって来るもんさ。おっと、そのチビっこいのがもういたんだったか、済まん済まん……わぁっはっは!」

「いつか……か」

「言うに事欠いてチビだとっ……そっちこそどうせ図体ばっかの癖に! っと……そんなおっさんの話聞いてないで、今は目の前のことに集中してよ、ほら、見えて来たよ」

 

 レンティットの言う通り、指差す方向にそびえたつのは、屋敷より巨大でいびつな形をした、赤茶けた土で塗り固められた蟻の棲み処だ。


「さあ、とっとと野郎どもを片付けて、嫁さんのうまい飯と麦酒ビールにありつくとすっか!」


 巨漢が手の平に拳を打ち付ける甲高い音が一つ、開戦の狼煙のろしの如く辺りへと響き渡った。

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