19.不遜な彼と街の危機(1)

 懸念したように、見渡す限りの地域では討伐対象の姿は見受けられない。

ここはフェロン南東部の草原地帯。

冒険者達は、方々に散って行く、あるいは引き返していく等、それぞれの行動を取っている。


(依頼の遂行は厳しくなりそうだな……)


 どうやら、発生源は離れた所にあるのか、溶けた草を道標として人の流れは草原の奥地へと続いているようだ。

さほど期待せず、そちらへ足を向けようしたエイスケの目に、一人の少年が留まった。


 外側に散らした、美しい顔立ちを包む青銀色の髪。

白い顔に着いた目鼻は品よく整って、成長すれば間違いなく多くの女性をとりこにするだろう。

だがそれらは、冷淡そうなまなざしと合わさることで、少年の近寄り難い雰囲気を助長していた。


ふいに、彼が目をこちらへ向ける。


「……何? お兄さん、何か用でもあるの?」


 強張った声音から、疑心と敵意の感情を感じ取り、因縁をつけるつもりも無い彼は適当に誤魔化そうと口を開いた。


「いや、随分と若いからな。少し気になっただけだ」

「っ! あんた、喧嘩売ってんのか?」


 どうやら失言だったようだ。

エイスケからはそう見えただけだったのだが、冷静そうな見た目とは裏腹に随分と沸点が低い。


「済まない、他意は無かったんだ。騒ぎになっても困るし止めてくれ」

「チッ……二度と子ども扱いするんじゃない。次は容赦しないからな」


 鋭い舌打ちと共に外套を揺らしながら、背を向けて歩いて行く。

次も何も、もう関わるつもりも無いのだが……少し背筋が冷えた。


 彼は恐らく、魔法使いだ。

手の平をこちらに向けるあの構えは、何らかの魔法を放つ準備があってのことだろう。

もし詠唱でも始めれば、こちらも覚悟を決めなければならないところだった。


 些細な口喧嘩などで依頼前にトラブルを起こすなど、冒険者として一番愚かな行為だ。

特に、エイスケの様な特別な力の無い人間にとっては。

相手がすんなりと引いたことに幸運を覚えながら、エイスケも依頼の魔物を探すために足を速めた。



 ――だが、残念なことに運命という悪魔の手は、一度つかんだ獲物をそう簡単に離してはくれないらしい。


 目の前に、先程の少年の青い頭が見える。

ある程度距離が保たれたはずだったのに、歩幅の関係か、追いついてしまう。


(仕方が無い……迂回して先に行こう)


 こっそりと冒険者達の列から離れ大きく外に回りながら歩を速める。

ある程度離れれば、彼からも見えなくなるはずだとそう思っていたのだが、甘かったようだ。

後ろから迫る速度を増した足音。


 追われるまま速度を上げながら、後ろをうかがうと、殊更ことさら鋭く目を光らせた彼の顔が見えた。

それを見て、徐々に速度を上げて行ったのが失敗だったかもしれない。

終いには小走りになり、彼があんまりしつこく着いて来るので結局エイスケは足を止めた。


「何故着いて来る……」

「べ、別にッ、はっ、着いて行こうって、訳ッ、はぁ、じゃなくて……」


 少年は荒い息を吐きながら、膝に手を掛けてこちらを睨みつけた。


「あんたがっ、前を歩いているのが気に入らない、って、だけ! ……目障り、なんだよ」

「そうか……なら先に行くといい」


 エイスケは道を譲り、少年はようやく隣を頭を押さえながらふらふらと通って行く。


「無駄な、体力、使わせ……やがってぇ……うぅ」


 だがふらりとぐらついた彼は、体を横倒しにして意識を失くす。

エイスケは駆け寄り、脈と呼吸を取るが、特に問題ある様子には見えない。

彼が、取りあえず人の邪魔にならない位置に除けようと抱き上げた時、少年の腹からか細く高い音が、きゅうと情けなくも辺りに響き渡った。



「――ん……ぅ?」


 目を覚ました少年は、冷やっこいものが何か瞼の上を塞いでいることに気づいて、指でつまみ上げた。

ひらひらと揺れるのは、水で濡らした布のようだ。


(ボクは……倒れたのか? 何をしてたんだっけ……? ああ、確かいけ好かない奴がいたから、意地になって追いかけて……)

「起きたか……具合は?」


 掛けられたのは低く、落ち着いた声。

跳ね起きて隣を見ると、岩を背に預けた例の男が、横目でこちらを見ていた。


「僕は……気を失ってた?」

「そうだ……そんなに時間は経っていないけどな。 一体いつから食っていなかったんだ」

「うるさいなぁ……あんたには関係ないだろ」


 その言葉に朱が差したように赤くなった少年は、黙り込んで顔を背ける。

悔しさや恥ずかしさ、自己嫌悪で、顔を背けたまま歯を食いしばる彼に年相応の微笑ましさを感じ、エイスケは心の裡で苦笑して、珍しく少しお節介を焼いてやろうという気になった。

鞄から取り出した包みと水を、投げ出している少年の足の上に放る。


「わわっ! い、いらない! あんたなんかから施しは受けなっ、ふがっ!」


 随分と強情な少年にエイスケは包みから出したパンを強引に捻じ込んだ。


「そういう言葉はな、他人に迷惑を掛けないやつが言うんだ。体調管理もできない奴が吐いていい台詞じゃない」


 少年は激しく抵抗したが、結局口に入ったパンを捨てるような勿体ない真似はしなかった。

手渡した水も、しぶしぶながら飲み干す。


「全く……魔法が使えるんなら、冒険者なんてならずとも幾らでも仕事はあったろ」

「……使えるって何でわかった?」

「あの時、魔法を放つ構えを見せたろ。それでなんとなくな」

「ヤな奴……別に、なりたくてなった訳じゃない……」


 エイスケも異世界人であることを人には言わないように、彼もまた、何か思う所があるのだろう。

それ以上踏み込んで聞くようなことは、出来ないし、したくもない。


「そういうあんたは何でこんなことしてるのさ。別に儲かるってわけじゃないでしょ、こんな仕事」

「俺には選択肢が無かったからな……」

「ふ~ん……つまんないの」


 そこで指して互いに興味のない二人の会話は止まり、 沈黙が周りを支配した。

そうすると、午後のいい日差しと、食事で得た満腹感が眠気を誘いだす。

こんなところで眠ってしまっては、恥の上塗りだ。

何とか意識を保とうと、少年は無理に口を動かした。


「あんたは行かないの?」

「ああ、どうせ今回はありつけそうに無いしな。しばらくしたら街に戻ろうと思ってる」


 確かに、引き返して来る人間の数が多くなって来ているように思う。

期待にそぐわない結果にがっかりしながら観察する冒険者達の姿は皆一様に切羽詰まったというか、血走った眼をしていた。


(はあ、低級冒険者ってみんなこんなにも必死なのか……街に帰るだけなんだから、そんなに急がなくてもいいだろうに)


 少年がそんな風にぼんやりと見つめている中、突如動きを見せたのは隣の男だった。

顔色を上げて彼を引っ張り上げ、担ぎ上げるとそのまま彼らと一緒の方角へ走り出す。


「えっ、ちょっとおいっ!? 何するんだ!」


 抗議の声も気にせずに足を速める彼に、何度も疑問をぶつけると彼は後ろを指し示した。


「は、離せよっ! 一体どうしたって……」

「見ろ……何か来てる」


 半信半疑で固定された体をどうにか捻って後ろを見ると、小高い丘の上方から何かが流れ落ちるように伝って来る。

何か軟質の、海のような明るい青色に光る物体……。

それは後から後から質量を増して、どんどん盛り上がってゆく。


「……あの、さ、ボクの頭がおかしくなってんのかな? 山みたいなのがさぁ……迫って来るんだけど」

「安心しろ、全員同じものが見えてる」

「ああそう……最悪だね。最悪だ……」


 思わず何度も呟きを繰り返すほどに、状況は逼迫ひっぱくしていた。

あのような巨大な規模のモンスターは、普通に生活していたならばまず出会うことは無いような代物だ。

しかも、冒険者達が足を返してゆく先、そこにはフェロンの街並みがはっきりと見えている。

つまり、冒険者達でこぞってこの災害のような魔物を誘導していることになる。

このまま街に向かえば、大きな被害を受ける事は確実だ。


 国軍が動くかも知れないが、それまでに到達してしまえば街は飲み込まれ、避難が成功しても都市機能に甚大な被害が出ることだろう。

大規模な足止めが必要になるが、言わずもがなこんな低級冒険者達では話にならない。

能力の問題ではなく、相手が規格外すぎるのだ。


 どうしようもできない状況に、黙って手足を振り動かしながら距離を離す。

今は、逃げるしかない。

速度を上げ始めるエイスケに抱えられた少年が、何かに気づいたように声を漏らした。


「攻撃して気を引こうとしている奴らがいるよ……ほとんど効いてないけど」


 どうやら、同じことを考えた人々がいたようだ。

流れて行くブルーゲルに横合いから魔法を撃ちながら並走する集団。

誰かが指揮を執っているのか、統率は取れている。


 小型の火炎弾や雷光がいくつも飛び出し、巨大なブルーゲル表面に次々と命中していく。

だが……明らかに威力が足りておらず、溶かした表面はすぐに修復し、大した被害には至らない。


「あんな程度の魔法じゃ駄目だ……おい、あんたボクをあそこまで連れて行け」

「何か策があるのか?」

「ふん! 策も何も……ちゃんとした魔法ってのを見せてやるよ」


 随分生意気な事を言ってのける少年だが、彼の瞳に嘘は無い。

ならば……すべきことは一つ、迅速にあの集団の元に向かうだけだ。


「……わかった。口だけじゃ無いところ、存分に見せて貰おうか」

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