18.ギルドの知らせと新たな依頼

 最近受諾した三つの依頼の内、最後に残していた依頼は期限の無い鉱山採掘である。現地に行って鶴嘴などの装備品を借り、専門の工員が安全確認をした場所で労働力を提供するだけだ。自分で考えることが少ない分、ある意味エイスケにとっては楽な作業と言えたのだが……。


 ギルドへ赴こうと足を動かしてる最中さなか、エイスケは冒険者証が淡く点滅する様に輝いているのに気付いた。


(ギルドからの通達……珍しいな)


 彼がスクロールを開くと、そこに記されていたのはあまり彼にとって、いや彼ら冒険者達にとって良く無い知らせだった。


 【緊急告知】各地での魔物の大量発生に伴い、多くの依頼が変更又は取消となりますので、冒険者各位は依頼内容の再確認をしてください。

なお、現在進行中の任務につきましては、達成の目途が立つものは近隣の冒険者ギルドにて申告して頂ければ除外しますが、除外措置を申請された後で被った損害につきましては、冒険者ギルドによる保証は致しかねますので、ご注意ください。


 初めての事態にエイスケは困惑する。見ると自身が請け負っていた依頼も取り消されているのが確認できる。

混雑が予想できたが、仕方なく彼も道を引き返し、冒険者ギルドに足を運ぶことにした。


 案の定、長蛇の列に並ぶ不満たらたらの冒険者達の姿が見受けられ、それをどうにか制御しようと汗を流しながら対応する職員達は必死の形相を浮かべていた。


「ふざっけんじゃねえぞ! ようやっと納品して後は報告だけだったんだよっ! 明日中に返さなきゃ借金取りに追われちまうんだ、どうしてくれるっ、ああ!?」

「……ですから、順次処理を行いますので取り合えず相談窓口に並んでお待ちいただかないと! 他にも大勢待ってらっしゃるんですから焦らずに順番を守って下さいよ!」


 ところどころで行われるやり取りは掴み合いも発展しかねない。

とはいえギルド内で刃傷沙汰を起こせば冒険者資格の剥奪はもちろん、重い罪を科される可能性もあるのは周知の事実で、馬鹿でも無ければそこまでやるまい。


 ぶつけどころのない怒りに対応せざるを得ない職員たちに同情はすれども、

彼らもこれが仕事なので、何とか穏便に済ませられるよう頑張って欲しいものである。


 一方で、別の一画では空気を読まずしてか、はたまた運悪く騒ぎに重なってしまったのか豪奢な装備に身を固めた冒険者の一団が大勢を前に呼びかけていた。

中でも目立つ長髪の青年は腰にいた剣を目立たせるように引き上げる。


 静かに淡い光を放つそれはおそらく《魔剣》だ。

通常の魔法道具とは一線を画す品々。

といってもエイスケは魔剣についてよく知らない。

彼が知るのはそれが遊んで暮らせるほどの富と引き換えに手に入る様な物だということと、生来の魔力が無ければ満足に扱えないということだけで、およそ彼とは縁のない代物だと言えよう。


 冒険者ギルドに通う内にエイスケも幾度か目にしたことはあったが、ああもおおっぴらに持ち歩くのは、大抵中級もしくは上級の腕に自信のある者だけだ。

 男もその例に漏れず、指にはめた冒険者章に付いた石の色は赤い。

つまり上級。

雲の上の存在である。


 長髪の男は、周りに微笑みかけると、手を広げて宣言した。


「お集りの所、失礼する! 私は第二等級冒険者のレイノ・レイド。今回北部に現れたワイバーン討伐隊の指揮を任されることになりました。現在北部ではいくつかの村が数体のワイバーンの襲撃を受け、多数の犠牲者を出しています。軍関係者も動いてはいるが、手が足りていないようだ……」


 大きな声で朗々と呼びかける様は様になっていて、こなれた舞台役者のようでもある。


「……そこで中級以上の腕の立つ冒険者の皆様に戦闘及び後方支援のご協力をお願いしたい。急を要する事態の為、今回の討伐に参加していただいた方には特別にギルドから多くの昇級点が贈られることになっています。国民の安全の為にもどうか、臆せずご協力いただきたい!」


 対する冒険者達の表情は、興奮して腕を振り上げるものや、冷めた目で見つめるもの、命あっての物種だと、危地におもむく彼らをせせら笑うものなど様々である。


 《ワイバーン》――翼竜とも称されるこの小型の竜は、言うまでも無く空中を主戦場としている。

いかなる術をもっても常人が相対することは難しいだろう。


 人が空に浮かぶ術など魔法を置いて他にはこの世界には無い。

軍が所有している浮遊魔法を組み込んだ飛空艇でもなければ、姿を捉えることすら困難に違いない。


 エイスケは興味をなくし目を背けた。

列の終点はもう近づきつつあり、受付の女性は今日も忙しなく冒険者達の対応に追われている。


 「お待たせしました! 本日はどういったご用件でしょうか?」


 彼はいつもと同じように簡素な挨拶を返し、受付の上の水晶に冒険者章をかざしながら、依頼完了分の報酬の受け取りと、新たな依頼を求めていることを告げた。


「では、報酬を準備致しますので、こちらをご覧になってお待ちください」


 受諾可能な依頼が表示された板を渡され、目星を付けようと覗き込む。

間の悪いことに、表示された依頼は殆どが討伐系のもので埋め尽くされていた。


「ご存じかとは思いますが、最近魔物の発生報告がとても多くなっていまして……」


 戻って来た受付嬢が、困ったように首を傾け、盆の上に報酬を乗せてこちらに差し出す。


「そのせいか、危険の少ない依頼は全て取り合いになってしまっているんです。需給が改善されるまでお待ちいただくか、難度の低い合同討伐の依頼に参加されるのが良いかも知れません」


 報酬の金貨袋を受け取り、エイスケは思案した。

討伐には参加者を複数組募集する大規模なものも存在し、それらを合同討伐という。

大抵の場合参加人数に余裕を持たせる為、依頼を受諾するも討伐対象がいなくなり、後発のものは依頼が遂行不可になってしまって骨折り損、ということ珍しくない。


 だが、他にめぼしい依頼も無く、単独で討伐を行うよりかはまだ危険は少ないと判断し、彼は一つ受けて見ることにした。



//【フェロン南東部草原地帯にて大量発生したブルーゲルの駆除(合)】 期限 無期限

報酬 一体に付き3C(上限は30体まで)

※ 合同討伐依頼の為、事態の収束に向かうと同時に予告なく終了する場合有//



 《ブルーゲル》――本体となる円形の赤い核を粘液状の青い分泌物で覆った魔物で、河川や湖沼等で魔力が鉱物などに蓄積し、核化することで発生するとされている。

自我は無いが、体外の分泌物によって周囲の物質を溶解させ、魔力へと変換し自身の成長の糧とし、一定の大きさまで成長した後、自己の複製を作り分裂することで増殖を繰り返す。


 そう強力な魔物では無く、出現しても依頼を出すまでも無いケースが殆どだ。

特殊な変異などしていなければ、その体液も危険性は低く、核を剣で一突きでもすればすぐに溶けて崩れ落ちる。

集団で取り囲まれることでも無ければ、まず命を落とすことはないだろう。


 冒険者になる際に受けた講義の内容を思い返しながら、受付嬢に手続きを頼むと、快く応じられる。


「こちらの依頼は本日から受付を行っていますが、参加人数多数の為、依頼遂行不可となる場合もありますのでその点のみ気を付けてくださいね」


 簡単な注意を受け、依頼の受付が完了すると、エイスケはにこやかに笑う受付嬢に見送られギルドを後にした。

後方では、まだまだ騒ぎが収まりそうにはないようだった。

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