14.農夫の依頼と不穏な噂
「お、来てくれたか、冒険者さん」
のどかなフェロン郊外の農場の一画で出迎えたのは、
魔物へと変性した植物の駆除依頼を受けて
「これはまた……育ちましたね」
畑の一画に半ばから紫色に変化した植物が、長く伸びた触手を蠢かせている。
人の背丈ほどもありそうなそれは、近づくものがあれば触手で中央の溶解液で満たされた袋へと取り込んでくるらしい。
見回って見ると、三体程が農場内に出現していた。
周りの作物が枯れているので、近すぎると養分を奪い合ってどちらかが枯れてしまうのかも知れない。
「他の野菜も
農場主――確かサイ・ドーサンという名前だっただろうか。
彼は困り顔でこちらを伺って来る。
背も腰も低い、人の良さそうな老人だ。
それでも、この大きな農場をで何人もの人間を雇い、多くの人に働き口を与えている立派な経営者だ。
(俺も、この世界に最初から生まれていれば、この人のように真面目で堅実な仕事に就けていただろうか……)
少し羨ましく思うが、そんな絵空事を今更考えても仕方が無い。
無駄な考えを打ち捨てるように、エイスケは今ある目の前の仕事に専念しようと、うねる紫の植物へと視線を集中させた。
「魔法でも有れば便利なのですが、あいにくと俺は使えませんので……」
「そうかあ……うちのもんでも火を近づけて見たりしたんじゃが、生木だからか上手く燃えんみたいじゃ」
根元さえ断てば処理は容易なので、破壊力のある遠距離攻撃を行うのが一番効果があると思われるが、生憎とそんな攻撃方法はエイスケは持ち合わせてはいない。
「となると、薬だな……固形の除草剤はありますか?」
「おお、それならあるとも! じゃが、毒をわざわざ取り込もうとするかの?」
「見た感じ、自我がある訳では無さそうですし、大丈夫な気がしますよ」
半信半疑で倉庫に薬を取りに行った農場主を待つ間、エイスケはじっとその魔物を観察する。
不定形生物の様に揺らめくそれに意志の片鱗は見受けられない。
通常、植物や無機物でできた魔物などが意思を持って動くことは少ないとされている。
自我が無い為、あくまで彼らが行うのは魔力の摂取による成長と、害が有るものへの反射的な防衛行動だけだ。
なので、こちらから手出しをしなければ恐らく危険は無いだろう。
少し実験をしてみた。
一方は拾ったそのままの石、他方はそれに魔力を込めたものを同時に魔物の傍に放る。
すると、そのままの石は弾かれ、魔力を込めた方は触手によって体内に取り込まれた。
(思った通り、魔力に反応してるようだな。これなら……)
「冒険者の兄さん、持ってきただよ。でもこんなもんどうすんだべ?」
ドーサン氏が疑いの眼差しを向ける中、エイスケは、何本かある薬瓶を握り、なけなしの魔力を込める。
不思議な顔でそれを眺める農場主を余所に、それをエイスケは植物の魔物に向かって勢いよく放り投げた。
植物の中心部、花の
涼やかな、瓶の割れる音がした後、巨体が軟体動物の様に動き出すと徐々に色が変わっていく。
そうしてしばしの後、元の毒々しい紫色から枯草の様に変わり果てた魔物の姿がそこにはあった。
「おお……枯れちまっただ。しかし、おいら達が試した時はうまく行かなかったのに……」
「彼らは魔力を養分として成長するんでしょうね。そのおかげでうまく取り込んでくれました。後は掘り起こせればいいんですが」
「それなら任せとくれ、おいらの腕の見せ所だ。冒険者さんは他をやっちまってくれ」
農場には馬力のある動物もいるので、彼らの力を借りれば簡単に掘り起こせるだろう。
エイスケは首肯すると、他二体も同じ方法で退治した。
ささやかな魔力が役に立つこともあるものだ。
そうして作業がつつがなく終わり、目の前には枯れた植物の魔物で山ができていた。
「ふいぃ、終わったべな! こいつらはちゃんと燃やしておくから、心配ねえだよ……あんたちょっと顔色が悪いが、大丈夫か?」
農場主の心配にエイスケは手を振る。
三個の薬に少量の魔力を込めただけで疲労感が込み上げているのを、依頼人の手前、エイスケはどうにかして押し隠す。
「畑の方にも再生抑制剤を撒いておきましたし、復活することは無いと思いますが……また何かあるようならギルドまで連絡をして下さい。こういった魔物が出現するのは始めてですか?」
農場主は首を振る。
話によると、多くとも数年に一度位のようだ。
それが今回は一度に三体も出たために慌てて冒険者ギルドへ連絡を取ったのだという。
「魔物が豊作たぁ、笑えねぇ話だべ。色んな噂を聞くけども今年はそういうのが多いって聞くし、玄人に言うのもなんだが、あんた達も気を付けた方がええがね」
エイスケの出したスクロールに農場の主が手の平を近づけると、彼の魔力を読み取ったのか無事、依頼完了の手続きがなされた。
(あまり穏やかじゃない話だな……)
挨拶をして、その場を去ろうとする彼の目には、彼の
先日の出来事もあってか、何とも拭い難い不安と共に彼は、せめて雨からは逃れようと荷物から耐水皮革製の外套を引っ張りだし、それに体を包んだ。
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