13.救われない気持ち
――慌ただしく、フェロンに戻って来たエイスケ。
ゼンドールにロナを送り届けた後のことである。
結局、ロナの機嫌は翌朝になっても治らず、ろくに二人は口も利かぬまま、村からゼンドールへと黙々と歩いた。
街で彼女に戻るまでは勝手な行動を取らないよう釘を刺しておいたが、不満そうに口を尖らせながら彼女は「子供扱いしないで下さい!」
と肩を怒らせながら街中に消えてしまった。
彼女の身になることはエイスケはできないので、どの程度の思いであの言葉を発したのかはわからない。
だが会って日が浅い彼が首を突っ込んで良い問題ではないと思い、それ以上は考えるのを辞めた。
そうして戻って来た
「いらっしゃいませ……じゃなくて、おかえりなさい」
宿の主人が出払っているのか、受付に座るルピルが出迎えた。少しそわそわと落ち着かない様子だ。
彼女はリボンで緩く縛った赤毛を揺らしてこちらに駆け寄る。
「エイスケさん、あの子達、無事目を覚ましたよ。今もあなたの部屋にいて、お兄ちゃんの方はもう大丈夫そうだけど、妹の方は少し熱があるからそのまま休ませてるの。だから……」
「ちゃんと面倒を見てくれて助かったよ、またすぐに出るつもりだから図々しいけど、頼めるか?」
「うん、わかった。そうだ! 良かったら様子見がてら、お食事を持って行ってあげられるかな? 私今ちょっと受付を離れられないんだ」
困り顔の彼女にこちらが申し訳ない気持ちになる。
「むしろそれ位はさせてもらわないとな。食堂に行けばいいか?」
「ええ、厨房の中にお盆に乗せた分があるから、それを持って行ってあげて?」
「ああ、わかった」
よろしくねと、声を掛ける彼女を背にして、エイスケが食事を取りに行くと、配膳台には木の器に盛られたホワイトシチューが二人分、パンと共に用意されていた。
まだ温かかった為、そのままそれらを持ち、自室へと戻る。
ついいつもの癖で、合図もせず扉を開くと、寝台近くに座った少年が肩を
どうやら眠っている妹の額に乗せた手拭いを替えてやっていた様だ。
「……あんたかよ」
少年が強がりながらこちらを睨むのだが、尻尾がぶわっと膨らんでいるのは驚きかそれとも警戒心の表れか。
「食事を持って来た……ルピルに頼まれてな。妹の方は食べられるのか?」
その問いに少年は答えようとはせず、視線だけを突き刺すようにしてエイスケを見続ける。
少年は、唇をわななかせながら、絞り出すようにして言葉を吐いた。
「……あんたは、どうして、俺達を助けた。死にたいんだって言ったろ」
「それはお前の気持ちだろう。俺が従う義理は無いな。理由も特には無いし、お前たちに対価を要求するつもりもない。ま、食い扶持くらいは自分で何とかできるようにならなきゃ困るけどな」
エイスケは彼の問いを当然の様に鼻であしらう。
「なんだよそれ、俺達はもう、こんな苦しいとこで生きてくの御免だったんだよっ!なのにどうしてッ!」
「……お前はいいが、妹はどうなんだ。本当にそんなことを言ったのか?」
ぶつけどころのない怒りを露わにして言う少年に対して、彼はあくまで静かに問うた。
少年は俯き、床を踵で強く蹴りつける。
「……お兄ちゃん、どうかしたの?……何か嫌な事でもあったの?」
それを聞いてどうやら寝ていた妹が目を覚ましてしまったようだ。
少年は辛そうな瞳を彼女に向け、小さく毒づくと、扉を乱暴に開けて出て行った。
取り残されたエイスケは、盆を台の上に置き、少女に話しかけた。
「食事を持って来たが、食べられるのか?」
「……あなたは、お兄ちゃんと私を助けてくれた人、ですか?」
「ああ、そうだ。おっと、楽にしてていいぞ」
少し辛そうに身を起こそうとするのを制したが、彼女は起き上がって笑った。
「大丈夫です、少し熱があるだけですから」
「後々に響く無理はするなよ。今は体の回復を最優先にしろ。食べられるか?」
「はい、頂きます……」
少女の前に食事を持って行くと、ぎこちなくも手を動かして食べ始める。
そうして食べながら彼女はくすりと笑った。
「昨日は、お兄ちゃんがこうして手伝ってくれました。ルピルさんも……。家族が増えたみたいでなんだか嬉しい」
そんなことをいいながら半分程口に入れた時点で、彼女は腹を撫でた。
「ごめんなさい、これで一杯です。とても美味しかった」
食器をエイスケが下げてやると、彼女は礼を言い、また横になる。
「お兄ちゃん、出て行っちゃいましたけど、またすぐ戻って来てくれると思います」
彼女は思い出を懐かしむように目を細めている。
目を閉じてはいたが、やり取りは聞こえていたのかも知れない。
「いつでも、私がわがまま言って喧嘩した時も、調子が悪くて寝込んだ時も、戻って来て優しく頭を撫でてくれたから、きっと今度も……」
「そうだな……兄貴っていうのはそういうもんだもんな。それじゃ、俺は行くから、体が良くなるまでゆっくり休むといい」
獣人の少年も、辛くてもずっと自分より弱い妹を必死で護り続けて来たのだ。
だからこそ自分から死を選ぶことができず、苦しみ喘いでいた。
少女にしてもこの細く小さい体で、理不尽に苦しめられながら生きていくことで精いっぱいだっただろう。
今こうやって、ささやかな幸せを噛み締めている少女を見て、ここでの生活が彼らにとって束の間でも休息になることを願いながら、エイスケは安らかな寝息を立て始めた彼女を起こさないようにそっと部屋を出た。
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