11.古代の碑石と妙な声

 どのような技術、はたまた魔法でもって加工したのか、その碑石は綺麗な長方形を描き、断面はなめらかな鏡面を晒している。

空の色よりは少し暗い青。

周りの風景を映す程に磨かれたその石は陽光を浴びて輝きを放っていた。


(これが、古代人の作った碑石か……)


 彼がそっと手を伸ばすと、石に触れようとする間近で透明の壁のようなものにはばまれてしまった。


「触ることはできませんよ。魔法による防御が為されていますので」


 少し離れた場所から声がかかる。

サウル氏の家から去った後、村に戻り目的地としている碑石まで歩いて来た為、疲れたのか、ロナは近くの木にもたれかかり休んでいた。


 回復したのか彼女は彼の傍によると、碑石の根元にある台座の中心に設置してある丸い水晶のような物体を指差す。 


「これ以上古代の遺産を損なわないように、周辺の空間ごと凍結されています。

収納箱に使われている技術の応用ですね……台座にはまった丸い石が見えますか?」

「ああ、これで制御しているのか?」

「その通りです。定期的に解除して魔力を込めることで、長期に渡り私達は古の遺物を管理しています」


 ロナは懐から銀色の円盤――中心部に書物の彫刻をあしらった物を取り出すと、台座の付近に近づけ、解除と一言告げた。


 見た目には何も起こった様子はない。

だが彼女の手は壁など無かったかのように目の前の空間を通り抜け、台座部分の宝石に触れる。


「では、しばらく私は魔力の補充作業に移りますので、周りを見張っていてもらえますか?」

「……わかった」


 周囲を見回した後、ロナが目をつむり集中し始めた為、エイスケは適度に警戒しながらも、碑石の様子を観察する。

刻まれた言葉は古代のものなのか、内容は読み取れない。


 ふと、思いだして先程貰った短剣を抜いて見るが、剣に刻まれた文字に残念ながら共通点は見つけられなかった。


 受けた光を消すかのように加工された、柄元の丸い宝玉に見入っていると、ふと葉のこすれる音をがして、エイスケはそちらへと振り返る。


 木に隠れるようにしてそこに居たのは一頭の大きな獣だ。

鹿のような外見を覆う黒い剛毛。

頭部の二本角は魔力によってか紫色の輝きを放っている。


(魔物!? また面倒な時に!)


 村落の周辺では国軍及びギルドで定期的に掃討が行われており、人里に程近いこの辺りでの遭遇は無いと踏んでいたのだ。

見通しが甘かったことを痛感する。

すぐさま彼はロナの肩を叩いて作業を辞めさせようとした。


「ロナ、一旦作業を止めろ!」

「へ、何ですか!? ふわわっ!」


 ロナは目を瞬かせてエイスケの指差したほうを見ると、驚いて尻餅を付いた。

今の所、見えるのは一匹だけだが、風格を感じさせるそのたたずまいは並の魔物では無いことを感じさせる。

何より、静かにこちらを見据えるその瞳が恐ろしい。


「一旦作業を止めてくれ。あれと戦うのは避けたい」

「それが……ま、魔力の充填が終わるまでは再度魔法を起動できないので、こ、このままここを離れる事はできません」

「何でだよ! 石碑だか何だか知らないが、ほっときゃ良いだろう!」


 焦りながら作業を続ける彼女の言葉にエイスケは背筋を凍らせた。


「そ、そうも行きません! もしこの碑石が破壊でもされてしまったら、この辺りの大地から発せられる魔力が制御できなくなって、どんなことになるか……あのセリンボ村や、サウルお婆さんも危険なんですよ!」


 汗がじわりと手の平を濡らすのを感じながら、エイスケは短剣を握り締める。

相変わらずその場から静かにこちらを観察する魔物を、エイスケは刺激しないように動きを止めた。


 張り詰めた思考の中、魔物と彼の視線が交わされる。

考えを読み取れない瞳は、無機質に輝きこちらを視線に捉えたままだ。


 凍り付いたような時を送る中、感覚が研ぎ澄まされ、不安定なものが形となりエイスケの脳内を震わせた。


(……制■……■構へノ■■ヲ……確■……。…■■ヲ……■続……)

(……音? いや、言葉のような……)

「エイスケさん……?」


 何かを感じとろうとするように耳を押さえたり叩いたりする彼を見上げるロナ。


(■■零九■■証標■ノ……■■ヲ■……。……ト■■。■視……■)


 大半が不明瞭ではあるが、所々に聞き覚えのある単語の断片を感じて、それを聞き取ろうとエイスケは耳を澄ました。

だが唐突にそれは終了し、何も聞こえなくなる。


 魔物が顔を背けた。そのまま巨体を揺すると、森の奥に消えて行く。


「行っちゃった……? た、助かったんですね私達! よ、良かったぁ……」


 安堵に胸を撫で下ろす彼女にエイスケは問う。


「ああ……。なあ、今あんた何か聞こえてなかったか? 人の声みたいなのが」

「え? いえ……何も。枝が風で揺れてる音とかじゃなくてですか? 特に何も聞こえませんでしたけど……ん~?」


 だが不審がる様子は無く、気のせいや幻聴であったことも否定はできず彼は首を振った。


「いや……それならいい。とっとと作業を済ませて離れよう。仲間を呼びに行った可能性もある」


 考えても無駄なことを考えても、どうにもならない。

相も変わらず静けさを保つ森の中、頭の隅で漂う懐かしいような奇妙な感覚。


 例えようの無い気分の悪さを彼は、歯噛みすることで何とかやり過ごした。

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