7.旅は道連れというもので(2)

「エイスケさ~ん! こっちですよ。おはようございますっ!」


 宿の簡素なラウンジ兼食堂が宿泊客で賑わう中、その一画に席を取り笑顔で手を振るのは昨日出会ったばかりの学士の少女だ。ロナ・ポーネリカと名乗った、橙色の髪を首元で切り揃えた少女は、若草色の丸い瞳を細め柔らかく微笑むと、元気に挨拶をした。


「ああ、おはよう。その様子だと、よく眠れたみたいだな」

「ええ、おかげさまで……エイスケさんはお疲れの様子ですけど、大丈夫ですか?」

「こっちの都合だ、気にするな」


 まさか本人の前で、予期せぬ同行者が増えたため精神的疲労を感じているとは言えず、エイスケは何でもないと首を振った。給仕が簡単な朝食を運んで来るのにロナは目を輝かせると、簡単な祈りを捧げ、食事を始める。


「本当にいいお宿に泊まれて良かったです。ガルピエロさんに感謝しないと……」

「ああ、残念だがおっさんは本当に翌朝飯も食わずに出て行ったみたいだ。礼を言い損ねたな」


 翌朝彼の部屋を訪ねたが、人が出てくる気配は無く、受付に尋ねると朝早くに荷物をまとめて発っていったらしい。


「そうですか……気の良い人でしたので、また会えるといいですけど。北に行くって言ってましたよね?」

「国境で戦いが起こるかも知れないと噂しているのを俺もギルドで聞いた。巻き込まれて怪我でもしなきゃいいけどな」


 エイスケの言葉に、ロナは心配そうな顔をする。


「旅慣れているとはいえ、お一人ですしね。何事も起こらなければ良いんですが……」

「ま、あのおっさんのことだ。案外うまく立ち回って大儲けしてくるんじゃないか? それに、あの逃げ足を見たろう。心配ないさ」


 魔法をロナが放とうとした時の事だ。大口を開けた商人の男は、負傷した冒険者の両足を掴んで鼠の様に俊敏に馬車の影に避難していた。そんな様を思い出したのか、ロナは不安そうな顔を止めてくすくすと笑う。


「ふふふっ、きっとそうですね。また会えますよね」

「そうそう、おっさんの心配をしてないで、俺達は自分の仕事をしないとな。まずはお互いの予定をすり合わせておこう」

「は、はいっ!急いで食べますね」


 途端に慌ただしく手と口を動かしだす少女だが、小さい口で品よく食べるので中々量は減っていかない。


「いやいや、食べながらでもいいから。先にこちらの予定を話しておく。俺は元々セリンボ村に配達依頼をこなす為に来ているから、優先してまずはそちらを片付けさせてもらいたい。余計な荷物は下ろしておきたいんでな」

「ええ、それは構わないのですが……その後で良いので他にいくつか、ゼンドール周辺に回りたい所がありまして。同行をお願いできませんか?」


 彼女は背筋をしっかりと伸ばしてエイスケの顔を見る。何やら神妙な様子だ。


「本来なら、学士の仲間と合流してから巡るつもりだったのですが、同行者がいてくれれば作業自体は私でも進められるので、ある程度終わらせておきたいんです」


 また随分と頼られたものだが、彼にも冒険者としての仕事がある。獣人の双子の様子も気にはなるし、あまり長くフェロンから離れるわけにもいかない。


「……そうは言うが、俺も他に抱えている依頼があってな。無理に進めずとも、合流した後で改めて向かった方がいいと思うぞ? 気心が知れている同士で行動した方が、疲労も少なくて済むしな」

「それはわかります……けど、それじゃ駄目なんです」


 それとなくエイスケは、断わる方向に話を持って行こうと試みたが、何か理由があるのか彼女は引こうとしない。口ごもる彼女の言葉を少し待つと、手を膝の上で握ってゆっくりと語りだした。


「どうしても安心させたい人が居るんです。同じ学士で私の姉替わりみたいな人なんですけど、忙しいのに何かにつけて私の面倒ばかり見てくれて。私ももう子供じゃありませんし、いつまでも甘えているわけには行きませんから……今度の依頼で一人でできることは、ちゃんとやろうって決めてたんです」


 俯いた少女は頼りなく目を伏せる。


「……でも、昨日の事で思ったよりも外の世界が危ないのがわかって、私怖くなりました。私自身の事もそうですけど、今まで安心して送り出してたその人も、何かあったら帰らないかも知れない。そんな風に考えたら……うまく言えませんけど、私もっと強くなりたくて。ただ護られるんじゃなくて、大事な人と一緒に頑張っていきたいって、そう思いました」


 彼女はぎゅっと目をつぶった後、黙って聞くエイスケに向けて深く頭を下げた。


「お願いします……私は自信を付けたいんです。大事な人の隣にちゃんと居れるように。だから一つ一つ自分でこなしていきたいんです」


 そのまま頭を彼女がなかなか上げようとしないので、エイスケは口をへの字に曲げると、彼女の額を指で突いた。


「あうっ!? 何でっ」

「あんまり軽率に頭を下げるな。そういう所が舐められるんだ。あんたは依頼主、俺は雇われる側なんだから、もっと堂々としてりゃいいんだ。そうじゃないと話を進める気にもならない」

「それじゃあ……!?」


 日に照らしたように顔を明るくする少女に、エイスケは仏頂面をして答えた。


「詳しい話は聞く。それからでいいな?」

「は、はいっ! 有難うございますっ!」


 彼女は自分の頭を小突いた手を強く握ると上下に勢いよく振った……食器が甲高い音を立てるのも気にせず嬉しそうに。


 早とちりするなというエイスケの制止も届かず、彼は止む無く手刀を振り上げ、眉間を打たれたロナの情けない悲鳴が響いた。

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