8.学士は魔法談議がお好き

「――ですから、私達は魔法がこれまでの人類の発展と、どう関係して来たかを古代の資料から読み解くことで、次の世代の発展に貢献するような偉大な発見を求めて日夜研究を続けて……」


 明るく青い空の下、指を振り振り、橙色の髪の少女が長広舌ちょうこうぜつを披露する。

それはどこかの年経た教授を真似ての事なのか、ご丁寧なことに腰に手を当てて体を傾けてることまでしていて余程熱が入っているのがわかる。


「私達がこれから行う史跡の保全作業と言うのはですね、とても崇高でかつ、重要な……エイスケさん、聞いてるんですか!?」

「はいはい、聞いてる聞いてる」 


 生返事を返していると、彼女は振り返り不機嫌な声を出す。

ロナと再び合流し、セリンボ村へ向かう道中のことである。

彼女の魔法談議に付き合わされながらゆっくりと二人は街道を進んでいる。 


 聞きなれないような言葉も多く、柔らかく差す日差しにのどかな街道も相まって、彼が眠気に誘われているのに気づいたのかロナは袖を引っ張ってとがめて来た。


「ちょっと、エイスケさん本当にちゃんと聞いてます? 人が大事な話をしてるのに舟を漕ぐなんて失礼ですよ!? ああ、現代魔法の歴史はとても刺激的で浪漫に満ち溢れているのに、何故多くの人にはこの大切さが伝わらないのでしょうか……」


 ロナは天を仰いで呆れてしまった。


「単に、金にならないからじゃないか? それに魔法なんて使えない人間の方が多いだろう。大半の人間にとって、魔法なんて便利な道具でしか無いんだよ」


 この世界で魔法を使える人間の割合は概ね一割からニ割程度だと聞く。魔法道具を使う場合は別として、一般の人間にはそもそも魔法に触れる機会自体が少ないのだ。


 エイスケも元の世界で大量の工業製品に囲まれ便利な生活を送っておきながら、その仕組みに関しては大して興味を抱かなかったのと同じような感覚なのかもしれない。


「学士の館だって、大半が魔法を使える人間ばかり集まってるんだろう?一般人とは感覚がズレてるんじゃないか?」

「むむ、痛い所を突きますね……」


 言葉とは裏腹に彼女はそんなに気にはしていないようだった。同じようなことを言われ慣れているのかも知れない。


「一般人にそれを理解しろっていうのは難しいぞ。魔法を使えない人間は魔法使いに対して少なからず劣等感があるだろうし、反発心も強いはずだ。だから、魔法を扱う人間がちゃんと理解していればそれでいいじゃないか」

「……それはそうかもしれませんね……はぁ、現代魔法史の普及にはまだまだ時間がかかりそうですね」


 そんなに同好の士を増やしたいのだろうか……それとも、これも一応組織員としての広報活動の一環なのだろうか。


「語り合う仲間が欲しいのなら……何だったか、他の組織の人間とかもいるんだろう? 魔術師ギルドとか、国立の研究所とか」

「専門が違いますもの。リシテル国立魔導研究所はともかく、アレザールド魔術士ギルドは魔術でいかに効率よく外敵を排除するかに重きを置いています。野蛮ですよ!」


 どうやら各組織の間にも思想の違いなどで対立があるようだ。

個人的な恨みでもあるのか熱くその辺りの黒い噂を語りだすロナをなだめつつ先に進もうとすると、ふと彼女は街道脇に目を向け、草むらを覗き込んだ。


「どうしたんだ?」


 視線の先には、指先ほどの紫色をした花が、風に揺れている。


「リコリアという花ですね……こんなところに咲いてるとは。少し貰って行こうっと」


 彼女はその植物を丁寧に何束か抜くと、紙に包んで鞄に入れた。


「何に使うんだ?」

「抽出液を調合すれば毒消しになるんですよ」

「へぇ……良く知ってたな」

「薬学もまた、魔法と関係性の深いものでありますから多少の心得位は」


 荒事には向いていないが、色々な知識も持っているし体力もあるようだ。意外と野外調査には向いているのかも知れない。


「あまり深い茂みには入るなよ、何がいるかわからんからな」

「わかってますよ」


 彼女は嬉しそうにこちらに戻って来る。


「知識は身を助けます。自然は私達に色々なものを分け与えてくれますから。学びは大事ですよ」

「それはわかってるよ。俺たち冒険者でも、魔物の生態なんかに詳しかったりするしな」


 冒険者ギルドの方でも、定期的に講習会は行われており、参加するものは多い。

ほんの一つの知識が生死を分かつこともある。生き延びたければ運などに頼ってはいられないのだ。


「それなら良い本が有りますよ、お貸ししましょうか」


 彼女は鞄を漁ると、中から一冊の本を取りだす。

リシテル国魔物分布総覧という古そうなハードカバーの書籍をこちらに渡そうとする。


「い、今はいい。というかそんな重たそうな本をいつも持ち歩いているのか?」

「実はこれ、収納箱インベントリなんです。秘密ですよ?」


 彼女は指を口元に立ててそう言った。

容量は少ないが、本棚一台位の物品が入るようになっているらしい。


「なるほどな、学士って言うのは儲かるのか?」


 エイスケの下世話な質問に、眉根を寄せるロナ。


「そういう配慮に欠けたことを言わないで欲しいですね、我々の本分は知識の探求であって、それによって得られる金銭はいわば二の次で……」

「否定はしないんだな」

「……まあ、リシテル国と教会の双方から援助金を頂いていますので……で、でも入るのにはそれはそれは大変な努力が必要になるんですよ!」


 わたわたと言い募るのを制して、エイスケは謝った。


「いや、すまん。非難してるわけじゃなくて普通に感心しただけだ……でもそういうことはあまり周囲に口外すべきことじゃ無いな……例えば俺が」


 エイスケは短剣を彼女の首に突きつけ睨みつけた。もちろん鞘から抜いてはいないが。


「その鞄をよこせ、死にたくないならな……とまあこう来たらどうする?」


 彼がそれをぐっと押し出し、鞘が彼女の首に触れるか触れないかというところで、両手を上げて固まっていたロナは、尻餅を付き座り込んだ。


「……冗談だ。ほら、手を出せ」

「き、急に止めて下さいよぉ……」


 涙目になったまま抗議する彼女の手を引っ張ってを起こしてやりながらエイスケは言う。


「趣味の悪い真似をして済まなかった……だが、もう少しあんたは人に警戒心をもって接した方がいい」

「……肝に銘じておきます」

「人に簡単に気を許すなよ。笑顔で近づく悪人なんてその辺にいくらでも居るんだからな。そんなことではいつまで経っても独り立ちできないぞ」


 警戒して少し距離を取るようになったのを見てエイスケはいい薬だと思った。

人の悪意に慣れていない人間が渡り歩くには、この世界は危険すぎる。


「余程信頼のおける者以外懐に入れないのと、背中も見せるな……こんな世界なんだから、自衛の手段位は考えておけよ。何よりあんた、強そうには見えないからな。真っ先に狙われるぞ」

「うぅ……」


 口数の少なくなった彼らの前の視界は徐々に開け、家屋や畑などが増えて来る。

村はもう真近に迫っていた。

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