4.街に見捨てられた兄妹(2)
「おかえりなさい……ってどうしたの!? その二人」
脇に担ぐ二人を見てあんぐりと口を開けるルピルに、気まずそうに視線を落とすエイスケ。
「ぶっ倒れてたので仕方なく拾ったんだ。冷えるようになって来たからな」
「だ、大丈夫なの!?」
走り寄った彼女は、彼らの痩せた頬を突く。反応は無いが、暖かい体温と息があることを確認できたのか、ひとまず安心して息をついた。
「ええと、どうしてあげたらいいのかな……お医者さんでも読んだ方が良い?」
「いや、多分疲労か貧血か何かで気を失ってるだけだ……済まないが、納屋でもどこでもいいから、こいつらを泊めてやってくれないか。金は払っていくから」
「それは構わないけど……お父さぁん、いいよね?」
ルピルが宿の主人で父親であるタルカン氏に確認を取ると、軽く眉根を寄せたが、仕方無さそうに頷く。
「……妙な真似をしたら叩きだすが構わんだろうな」
「ええ、ありがとうございます」
眼光の鋭さに威圧されながらタルカン氏に感謝を告げ、ルピルに当面の宿賃を渡すと、少し汚れているからと言って彼らの身づくろいをしてくれた。湯屋で体を流した彼らを宿の一室に運び込み、寝台に寝かせる。
「この子達、親御さんは……?」
「わからない……亡くなったのかも知れないな」
「そう……生きていて、探しに来てくれるといいんだけど」
彼女は悲しそうな顔をして二人を順番に撫でた。
子供をこんな状態で放って置くような親など、生きていてもろくなものでは無いと思うが、そんな親でも居た方がいいのだろうか……少なくとも、こちらにくるまでは何の不自由もなく生活していたエイスケには良く分からなかった。
少女の方は熱が少し高いので心配ではあるが、呼吸は乱れていない。おそらくしっかり休んで栄養を取れば回復するはずだ。
熱がある少女に濡れた手拭を乗せながら、彼女はぼうっと二人の姿を見ている。彼女にも母が居ない為、何か感じるものがあるのだろう……二人の安らかとは言い難い寝顔を見ながら、沈んだ顔で彼女は話す。
「きっととても辛い思いをしたんだろうね……私にはお父さんがいてくれたから、気持ちはわかって上げられないけど……」
「そうだな……」
「エイスケさんは、親御さんは元気なの?」
「どうだろうな、長い間会ってないんだ。遠いところにいるからな」
「どんな家族だった?」
「いや、普通の一般的な家庭さ。厳しい親もいたし、生意気で泣き虫な弟もいた。何年も会ってないから流石にでかくなっただろうが、少しは強くなってるかな……」
「……ふふっ、いいなぁ」
エイスケは自分が異世界人であることを周りには口外しないようにしているので、当たり障りのないことしか言えないが、それでも彼女は笑ってくれた。
家族の事は今はまだはっきりと思いだせるが、記憶は次第に薄れていきつつある。仲がそれ程良いわけでは無かったが、もう会えないとなると寂しさを感じるのは妙なものだ。
感傷に浸っていた彼を余所に難しい顔をしながら唸っていた彼女は、意を決して拳を握り締めた。
「よし、決めた! 私兄弟がいなかったからずっと欲しかったんだ。この子達うちの子に貰っちゃおうと思うの。 ねえ、いいかな!? どう思う?」
頬を紅潮させてこちらを覗きこむルピルに、連れて来たのは自分にもかかわらず閉口してしまう。少しは人となりを判断してからの方が良いとは思うが……。
それに加え彼らの意思もあるが、一番の難題はタルカンが首を縦に振るかどうかだ。宿の経営状態もさることながら、あの厳めしい店主が子供達の世話をする姿をエイスケは頭に浮かべることが出来なかった。
「親父さんは良い顔をしなさそうだけどな」
「そんなことないよ、お父さんはああ見えてとても優しいんだから。もしこの子達がそう望んでくれたらきっと邪険にはしないよ」
彼女は満面の笑みを咲かせると、頬をぴしゃりと叩いて気合を入れ直す。
「よぉし! 私お父さんにお願いしてみよっと! うん、この子達はしばらく私達が見ててあげるから、エイスケさんはお仕事に戻りなよ!」
「いいのか?」
「どうせしばらくは起きないと思うし、それにエイスケさんが働けなくて宿屋の支払いが
強引に背を押されて部屋を出たエイスケは、受付に座っている主人に再度頭を下げる。
「世話になります……この借りは必ず」
「その場凌ぎの同情では、人は救えんぞ……分かっているのか?」
「ちょっと、お父さん……そんな風に言わなくたって」
エイスケは彼女の反論を手で制して、タルカンに向き直る。
彼の言う通りだという事はエイスケも十分理解している。自身の生活すら先行きが怪しいのに、この上、子供二人を養うなど馬鹿げた話だ。だとしても、エイスケは手を差し伸べたことを後悔はしていない。
「……分かってます。でも、目の前で倒れた子供を放っておくなんて、ごめんなんですよ」
エイスケは、彼の目をしっかり見返して答えた……結局の所、これは自分勝手な青臭い意地でしか無いのかもしれないが、そうしなければ気が済まなかったのだから仕方が無い。
「ふん……それでよく冒険者などやっていられるものだ。もしそれが自分の命と引き換えだと言われたならお前は一体どうする。その時までに他を切り捨てることを覚えなければ、お前自身が身を滅ぼすことになるんだ。悪いことは言わん……もっと利に聡くなれ」
「それができるのなら悩む事は有りませんが……俺は不器用ですから、できるできないで簡単に切り分けられませんよ。自分が納得できないことをするつもりもありません」
頑なに自分の意思を曲げようとしないエイスケに、わからずやの子供を諭す様な、厳しくもわずかに暖かな視線は諦めたように閉じられた。
「ふん、そこまで言うなら、宿には置いてやる……だが奴らの一切の責任はお前が持て。俺達に面倒ごとを押し付けるんじゃないぞ」
「お父さん!? べ、別にいいじゃない! うちで住み込みで働かせてあげてよ、そうすれば私達も助かるじゃない!」
「そんなことはできん。助け合うばかりでは人は成長しないんだ。あの子供らがどのような境遇を辿って来たかは知らんが、本人の努力も見ずに手を差し伸べることをすれば、互いの為にならん」
「どうしてあんな小さな子供達にそんな厳しいことを言うの!?」
「他人の子供だからな。どうしてもと言うならばお前は勝手にするがいい」
「うーっ、勝手にするもん! 私があの子達を立派な宿の
(意外だな、父親に頭が上がらないのかと思ったが……)
真っ赤になったルピルと折れるつもりのないタルカン。口論は長く続きそうで、彼は棒立ちになったエイスケを追い払うように手を振った。
「話は終わりだ。お前があいつらの宿賃を持つつもりなら、とっとと仕事にでも行ってこい」
この分なら強引に少年達を追い出すような真似はしないだろう。すっかり
背後では珍しく一方的に言い募るルピルの声が響いていた。
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