4.街に見捨てられた兄妹(1)

 フェロンの街の南北を縦断する中央通り……その最北端、街と外の境界線の壁の前に並ぶ、色とりどりの馬車。その中から目的地へと向かう便を見つけ、エイスケは御者に話しかけた。


 どうやら出発までは少し時間がかかるらしく、手持無沙汰な彼は、貰ったサンドイッチをつまみながら待とうと道端の縁石に腰掛ける。背にした配達依頼の荷物を地面に置き、流れる綿菓子のような雲を見上げながら、野菜や塩漬け肉がふんだんに使われているサンドイッチに舌鼓したづつみを打つ。


(美味いな……うん)


 この世界に来て数年……元の世界では何不自由なく食べることができていた毎日の食事がいかに有難いものであったのかを思い知ることが多くなった。単純に娯楽と言えるようなものが少ない為、食事の時間はエイスケにとっては一日で唯一の楽しみであると言えるかもしれない。


 噛み締めるように味わって食べていると、背後で茂みが微かな音を立てた。街中で魔物でもあるまいと、そう思いながらすぐ動けるように片膝を立てて横目で見る。


 そこには子供が二人、食い入るようにこちらを見つめていた。服装に関して人のことは言えないが、彼らはそれに輪をかけて汚れている。痩せこけてやつれ、目つきの鋭さは危うさを感じさせる程だ。


 気づかないふりをして食事を続けていると、彼らはやがて意を決し、茂みから飛び出してこちらへ殴り掛かって来た。


(ッ……面倒な!)


 少年が手にしていた棒が、手元目掛けて打ち付けられる。それをエイスケは皮のグローブで受け止めて弾き飛ばすと、地面に転がる棒に気を取られる少年を強引に引き倒し地面に組み伏せた。


 食事が足りていないのか、枯れ枝のように折れそうな細い体……そして、薄茶けた三角に尖った耳と尻尾は、獣人の証だ。


 リシテル国では少なくとも、獣人に対しての差別がある時期は通り過ぎたようで、今ではフェロンの街でも普通に生活しているのを度々見かける。だが、人々の意識はそう簡単には変わらないもので、年月が経った今でも地方ではそういった古い因習が残っている地域もあるようだし、見た目というのはとかく印象を左右しやすいから、彼らもいわれのない嫌がらせを受けることも多いのかも知れない。


 少なくとも、この少年達が真っ当な生活を送れているようにはエイスケには見えなかった。


「どういうつもりだ、お前ら」

「くそっ、ちくしょう、離しやがれ!!」


 足元でじたばたと暴れる少年を体重をかけて抑え込みながら、もう一人を睨みつける。隠れていた片割れの少女は身を竦ませ、半泣きになりながらも素手でこちらに向かってきた。


「うえぇぇ、お兄ちゃんを離して!!」


 小さい拳でこちらの背中を叩きつける少女の力は弱く、頼りない。それでも兄妹の片割れを取り戻そうと、必死にしがみついてくる。


「ミィアっ!? 隠れてろっていったろ! お前だけでも逃げろっ! ちくしょう、どけよこのおッ!」

「やだぁ……お兄ちゃんを離せ!」


 威勢よく言う少年だが、目に光は無く、しばらく暴れると力尽きて抵抗を辞めてしまった。少女も赤い顔をして、熱でもあるのかふらつき、座り込んで泣き出してしまう。


 食うに困って人から食べ物をかすめ取ろうとする者も街では珍しくない。仕事にありつけないものも大勢いて、その全てを救済できる程この国の制度は整えられていないのだ。各街を取り仕切る貴族などで、下々の生活を気に掛けるものは多くは無く……役場などに訴え出てもつまみ出されるのが落ちである。そうして困窮した者の中には、育てきれない子供達を残して逃げるものも、命を絶つものもいる。


 彼らの様な浮浪児は、そうして街に見捨てられながらも必死に生にしがみ付く。失敗すればロクな目には合わないと分かっていて、それでも飢えからは逃れられず、犯罪に手を染めるようになってゆくのだ。


 体中に傷の跡があるのは、盗みなどで罰を受けたのか、それとも虐待でもされているのか……知ってどうなることでもなく、エイスケは渋い顔で舌打ちした。


(本当にろくでもない世界だよ……クソったれ……!)


 この場を逃れても、生き繋ぐ為にまた彼らは同じことを繰り返さなければならない。そうやって心のうちに刻み込まれていく泥のような闇は、彼らの人生を鎖の様に重く縛っていく。


 暗い未来を悟ってしまったかのような、感情を奥底に沈ませた瞳をして少年は言った。


「……もう、いいや……もう、疲れたんだ。なああんた、俺達を殺してくれよ、楽になりたいんだ。そうすれば母さんに会える。こっちにいたって誰も俺達のことを人として見ちゃくれないんだ」

「……何を言ってやがる」

「どうせ、生きてたって辛いだけじゃんか……なんで俺達……こんな風に生まれて来たんだ……」


 少年は、そのまま目を閉じると、力尽きたように気を失ってしまった。後ろで軽いものが倒れる音がして振り向くと、少女の方も横倒しになって倒れている。栄養不足と興奮で貧血でも起こしたのか、浅い息を繰り返し汗を滲ませていて苦しそうだ。


「おい……どうしろってんだ、なあ……」


 この世界にもこんな浮浪児はごまんといるのだろう。騒ぎが起こっても周囲の人間は、特に助けようともせず精々チラリと目を向ける位のものだ。皆、自らの事で手が一杯なのだろう。


 まだ本格的な冬の到来に時間があるとはいえ、辺りは肌寒い中、少年達はぼろい薄着をまとうだけで、このまま放置しては本当に命を関わりかねない。エイスケは頭を抱えたが、仕方なくその二人を担いで宿へと戻って行く。その背中を木枯らしが追いかけるように冷たくでていった。

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