2.冒険者なんてろくでもない

 リシテルという国の、ほぼ中心に栄える大きな街、フェロン。


 冒険者ギルドの本部が置かれている為、その数はどこよりも多く、物々しい雰囲気ながら活気は他の都市とは比べ物にならない。


 そんな国有数の大都市も、夜明け前では流石に人もまばらだ。静かな街並を眺めながら、そんな中を男は今日もギルドへ向かっていた。


 この冴えないなりをした男。名を相川瑛介というのだが、今はエイスケ・アイカワと苗字では無く名前を先にして名乗るようになって久しい。簡素なシャツの上にチュニックを被ったような、物語の登場人物のよう衣装と外套も数年たつと体に馴染むようになった。


 彼の行き先は、街の中央通りにある見上げる程の大きな建物。剣と魔法を意匠化した大きな看板が目印となっている。


 冒険者ギルド総本部。


各地に散らばる冒険者達の管理組織を統括している、広大な敷地に構えられた、貴族の屋敷とも見紛うくらい立派な建築物。


 しかし驚くべきことに、その巨大な建物でも集まった冒険者の全ては収納しきれていない。冒険者達の人数が年々増える内にこうなってしまった。朝早くから長蛇の列が出来るのは、誰もが我先に、割の良い依頼にありつこうと必死であるからだ。


 ギルドの門をくぐり、他にならって依頼受付の列に並ぶと、周りからは様々な噂が耳に飛び込んで来る。


「国境では戦争の準備で薬の値段が上がってるらしいぜ……」

「最近、街中で《フォールン》って賊が徒党を組んで暴れてるらしいよ……おっかないねぇ」

「中央通りの《とんがり帽子亭》にすげえ可愛い娘が入ったんだってさ、仕事が終わったら一杯やりに行こうぜ……」

「北の山から最近またワイバーンが降りて来てるらしい、しばらくあの辺りには出向かない方がいいかもな……」


 色々と真偽のほどは定かでは無い噂を参考程度に頭に入れながら列の待ち時間を潰す。


 そしてようやく前がけ、薄暗かった窓辺に光も差し出して来る頃に受付に案内される。そこではいつものように元気のよい受付嬢が、満面の笑みで挨拶を行っていた。


「おはようございまぁす!」


 仕立ての良いギルドの制服をきっちりと着こなし、結った髪を揺らして微笑むその姿はいつでも生気に満ち溢れている。


 ちなみにフェロン冒険者ギルドの受付は上、中級の冒険者と下級の冒険者とで分かれている。圧倒的に下級冒険者の数が多い為、上、中級冒険者から苦情が発生したためだ。


 無理も無いだろう……魔物の討伐など危険な依頼をこなし、精神と肉体を疲弊させて帰還した冒険者が、農作業の手伝いや郵便配達などの雑事の報告のせいで延々と列に並ばされ、待たされるのは堪ったものではあるまい。


 そんなわけで、下級冒険者担当の受付だけが、いつも混雑しているのだった。そして、下級冒険者受付は依頼の数が多く、経験を積ませるためか年齢の若い者が担当していることが多い。手早さと正確さ、体力、度胸と求められるものは多い大変な仕事だが、ギルド自体が国営の組織なだけあって、無事務めあげる事が出来れば明るい将来が約束されている。


 自分とは真反対だと愚痴に似た考えをよぎらせつつ、エイスケは前に出た。


「どうも……エイスケ・アイカワ第八等級下級冒険者です」


 元気のよい受付嬢に覇気のない挨拶を返しながら、銀色の小さい指輪をつけた手の平を台の上に半分埋まった水晶にかざした。すると、水晶がぼんやりと青く光る。


「はぁい、認証完了です。本日は依頼の受託ですか?」


 頷くと、受付嬢は薄い透明な材質でできた板を渡して来た。表面に記されるのはいくつもの依頼とその詳細で、それらを描くのは染料液インクでは無く光の文字だ。


 水晶や板に映る謎の光……。この世界では先程の個人認証や板へ依頼の反映等、様々な場面で活用され生活の利便性を高めている驚くべき技術が存在する。


 それは……《魔法》、もしくは《魔導》と呼ばれるものの存在だ。


 元の世界よりはやや低い生活水準ではあるが、確かにその技術はこの世界に生きる人々の暮らし全ておいて多大な貢献をしているようだった。


 それもその源となる力――魔力が認識されてからの話らしく……この得体の知れない力を認識し把握する過程において人類は多々ある生態系の頂点に立ち、その文明は爆発的発展を遂げるに至ったと、どうやらそういうことらしい。


 書物で読んだそんな知識を思い返しながら、エイスケはいくつか依頼を選択しようと指でなぞる。すると文字がほのかに明滅し、はっきりと色が変わる。


「受注希望の確認ですが、セリンボ村への配達依頼、魔物化した植物の伐採作業、黄鋼の採取の以上三件でよろしいですか?」


 今回も選ぶのは比較的難易度の低いものばかり。唯一危険があるとすれば魔物へと変異した植物についてのもの位だろう。


「ええ、それでお願いします」

「では、手続しますね」


 受付嬢が選択した依頼に、職員用の黄色い印章の付いた指輪を近づけると〈受託完了〉と光の文字が表示される。


「これで受付は終了しました、では依頼の達成報告をお待ちしておりますので、お気をつけて」


 微笑んだ受付嬢に頭を下げ、エイスケは受付から離れた。手続きが終わった今も、後ろにはまだまだ長い列が続いている。


 そのまま疲れを見せずに荒くれ達を捌いて行く彼女に心中で応援を送った後、確認の為にエイスケはギルド内部の色々なコーナーへ順番に目を通していく。


 一番近くにあったパーティー募集の掲示板では、一組の年若い男女が、意見を交わしていた。


「ほら、このベテランの人達の所に入れて貰おうよ。冒険者歴十二年で、メンバーは全員中級以上だって。安全だし、色々教えてもらえるよきっと」

「俺は嫌だね。そんなの体のいい雑用係としてこき使われるだけさ。どうせなら初心者同士で組んで楽しくやりたいじゃん……」


 楽しそうに議論する二人の姿に、少し羨ましさを感じつつ、どうせ依頼ですぐ汚れるのだから新しい服は着ない方がに良いぞと、心の中でアドバイスをしてそのまま通り過ぎる。


 エイスケはパーティー募集を見ない。

 

 何故なら、既に仲間を募る気も無いからだ。というのも、この世界に来てからろくな目に遭わなかったせいで、人が傍にいるとどうも落ち着かなくなってしまったのだ。


 魔法技術が発展した世界で、彼のようなそれに慣れていなかった被召喚者達は、魔法を扱う犯罪者にとっては格好の獲物であり、偽装した商品を売りつけられたり、映した自分の姿を悪用されたり、色々な手口で悪事に巻き込まれることになる。


 この世界に慣れるまでは、常に身辺に気を払いながら過ごさなければならなかった。それが高じて他人を信用できなくなった為、たとえ冒険者ギルドを通した正式なパーティーの募集であっても、挑戦してみようという気にはついぞなれなかったのだ。


 だが、それは置いておくとしても他にもギルドには重要な情報源はいくつもある。その中で彼が重きを置いているのは、危険な魔物の生息地や目撃情報だ。 


 とはいえ、フェロンの街近郊に命を脅かすような強力な魔物が出ているという報告は殆ど見たことは無い。それにはきちんとした理由がある。大都市近郊には、軍隊の駐屯地なども多い為、定期的に魔物の討伐が行われているからだ。


 しかしそれが国中の村落にまで行き届くことは流石にない。その為、冒険者ギルドに舞い込む緊急的な討伐依頼は後を絶たず、もし並の冒険者では太刀打ちできない危険な魔物が出現すると注意喚起の為、触れ書きがギルドはもちろん酒場や街中など至る所に掲示されることになる。


 それが依頼先と重なると、仕事に支障をきたしかねないので、冒険者達は皆特に気を払って確認しているのだ。


「ワイバーン……やっぱり出てるんだ」

「おいおい! 依頼先じゃねえか、期限間に合うのかよぉ ……」


 頭を抱える冒険者達の人混みをかき分けるように掲示板の前に寄る。そこにはワイバーンの出現地域と各自警戒を怠らないように注意喚起する内容の書簡が貼り付けられており、国軍からの中級以上の冒険者へ協力要請の文章も添えられていた。


 余談ではあるが、リシテル国の冒険者は三段階の階級と、それを更に三つに割った等級で分けられている。上級が一~三等級、中級が四~六等級、下級が七から九等級に別れており、最初は全員下級の九等級からのスタートとなる。


 エイスケを例にすると、彼は下級冒険者であり、下級の九、八、七の三つの等級の内真ん中の八等級である為、先程受付嬢に名乗ったように細かく言えば〈第八等級下級冒険者〉となる。

ただ、一般の人々に対して呼称する場合は上下の級だけで済ますのが普通だ。


 そして彼らは依頼の達成で昇級点を稼ぎ上の等級に順次昇格してゆくのだが、それだけでは今より上の級に上がることはできない。つまり、等級は仕事をこなせば上がっていくが、上下の級に関しては昇級するのに試験を受け、それに足る器であることを示さなければならない。


 それもあってか、想像以上に中級以上の冒険者の数は少なく、街に住んでいても見かけるのは稀な程だ。


 では聞くこともなくどうやって別に各冒険者の階級を判別しているか……それは彼らが付けている《冒険者章》の色に秘密がある。


 エイスケの指にも嵌まっている、銀色の小さな指輪。

そこに付いた石の色は下級から順に、緑、青、赤と色分けされており、見ることで実力をある程度判別できるようになっているのだ。


 さて、この冒険者という仕事なのだが、実際はほぼ何でも屋と変わらない。殆どの冒険者が行うのは人手の足らない仕事の補助や、一般人でも相手できるような魔物の駆除がせいぜいである。依頼の報酬も日雇いの労働者とさして変わらず、よほど夢のある仕事とは言い難い。


 お伽話に描かれる大冒険や一攫千金とは縁がない地味な仕事の数々。当然、討伐した魔物が直接金銭を落とすなどということは無く、狩猟と同様に毛皮や肉などを素材や食料として利用する位がせいぜい。強力な魔物であれば、それも多少の希少価値が付くであろうが、対価の天秤の片方に乗るのが自らの命だとすると、釣り合うはずがない。

 

 ただ夢も希望も無いが、何の技術が無くとも食いつなぐことは出来る。それだけがほぼ全ての下級冒険者がこの仕事を続ける理由だった。何の能力も持たない人間にとって、こんな世界で生きていくことは想像以上に難しいものなのだ。


 他にも噂話を拾いながら、エイスケはギルドを回って行く。その最中にちらりと見た、板に貼られた賞金首の手配書。顔だけ見て覚える位が関の山の、その中の一枚を彼は強い視線で見つめた。


 そこには彼と同じような黒頭黒目の少年の似姿が描かれている。彼はそれがまだ取り外されていないことを安堵した後、浮かぶ後悔に手を握りしめ、そこから背を向ける。


 相談窓口やギルド提携の商店、喫茶スペースなどをすり抜け外に出ると、眩しい日光が突き刺さった。一通り見て回る内に外はもう明るく、行きかう人々の活気ある姿が賑わいを見せている。


 彼は街の広場の一画の木製の長椅子に腰掛け、白い一巻きの布を鞄から取り出した。


 ――《スクロール》。ギルド謹製きんせいの冒険者章と対になっている、魔力を通す事で使用できる魔法の巻物。驚くのは効率化に効率化を重ねた故の魔力消費量の少なさだろう。


 一般人が持ちうる程度の微弱な魔力ですら起動することができるこの魔法道具が無ければ、全ての依頼の遂行に多かれ少なかれ影響が生じることだろう。


 無地のその布へ左手の人差し指の指輪をかざし、依頼表示と唱える。すると、ギルド受付にあった透明の板と同様に、光の文字で依頼の詳細が描かれた。



//【セリンボ村への配達】 期限 3日

ジョーヌ雑貨店より指定の物品を預かり、セリンボ村のサウル・ドミナ氏へ配達する

報酬 30C//


//【変異した植物の駆除】 期限 5日

サイ・ドーサン氏の畑周辺にて魔物化した植物の駆除

※伐採後、依頼主から渡された再生抑制剤を必ず撒いておくこと

報酬 一体に付き5C//


//【黄鋼の採取】 期限 無

ドリヌイ鉱山現地にて、黄鋼の採掘及び納品

※道具貸与有、ごく低級の魔物の出現有 自身で対処されたし

報酬 10C~(採掘量による)//



(一度準備で宿に戻らないとな……)


 億劫おっくうな顔でエイスケはため息を吐く。将来の展望も無く、所詮はその日暮らし。

体が潰れればそれでおしまいだかといって、他の仕事に就こうにも、技術を習得する為に必要な時間を捻出できるだけの金など、どこにもない。


 頭上を見上げると空は元の世界と同じに、ひたすら青く広がっており、彼は胸中を襲う郷愁に耐えて目を瞑る。


(もう帰れないのか、向こうに……。生きてるだけマシなのか?)


 答えるもののいない問いを宙に吐き出しても、彼の気分は曇るばかりで、少しも軽くなってはくれなかった。

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