吐露

  

 


 手紙を受け取った2人は無言のままそれに書かれた言葉を受け止めている。


 俺が書いたわけではないが、内容は把握しているのでこの後の婆さまの反応はおおよそ判断できる。だけど、シェケルがどういう反応をするかがわからないんだよな。


 まあ、今までの反応からして悪い結果になるとは思えないが、不安になる。


 ぶっちゃけ、あの手紙の内容って、婆さまたち宛のものは遺書と感謝の言葉で、シェケル宛の方はラブレターみたいな内容なんだよな。

 本人が読み返したら顔から火が吹き出しそうなほどの内容なんだが、死ぬのがわかっていたから書ける内容だぞ。

 あれは絶対素面じゃ書けん。


 婆さまたち宛の方も、かなりしっかり丁寧に書かれている。もとは農村の生まれの聖女があそこまで丁寧に書けるって、相当頑張ったんだろうなぁと思う。社会経験のある前世の俺だってあそこまではきっちり書くことはできない。

 まあ、俺の場合は単に苦手だったというのもあるが、この世界って遺体の遺棄方法とかちらっと見た街並みからして、そんなに発展していなさそうなんだよな。


 元居た世界だって昔は農村で生まれた子供は学なんてなかったのだ。この世界だってそう変わらないはず。

 元農村の出身だった聖女があれだけの言葉遣いを学ぶのにどれだけ努力したのか推し量れる。


「少し席を外します」


 手紙を読み終えたのか、婆さまがそう言って奥に引っ込んでいった。手紙を置いてくるのだろうが、まあ深くは探らない方がいいな。


 シェケルはまだ手紙に視線を落としたままだ。文量的にはそれほど変わらなかったはず、というよりもしっかり書く時間がなかったから内容はそこまで多くはない。

 だからもう読み終わっていてもおかしくないんだが、いろいろ気持ちの整理をする必要もあるしな。せっついたりするつもりはない。シェケルが自ら動くまで俺は待つつもりだ。


 

 しばらく静かな時間が流れていたが、ようやくシェケルに動きが見えた。


 シェケルは読んでいた手紙を丁寧に畳み、元入っていた封筒にしまった。そして、区切りをつけるように大きく息をいた。


「聖女様は本当に……」


 シェケルはそこまで言った後、その時のことを思い出しているのか言葉を詰まらせた。


「このようなものを書くくらいだったら逃げ出してくれた方が――」

「シェケル、それ本気で言っているならぶん殴るけど?」


 俺の返しに少し驚いたように身を開いたのち、シェケルは空笑いをしながら視線を下に逸らした。たぶん聖女を視界に入れたくないのだろう。


 気持ちはわかるが、あの時そんなことを言える状況じゃなかったことはシェケルだってわかっているはずだ。


 教会というのはその土地を収めている領主の許可を得て建てられている。だからその領主が不許可とすれば教会を建てることはできない。

 普通であれば後から不許可にすることはないのだが、ここの元領主はそれを質にし、聖女を殺したわけだ。


 だから、あの場で聖女が逃げ出した場合、この教会はよくて取り壊し。最悪の場合、ここに住んでいるものたちを勝手に教会を建て不法に占拠したとして、領主につかまっていた可能性がある。

 

 本来ならそんなことはできないはずだが、聖女を無理やり手に入れようとしたごみくずのことだ。やらないとは言えない。

 そんなシスターたちを捕まえた後、どうするのかなんて想像に難しくない。

 教会に住んでいるシスターたちの多くは孤児みなしごだ。まれに貴族の出のシスターもいるらしいが、ここに居るシスターは皆、婆さまが拾い育ててきた女の子たちなのだ。

 そんな立場の子たちがいい様に扱われるわけがない。


 暗にそれを盾に取られた状況で逃げ出すという選択ができたのなら、あれほど慕われるような聖女にはなれていないだろう。


「わかってはいます。それができなかったことも、聖女様の性格であれば真っ先に自分を犠牲にするのも…だけど……」


 シェケルもわかってはいるのだ。だが、それ以上に聖女に死んでほしくなかった、それだけなんだろう。

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