婆さま

  

 シェケルが礼拝堂から教会の裏、居住スペースへ入って行ってしばらく。


「――――ですか」

「――ぶです」


 どうやらシェケルが戻って来たらしい。

 それと同時にシェケルが呼んで来ると言っていた人物がシェケルに話しかける声色から少し歳を取った女性であることがわかった。


 若い人より物怖じしないだろうし、多少安心はできるな。まあ、中には歳を重ねても何の変化もない駄目なやつもいるけどな。


「お待たせしました。聖、あ、えぇと……」


 シェケルが俺の事を呼ぼうとして声と止め、何故か身体を硬直させた。


 シュケルの動きが止まっているのは、俺を聖女と呼び間違えかけたことに対する罪悪感か、それとも元聖女に対しての罪悪感だろうか。

 後者の方が可能性は高いかな。


 そう言えばどう呼んでもらうかも決めていないんだよな。

 そもそも俺がここに転生? してからまだ数時間しか経っていないし、こいつの名前を知ったのも聖女の記憶を読んだからだ。名乗るタイミングがなかったってのもあるが、俺の元の名前も教えていない。

 今はこの体に入っているから、元の名前を名乗っていいのかわからないけど。


「シェケル、邪魔ですよ。ここの入り口は少し狭いのですから少し先に進んでください」

「あ、ごめんなさい」


 シェケルはそういってこちら側に進んで来た。


 今シェケルが居た場所にある扉は、頻繁に人が通ることを想定していないのか幅の狭い構造になっている。おそらく教会と住居部分を明確に分けるためにそうしているのだろうが、人1人がようやく通れるような幅なので、シェケルの後をついて来ていた人物はその後ろで立ち往生していたようだ。


「ここで立ち止まるようなことはしないように、と前にも言いましたよね?」

「う、ごめんなさい」


 怒鳴るような声ではなく優しいながらもしっかりと嗜めるトーンでシュケルを叱る声が聞こえてくる。

 前にも、と言うことは結構な頻度でシュケルはあそこで立ち止まることが多いのか。


 そして、謝りながらこちらに来るシェケルの後ろから現れたのは、修道服を着た少し歳をとった女性だった。


 いくら住み込みでここにいるからといって、四六時中修道服を着ているなんてことはないだろうから、今の時間に修道服を着ているのはここに来る前に着替えてきた感じか。声の質である程度歳をとっていたことはわかっていたが、見た感じ40代か、いっていたとしても50くらいだろう。


 この女性も聖女の記憶の中に存在していた人物だ。しかし、残念ながら名前まではわからない。どうやらあの樹に触れて得られた記憶は、聖女にとって重要というか大切に思っていた部分が強く影響しているようだ。そのため、この人物については名前ではなく、婆さまという普段呼んでいた呼称しかわかっていない。

 まあ、この聖女は結構ガサツ系みたいだから、純粋に覚えていなかった可能性もあるんだが。


「あら」


 その婆さまが俺の姿を見てうっすらとではあるが驚きの表情を見せる。


 死んだはずの聖女が居るのだから驚くのは無理はないが、思いの外リアクションが小さい。これが年の功という奴なのだろうか。


「あらあら、本当に聖女様のお身体が。……でも、中に入っている方は違うみたい」

「え?」


 初対面にもかかわらず中に入っているの人が違うと言われ、俺は驚きで声が漏れる。

 一瞬、シェケルが先に話ているのかと思ったが、婆さまの後ろで驚きの表情を見せているのでそうではないようだ。


「わかるのですか!?」

「えぇ。先ほどあなたから伝えられた時はあまり理解できませんでしたが、見れば確かに」

「うっ」


 どうやら話は先に聞いていたらしいがシェケルの説明が下手だったようだな。

 まあ、聖女が生き返ったけど、中身が他の人になっていてしかもデュラハンになっているとか、相手が理解できるように説明するのは難題だろうから仕方ないかもしれないが。


「詳しいお話を聞きたいところですが、お召し物があの時のまま、というのはよろしくないですね。先にお着替えをしてから改めてお話をお聞きしたいのですが、よろしいですか?」

「え、ああ」


 俺が着ている服を見たからだろうが、婆さまは結構強引に話を進めて来る。ただ、元よりそうして欲しかったから断る理由もない。俺は戸惑いながらもその申し出を受け入れた。




―――――

聖女は婆さまの名前を忘れていた訳ではありませんが、普段から婆様呼びしかしていなかったため、その記憶だけが残った感じです。

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