心は体で出来ているのか、それとも体が心で出来ているのか

 

 樹に手を触れた瞬間、動きを止めた俺のことを心配してか、青年が改めて動き出した俺に声を掛けて来た。

 時間としてはそれほど経っていなかったと思うのだが、もしかすると結構な時間が経っているのかもしれない。


 樹から視線を外し、首が外れないように体ごと青年の方へ振り向く。

 そこには心配そうな表情をしてこちらを見上げている青年が。それを見たことで心臓が跳ねたような感覚を覚えた。


 この体の心臓は既に動きを止めているのでそんな感覚を覚えることはおかしいのだが、これも今見た光景の影響だろうか。それとも……


「あの?」

「あ、ああ。すまん。大丈夫だ。問題はないぞ」


 咄嗟にそう言葉で繕う。いや、あの樹に関して問題ないのは事実ではあるが、この小さな青年 ――先ほど見た聖女の記憶によればシェケルと言う名前―― については問題と言うか色々複雑な状況である。

 ああ、それとこの聖女の名前はルカと言うらしい。だから何だって話だが。


 ああ、これはやっぱりあれだな。

 今、樹に触れたことで見た記憶の所為でかなり聖女の意識に俺の思考とかいろんなものが引っ張られているようだ。こう思えるという事は完全に乗っ取られている訳ではないが、逆に言えばそれだけ聖女と俺の思考が混同しているという事でもあるんだよな。


 おそらく俺寄りの感覚で落ち着くとは思うんだが、当分は思考が安定しなさそうで不安だ。特に今は結構思考と言うか気持ちが聖女寄りだからな。


 そんなことを考えながら樹を取り囲んでいる柵の中から出る。うーぬ、やっぱり引っかかるな。

 とりあえず、何もないように繕いながらシェケルの前に立つ。


「ならよかったです。それで、あの樹に触れて何かありましたか?」

「あぁ、まあいろいろわかった感じだな」


 目の前に居るお前との関係性も含めて色々とな。それに意識が戻る直前にあったことも話さないといけないよな。


「いろいろ……ですか?」

「ああ、いろいろだ。まあここで話せる内容ではないからさっきいた場所に戻らないか?」


 用も済んだし、ずっとここで話をするのはリスクが高い。

 ただでさえここでは聖女は有名人らしいからちょっとでも見られるのは拙いし、死んだはずの人間が動いているのも見られるのは相当ヤバイよな。


「そうですね。何時までもここに居ると他の人に見つかってしまうかもしれません」

「ああ、そうだな」


 そう言って俺達は広場を離れ、教会へ戻ることにした。





「あ、入口のところは気を付けてください。段差がありますので」

「え、あ」


 広場から教会に戻り、教会の入り口を過ぎ礼拝堂の中に入ろうとしたところでシェケルにそう注意された。しかし、それを言うタイミングが少し遅かった。


 首が上手く動かせないこと、胸が邪魔で足元が見えにくいこと、ここまでそれほど段差があるような場所が無く警戒を怠っていたことなどが相まって、俺は外と教会の建物の境目にある少しの段差に足を取られ目の前にいる、今俺に注意するためにこちらに振り向いた姿勢のシェケルに向かって倒れ込んだ。


「あ? うわぁあ!?」

「うおぉおっ!?」


 さすがにこいつを下敷きにするのは拙いと、咄嗟にシェケルを抱きしめ俺の体が下に入り込むように体を捻る。それと同時に頭が首から離れ視界がジェットコースターのように拘束で移動しているが、今は受け身を取るのが優先だ。それに今はシェケルが居るし、自力で首が見つけられなくても問題はないからな。


 ようやく転がっていた頭の動きが止まり、視界の揺れが収まる。おっと、今回も体が見える範囲に頭がある、と言うか、顔の正面に体が倒れている感じだな。


「うぅうん? あれ?」


 シェケルが両腕を突いて倒れた体を起こす。それを俺はじっと何も言わず眺めている。


「なんか柔らか……い」


 シェケルが起き上がるために付いた手を少し動かした。そしてどこに手を突いているのかを理解した瞬間、一気にシェケルの顔が赤くなった。


「スケベ」

「ごごごごごめんなさいぃいいぃぃ!?」


 まあ、触っていたのは胸なわけで、これがちゃんとしたラッキースケベってやつだよな。


 俺が声を掛けると同時にシェケルは謝罪を叫びながらも俺の体の上から即座に退いた。年上らしいけど、成人している男の反応じゃないな。

 やっぱ中身も見た目相応の男の子って感じなんだろうな。



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