アンドロイドに直観を与えてみたら

青キング(Aoking)

アンドロイドに直観を与えてみたら

 とある山間の奥地に鋸屋根の小さな工場が建っていた。

 博士からの通達を受けて、太い針金を幾本も組み合わせて人間の形にしたアンドロイドを、工場長の大貫は倉庫から外の作業場へ引っ張り出している最中だった。


「大貫さーん」


 えっちらおっちら人力でアンドロイドを移動させている大貫の後方から、若手工夫の柴田が走り寄りながら叫んだ。

 大貫は振り返る。


「なんだぁ?」

「博士がまもなく到着するそうです」

「何、博士が。いつごろになりそうだ?」

「おそらく五分後ぐらいにはここに来られるかと。シラミィちゃんの用意はできましたか?」


 シラミィとは大貫が移動させているアンドロイドの名前である。

 柴田もシラミィの製作に関わっており、彼は主に感情を付与させる工程を担っていた。


「シラミィちゃんは丁度移動中だ。こいつは確か人間でいうと女の子なのだろ。なぜこんなに重いんだ」


 大貫はシラミィを貶すようにして不平を垂れる。

 工場長のセリフに、柴田がムッと顔をしかめた。


「大貫さん、シラミィちゃん相手に重いはないでしょう。僕がきちんとした女の子の感情を吹き込んだからシラミィちゃん傷ついてますよ」

「アンドロイドに感情もクソもあるか。ほら、アンドロイドを庇っている余裕があるなら運ぶの手伝ってくれ」

「ちぇ、大貫さんはすぐそうやってシラミィちゃんの心を蔑ろにする。起動させた後、シラミィちゃんに襲われても知りませんよ」

「襲われる訳ないだろ。こいつの身体を作ったのは俺だぞ」

「そうもそうですね。仕方ない、僕も手伝いますよ」


 しぶしぶといった風情で柴田もシラミィの運搬に手を貸した。

 大貫と柴田が外の作業台へシラミィの移動が完了させると、野太いエンジン音を轟かせて工場の敷地にアメリカの進駐軍が使っていたような幌車が滑り込んできた。

 幌車が二人の前で停まると高い位置の運転席のドアがいきなり開いた。

 しかし、運転席からは誰も降りてこない。


「あれ、誰もいない」


 予想とは違う運転席の様子に、柴田が目を見開いて驚く。


「どうせ。博士の例の悪い癖が始まったんだろ」


 大貫は落ち着いている。


「なんです、例の悪い癖って?」

「お前は今回が博士に会うのが初めてだから知らないのか」

「ええ」

「博士といえば俺たちの気づかぬところから幽霊のように現れるんだ」

「例えば、どこです?」

「そうだな。その下とか」


 質問に答えて、大貫が指さす。

 そこは下水管のしまってある鉄蓋だ。


「こんなところからですか!」

「一回目の時はそうだった」

「二回目は?」

「そうだな。たしか、真上から俺の頭に落ちてきたよ」


 そう言って、大貫は両側に迫った山の間から覗く抜けたような青空を指さした。

 柴田は空を見上げて仰天する。

「ええっ、空からですか。まさか博士は鳥人間か何かですか」

「バカ言え、鳥人間が博士でたまるものか。高速パラシュートとかいう発明品で滑空してきたんだよ」

「ああ、なるほど。って高速パラシュートってなんですか?」

「それは俺も知らん。とにかくとっても速いパラシュートだ。詳しいことは博士が来てから訊くといい」

「そうします」


 と、言っている傍から、ドーンと左の山の方から砲弾の射出される音が響いた。

 何事かと音のした山の方を振り返る二人の目に、自分たちの方へ黒い何かが近づいてきていることが確認できた。


「なんですかね、あの空を飛んでいる黒くて丸いものは?」

「あれはおそらく砲弾だな。それも実際に戦争で使われた大砲から出たものだろう」

「どうしてそんな砲弾がこっちの方に?」

「わからん、がとりあえず屋内に逃げるか」

「……そうですね」


 砲弾の正体はつかめなかった二人だが、ここは生命を優先して工場の中へ避難することにした。

 二人が歩き出すと砲弾は急に加速して、歩いて退避する二人にグングンと接近していく。

 砲弾の風切り音を聞いた柴田が顔を後方へ向けると、斜め上からホームベースからマウンドぐらいの距離ぐらいにまで砲弾が迫ってきていた。


「うわぁあああ」

「どうした柴、うぉぉぉぉぉぉ」


 驚愕に叫んでいる間にも砲弾は距離を縮め、二人の目の前の地面に着弾した。

 地面に触れた瞬間に砲弾は爆裂し、人間をなぎ倒さんばかりの颶風が二人に吹き付けた。

 抵抗する暇もなく爆風に飛ばされた二人は、地面をゴロゴロと転がり工場の鉄壁に腹やら背中やらをぶつけて、身体のそこらじゅうを痛めつつ止まった。

 爆風がおさまると、大貫が痛みに呻きながら膝に手をついて立ち上がる。


「いくら何でも限度があるだろ」

「いたた、大貫さん何の事ですか?」


 柴田も呻きながら立ち上がって尋ねる。

 その時、砲弾の落ちた位置から老木のような一本の腕がにょきりと生え出た。


「ギャー、お化けの腕だー」


 あり得ぬところから生え出た人間の腕を見て、柴田が恐怖をきたして声を上げる。


「そんなわけあるか。あの腕は博士の腕だ」

「え、なんだって?」


 大貫の言葉に柴田は地面から生え出た腕を凝視する。

 すると、柴田の視線に反応したかのように腕がもぞもぞと動き、親指を立ててサムズアップした。


「あ、あれはどういう?」

「御明察、ってとこだろう。さっきの砲弾の正体は博士だったんだ」

「砲弾が博士?」

「フォフォ、さすが大貫君。その通りだよ」


 腕から突然音を出したかと思ったら、腕はドリルのように回りながら地面に埋まっている人間の身体を天日の下に晒した。

 地面から出てきた人間は泥まみれの白衣を手で払ってから、申し訳程度に襟を正して二人に相対した。

 博士は短躯を伸ばすようにして周囲を見回す。


「さて、わしの可愛いシラミィちゃんはどこかな?」

「博士。アンドロイドならそこに、ってあれ?」


 大貫が博士の問いに答えようとシラミィを置いた作業台を指さすが、そこにはシラミィどころか蚤一匹すらいなかった。


「シラミィちゃんならあそこに」

 首を捻りながら辺りを見渡す大貫に、柴田が歩み寄って建物の陰からブルブル震えながらこちらを窺うシラミィを指で示した。


「あんなところにいたのか」

「おおー、わしのシラミィちゅわん。怖くないからこっちにおいで」


 博士が手招きすると、シラミィはフルフルと首を横に振る。


「どうやら、こっちに来たくないみたいですね」

「はあ、気まぐれなアンドロイドだな」

「何故じゃ。わしに怖い所などないはずじゃが?」


 シラミィに怖がられる理由がわからない博士は、腕を組み首をかしげた。


「……感情を吹き込んだせいですかね」


 柴田がぽつりと呟いた。

 博士は考えるように顎に手を添える。


「感情をな。今のシラミィが抱いている感情は恐れかね?」

「おそらく、そうですね。既存のアンドロイド感情アルゴリズムに直観を付け加え

たので、もしかしたらその直観が作用してるのかもしれません」

「ちょっかん、とはどういう字を書くのかね?」

「直に観る方です。推理なしで物事の本質をとらえるとか、そういう意味の方です」

「まあ。博士は実際に恐ろしい人間だしな。あいつの直観は的を射てるな」


 大貫がからかうように言った。

 自身を貶す発言に、博士が顰め面になって大貫を睨む。


「わしが悪人だと言うのか大貫君。わしは世界平和のためにしか発明機会を作りはしない全き善人だぞ」

「何が世界平和だ。俺たちを砲弾で吹き飛ばしておいて。あんたが何も作らないことが一番の世界平和だ」


 もはや大貫は博士という敬称をつけるのをやめて遠慮なくこき下ろした。

 刹那、建物の陰から覗いていたシラミィが駆動音を鳴らして柴田へ近づき始めた。


「ん、なんだろう?」


 罵り合いを始めた大貫と博士には一顧だにせず、柴田は視線を段々と距離を詰めてくるシラミィに向けた。

 シラミィと視線が合った時、柴田は直感した。

 このアンドロイド、今から何かしでかすぞ。と。


「ん、おーシラミィちゅわんが助太刀にしてくれた」


 博士はつかみ合いにまで発展した大貫とのいがみ合いの途中に、シラミィが近づいてきていることに気が付き、俄かに歓喜する。

 シラミィの突然の動きに大貫も博士の白衣の襟をつかむ手の力を緩めた。


「なんだ。アンドロイドが何かを始めそうな気配だぞ」

「うむ。ようやくわしへの認識が正常に戻ったらしい。どうやらわしと大貫君は今からシラミィちゅわんから敬愛の言葉をもらうみたいじゃよ」

「敬愛の言葉? 何故です?」

「ほれ、わしは考案者。大貫君は製作者じゃろ。ようするにシラミィちゅわん生みの親じゃからな」

「なるほど。それならば敬愛を素直に受けるしかありませんな」


 二人は話し合い、挙句はあははははと愉快気でほんわかな笑い声を揃って出した。

 ただ一人、柴田だけはシラミィの直観に基づいた行動に不安を覚え、心配そうに様子を眺めている。

 シラミィが大貫と博士の前まで来て前進をやめた。


「ははは、今から敬愛を受けるのか」

「ははは、そうじゃよ。アンドロイドの権威であるわしが言うんだから間違いないわい。敬愛を受けたら、今度はナデナデしてもらおうかのう」

「いいですね。俺も最近腰が弱りましてな。マッサージでもしてもらおう」


 完全にシラミィから慕われていると思っている大貫と博士は、甘美な妄想へ話題

を膨らませる。


「直観アルゴリズムによりお二人の評価を下します」


 シラミィから機械音声が流れる。


「どれどれ、好感度100かな?」

「アンドロイドも悪くないですなぁ」


 大貫と博士は惚気たように緩んだ表情でシラミィに自ら近づく。


「私の直観で悪人とわかりましたので、排除アルゴリズムを起動します」

「排除とは。大貫君、シラミィちゅわんは何を言ってるんだろうね?」

「さあ、俺は専門家じゃないですから。むしろ博士の専門でしょ?」

「そうじゃった。たしか排除アルゴリズムは……」


 記憶にあるアンドロイドのアルゴリズムの内容を思い返した瞬間、博士の顔が真っ青になった。

 シラミィの胴体にある噴射孔が開き、原子力の光が発射へ向けて収斂し始めた。

 

 ――この後、大貫と博士の身に何が起きたのか。それは読者の想像にお任せする。

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