第4話 魔法を使ってみた

 ここはファンタジーならではの魔法が使える世界だ。


 本を印刷する時も活版印刷ではなく、原稿用紙を魔法でスキャンして紙にコピーするというやり方で版を重ねていく。前世の複合プリンタのようなものだ。紙も技術革新ならぬ魔法革新があったみたいで、安価な紙を大量生産する方法が確立されたらしい。


 紙が安くなれば本が安くなる。ちょっと前までは贅沢品だった本も、今では庶民でも簡単に手に出来る値段まで下がったそうだ。街中では新聞も売られるようになった。さすがに宅配はまだのようだが。 


 私の書いた本は庶民と貴族両方の間で話題となり、有難いことに飛ぶように売れた。庶民の間では、健気なヒロインが悪役令嬢の虐めに負けず、優しい王子様と手に手を取り合って悪役令嬢を懲らしめ、最後は王子様と結ばれるという王道物のストーリーが人気だそうな。きっとヒロインの身の上に自分を重ねているんだろう。


 逆に貴族の間では、公衆の面前で断罪された悪役令嬢が反撃に出て、ヒロインを自称する悪女に翻弄されたおバカな王子とその取り巻きを「ざまぁ」するストーリーが人気だとか。こちらは普段威張りクサっている王族を痛い目に合わすというのが痛快なんだろう。対照的で面白いと思った。


 私の両親は娘がベストセラー作家になったことに大喜びで「天才だ」「才媛だ」としきりに囃し立てたが、貴族の令嬢が仕事をしていることを知られるのは外聞があまりよろしくない。ましてや公爵令嬢たる者ともなれば尚更だろう。


 という訳で、私が書いていることは知っているのは、私の家族と出版社の極一部の人間に限られることになった。私も「カチューシャ」というペンネームで書いている。これは前世の記憶から引っ張り出した、エカテリーナの本来の愛称である。余談だが母親の名前はカトリーヌという。これはエカテリーナのフランス語読みだったりする。


 著作権と版権は全て父親に譲った。公爵家に役立てて欲しいと言ったら今度は「聖女だ」と持ち上げられた。さすがに面映ゆいから止めて欲しい。単に管理が面倒だから押し付けただけなのに。


 その代わり淑女教育に充てる時間を減らして欲しいと父親にお願いしてみた。このエカテリーナの体には、既にマナーやダンスなど淑女の嗜みが染み付いているので、引きニートの私でも何とか様になるのだ。浮いた時間をせっかくだから魔法の訓練に充てたいと思った。二つ返事でOKしてくれた。



◇◇◇



 私には土魔法の特性があるらしい。指導してくれる先生曰く「魔法はイメージすることが大事」とのことなので早速イメージしてみた。


 まずは土を耕すイメージ。これは分かりやすかった。すぐにマスターした。次に土でゴーレムを作ってそれを操るイメージ。これは難しかった。それでも繰り返す内、なんとなくコツが掴めてきた。まだ拙いながらもゴーレムを操れるようになった。これは漫画やゲームなどでゴーレムを見てきたから出来たことだと思う。


 最後に物質の変換。土を石に、石を土に変えるイメージ。これは一番難しかった。何度やっても上手くいかない。先生曰く「イメージする力が足りない」とのことだが、そりゃそうだろう。今まで見たことも聞いたことも無いんだから。


 先生が帰った後もしばらく自主練していた時、ふと玄関前の馬車止めに使われる石畳が目に入った。実は私、石畳が苦手だった。馬車がガタガタ揺れて酔いそうになるし、時々車輪が跳ね上がってビックリするし、なんで前世みたいなアスファルトに出来ないんだろう? ってずっと思ってた。そう思いながら何の気無しに石畳に触れた時だった。


 突然、石畳がアスファルトみたいに変化した。


 マジ? 本当にアスファルト? 触ってみると感触は前世のアスファルトに近かった。これいいんじゃない? 面白くなった私は、馬車止めの石畳を全てアスファルト擬きに変化させた。


 すると父親が慌てた様子で飛んで来た。マズい! やり過ぎたか!? 怒られる!? だが父親は怒るどころか「これは凄い!」と興奮して叫んだ。どういうことかと聞くと「これは間違いなく画期的な発明になる!」とのこと。


 更に「これを特許取って売り出そう!」と言い出した。余りにも急な展開に私が言葉を失っていると「名前はリーナ材にしよう!」とか言い出したので慌てて止めた。


 売り出すのはいいとして、自分の名前を特定されそうなネーミングは困る。父親は不満そうだったが、私が折れなかったので、結局は父親の名前を取って「イアン材」とすることに落ち着いた。


 後にこのイアン材が我が家に莫大な富を齎すことになり、父親の中で私は「聖女」から「女神」に昇格した。

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