第9話 ネズミ取り
すっかりノリノリのアイシャとトリシャに圧倒されながらも、ベルナンドとジルベルトには確認せずにいられないことがある。
「お、お待ち下さい! 我が家はキスリング伯爵家の寄子でございます! そんな家に生まれた我々が、寄親であるお嬢様方のお相手になるなんて恐れ多いことです! きっと伯爵様もお許しにならないことでしょう!」
「あら? お父様なら大丈夫よ。脅迫...じゃなかった、説得なら任せておいて頂戴!」
なにやら不穏な言葉が聞こえた気がしたが、敢えて聞かなかったことにする。
「か、仮にそうなったとしましても、我が家の方が恐れ多くてお断りすると思います!」
「ふむ...確かにそうかも知れないわね。分かったわ、トーレス家にはお父様から伝えて貰いましょう。寄親から直接頼まれたら嫌とは言わないでしょうから」
どんどん逃げ道を塞がれる。ベルナンドは頭を抱えた。ジルベルトはというと蚊の鳴くような声で、
「あ、あの...僕達はこんな容姿です...それだけでもお嬢様方に相応しくないと思います...」
「黒い髪に黒い瞳だから?」
「は、はい。昔から不吉な色だと言われて...」
「初めて会った時、私達はそんなの気にしないって言ったわよね? 不吉どころか黒曜石みたいでキレイだとも。忘れちゃった?」
「い、いえ、ハッキリ覚えています...」
この国で黒髪に黒目は悪魔の象徴だとして忌み嫌われる。生まれた時からそういう目で見られた。この二人以外は。そう、この二人だけが初対面で自分達を嫌な目で見なかった唯一の存在なのだ。二人に恋焦がれた要因はその点にあるとも言える。
「じゃあ何も問題ないわね。トリシャ、家に戻るわよ?」
「はい、お姉様」
「い、今からですか?」
「えぇ、善は急げっていうでしょ? それにそろそろネズミを炙り出さないとね」
「ね、ネズミ?」
「そう、デッカイのが二匹ね」
そう言って意味深な笑みを浮かべたアイシャとトリシャは、呆気に取られている二人を置いて王都に向かった。ただし今回は前回のような強行軍ではなく、余裕を持って途中で一泊する。その間、父には先触れを出しておいた。準備は万端だ。
◇◇◇
伯爵家に着いた二人は、敢えて正面玄関に向かわず裏門からコッソリ中に入った。乗って来た馬を御者に任せて、真っ直ぐ父の執務室に向かう。その間、使用人には誰も合っていない。
「お父様、今戻りました」
「お帰り。手紙は読んだけど、本当にあの二人でいいのかい?」
「えぇ、ベルとジルもその気になってくれましたし。あとはあちらの実家次第ですが」
「それは僕の方から伝えよう」
「ありがとうございます」
その後、婚約の日取りなど今後の予定を話し合っていると、執事が慌てた様子で部屋にやって来た。アイシャとトリシャが部屋の中に居るのを見てビックリした後、二人の王子が先触れも無しに訪れたことを告げる。
「あら? 案外早かったわね」
「よっぽど焦っているんでしょうね」
「じゃあ手筈通りに、二人は裏門から。気を付けて行くんだよ? 後は任せて」
「お父様、ありがとうございます」
二人が出て行った後、伯爵は執事に命じた。
「御者をクビにしてくれ。新しい御者は領地から呼ぶことにする」
「畏まりました。もう一人は如何なさいます?」
「もう少し泳がせることにする」
「分かりました」
密偵の検討はついていた。ここ最近、王宮からの紹介で雇い入れた御者とメイドの二人だ。今まで尻尾を掴めなかったが、やっと証拠を掴んだ。今この屋敷にアイシャとトリシャが居ることを知っているのは御者だけだ。
「さて、厄介な王子の相手でもするか」
伯爵は立ち上がりながら疲れた様子で呟いた。
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