第39話 名物料理を作ろう④
翌朝は、ミーチェが宿の人を集めてくれた。
メンバーは宿の主人でありミーチェの叔父のミカロフさん。
奥さんのアンナさん。
息子のデュークとアレクの4人だ。
勿論うちのメンバーはみんな居る。
「大きなお世話かも知れないんですが、ちょっと提案をさせて頂こうと思いまして、皆さんに集まっていただきました」
「どんなご提案でしょうか?」
「私は、料理人でカインと申します」
「えーと…… 就職希望でしょうか? 見ての通り今この宿は人を雇えるほどの余裕はありませんが……」
「いえ、就職は望んでいません。この宿が他の宿と比べられても十分に勝負になる様な、料理を提供して欲しいと思って、ミーチェちゃんに頼んで勝手にお節介をさせて貰おうと思ったんです」
「ミーチェ? どういう事なんだい?」
「あの、叔父さん。私はこの宿が昔の様に一杯の人で賑わうようになってほしくて、一度だけ話を聞いて貰えますか? このカインさんは本当に凄い人なんです。昨日お昼に食べさせて貰ったお料理も凄く美味しくて、それをここの宿で提供できるように、教えてくれるって言ってくれてるんです」
「あの…… カインさん。教えて頂くのは本当に嬉しいんですが、今この宿に謝礼を払う予算なんてとてもじゃないけど無いんです」
「あー、えっと大丈夫です。謝礼は別にいりません。ただ自分で思いついた事でアケボノ料理を売りにするような宿と、勝負が出来るのが楽しそうだと思ったので」
「えーと…… 一昨日から宿泊いただいてるので、うちの料理のレベルは大体解っていただけてると思いますが、うちでも『大倉亭』に勝てると?」
「十分チャンスはあります。同じアケボノ料理で勝負をしようとするなら、経験も違うし勝負になりませんが、この土地ならではの食材で勝負をするなら、十分に勝機はあります」
そう言って、昨日俺が作るのを見てた、ミーチェを助手に料理を作った。
「どうですか? 調理方法自体は簡単で、盛り付けさえ気を使えば作る人間によって味の差は出にくい形なので、ここでも提供しやすいと思います。食べ放題での提供をされているので、魔物肉でも比較的安価に仕入れを行える部位に限定して使用してますので、十分に採算は合うはずです」
「凄い、こんな華やかな料理をメインにすれば、お客様の評判も間違いなく上がります」
「それと他の料理なんですが、奥さんに任せて郷土料理のお惣菜系にしてしまって欲しいのです。この三品で十分に話題とボリューム感は出せるし、他の料理は昨日作っていただいた、お惣菜の様な物の方が、嬉しく感じます」
「なる程、解りました。アンナ。お前の作る料理なら、デュークとアレクに教え込めばすぐに真似は出来るだろう?」
「えーそうですね。難しくは無いから」
「デューク、アレク。今日はしっかりとカインさんに料理を教わりなさい」
「解ったよ。父さん」
「一日やれば十分だから、ミーチェと三人で頑張れよ」
「はい」
「私は、アンナと交代でフロント業務に専念させて貰う事になるが、そっちはずっとやって来た事だから任せて貰えばいい」
「はい、あなた。お願いしますね」
こうして、風見鶏亭では、俺が提案した料理をビュッフェスタイルでの料理提供の目玉として行う事になった。
まずは
『ゴートカウのトマホークステーキ』
一トンを超すゴートカウのアバラから切り出す、トマホークステーキは、直径で50㎝程にもなる、大判のお肉だ。
これに塩コショーをして、お客さんの目の前で鉄板で焼く。
赤ワインを振り炎が立ち昇ればそれでも十分に目を引くし、焼きあがった骨付きのアバラ肉は、鉄板の上で食べやすいサイズにカットして提供する。
そのすべてが演出になり、話題性は抜群だろう。
今回魔物肉に拘ったのには、ちょっと訳がある。
畜産で育てた普通の牛だと、肉の熟成具合で大きく味に変化があったりして、熟練の職人でないと見極めが難しいからだ。
魔物肉だと、狩ったその日の肉でも熟成させた肉と変わらぬ美味しさがあるから、経験の浅い料理人でも使い易いんだよな。
次は、『もつ鍋』
これは鍋に直接盛り付けて、提供し各自がテーブルで楽しんでもらう。
盛り付けは、敢えて一回り小さめの鍋でカットしたキャベツとニラを高く盛り付ける事で見た目のインパクトを与える。
火にかけると、野菜のかさは減って、ちゃんと鍋の中に納まるからな。
ゴートカウの小腸を、開かない丸腸の状態で、一度さっと湯通しした物を用意する。
脂が凄いから、湯通ししてないと胃にもたれちゃうからね。
野菜は、キャベツとにらだけ。
薬味でニンニクと輪切りの唐辛子。
たったのこれだけだが、とても美味しい。
スープは、こぶ出汁に薄口しょうゆと味醂だけ。
丸腸から極上の旨味が出るので、余分な味付けは不要だ。
各自のテーブルで仕上げるために、料理人の腕に左右されないのもいい。
もう一品が、『タンの網焼き』
タン元と呼ばれる部分だけを薄めに切り、上に刻んだネギとごま油を和えたものを乗せて、炭火コンロで片面だけ焼いて食べて貰う。
これも素材の良さが引き立ち、調理技術はほとんど関係ない。
好みの焼き加減で、塩を少し付けて食す。
テーブルの上で自分で調理するタイプの献立は、全体的に満足感が高く、消費される料理も全体で見ると少なくなる傾向にあるのでお薦めだ。
調理自体は簡単なので、主に今日練習して貰うのは、鉄板を使ったトマホークステーキの焼き加減だ。
大事な事は焼き過ぎない事と、押さえつけない事。
お肉を上から抑えると大事なドリップが出てしまって素材の良さが台無しになるからな。
今は、お客さんが減っているので今日は20人分ほどの用意で十分だろう。
お惣菜に関しては、口出しをせずこの街の家庭料理感を大事にしてもらう。
さぁこの布陣で今日の、営業に突入してみよう!
今日だけは俺も、鉄板の前に付き添った。
泊りのお客さん達がビュッフェに訪れる18時から21時くらいまでの間は、昨日までと違い、お客さんの反応が凄くいい。
会話も弾み笑顔で食事を楽しんでいる。
これが大事なんだよね!
今日のビュッフェのお客さんの笑顔を見て、ミカロフさん達もミーチェも十分にやっていける自信を付けてくれたようだ。
すぐにはお客さんが劇的に増える事も難しいだろうけど、お客さんからの口コミで人気が出るのが一番好ましいからね。
きっとこの風見鶏亭は昔と変わらない人気宿になると思う。
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