第37話 名物料理を作ろう②

 俺がベッドを抜け出して、入り口のドアに向かうと気配を感じた。


 むっ、ナディアかチュールを狙ってるのか?


 俺は気配を消し去って、扉に近づき勢いよく扉を開け放った。

 扉の外に居た人物は何とか扉の直撃だけは避けたようだが、そこに尻もちを付いて、座り込んでいた。


「お、お前は」


 そこに居たのは…… 俺達をこの宿に誘った呼び込みの少女だった。

 襲いに来たわけじゃなさそうだと思った俺は、フィルたちに気付かれない様に、静かに扉を閉めると「何してんだよ?」と尋ねた。


「あ、あの、その。決して1対3とかどんな激しいことするのか興味があったとかそう言う訳じゃ無くて、偶然通りがかっただけです。夜間警備です」

「俺達を覗いてても、お前の喜ぶような展開にはならないからな?」


「ちっ」

「今舌打ちしたよな?」


「い、いえ。そんな事は」

「まぁいい。ちょっと聞きたい事があったから、付き合えよ」


「どこにですか?」

「俺は風呂に行きたかったんだが」


「えっ。こんないたいけな少女を風呂で無理やりとか、そんな事をなさるのですか? 鬼畜ですね」

「足湯があっただろ? 服着たままで問題無いし、普通に話しするだけだよ」


「あんな事やらこんな事は無いんですか?」

「あるか! ガキに欲情はせんわ」


 結局この少女と一緒に大浴場の横にある、足湯のコーナーで、二人で並んで座った。


「お前の名前は?」

「ミーチェです」


「この宿の従業員?」

「ここの娘でしたが、今はお父さんが死んでしまって、お父さんの弟だった叔父さんが後を継いでいます。私は成人するまではここで過してその後は王都に出ようと思ってます」


「叔父さんとは上手く行ってないのか?」

「いえ、とても優しい叔父です」


「なら別に王都に行かなくても良いじゃないか? 王都は女の子一人で暮らしていける程、過ごしやすい街では無いぞ」

「解ってるんですけど、このままじゃこの風見鶏亭が駄目になると思って、料理の勉強をしたいんです」


「なんだ解っているのか」

「やっぱり…… イマイチでしたか? ごめんなさい」


「使ってる素材とかで客を騙そうとしてるような商売をしてる訳じゃ無いから、それはしょうがないな」

「ちゃんと解ってくれるんですね。でも昔のこの宿の味を知ってるお客様は、素材をけちるからだとか、そんな事を言われて段々お客さんは減る一方なんです」


「誰が料理をしてるんだ?」

「叔父さんと叔父さんの息子二人の三人でやってます」


「前は、ミーチェのお父さん一人だったわけでは無いだろ?」

「父が若い頃、まだお祖父ちゃんがこの旅館の主人だった時に、アケボノに料理の修行をしに行ってて、その時の弟弟子を二人連れ帰って来てて、一緒にやってたんですが…… 父が死んだ後で、近所の『大倉亭』にここに居た時の倍のお給料で引き抜かれちゃって……」


「それは、その料理人の腕に対して高い評価を下した『大倉亭』を責める問題じゃ無いな」

「ですよね。でも叔父さんはそこまで高い給料を出すと、宿の値段を上げなければならなくなるから、自分達で頑張ろうと、食べ放題とか考えて、やってはいるんですけど……」


「いかんせん料理の腕がか」

「はい……」


「お父さんの居た時は、ずっと経理と営業関係を担当してて、お風呂を綺麗にしたりお部屋を綺麗にしたりとか、そういう事は凄く才能があるんですけど……」

「そっか、叔父さんのお嫁さんは料理はどうなんだ?」


「普通の家庭料理は十分作れますが、お父さんや大倉亭のアケボノ料理と比べると……」

「いや、勝負にならない事は無いかも知れないな。一週間程宿泊を延長するから、頼むな」


「えっ? 一週間もですか」

「毎日、全部は泊まらないかもしれないが、宿泊料金はちゃんと払うからな」


「解りました」

「もう一つ、叔父さんの息子たちは料理が好きか?」


「はい。でも教える人が居ないので、中途半端な知識で作ってる感じです」

「そうか、ミーチェはお手伝いはしなきゃならない状態?」


「いえ、客引きを少し手伝う以外は別に何もやって無いです」

「そっか、叔母さんのご飯を食べれる機会は無いかな?」


「あ、それだったら時々宿泊のお客さんでも居るんですけどバイキング形式は苦手だから家庭料理っぽいのが食べたいって言うお客さんの居る時は叔母さんが作ってます」

「明日の夕飯は叔母さんの料理が食べたいと、頼めるかな?」


「大丈夫です」

「それと明日のお昼は、ミーチェは俺達のパーティと一緒に行動して貰おう。なーに損はさせないさ」


「解りました…… あんな事やらこんな事をされ…… 5人とか激し……」

「あるか! エロガキ!!」


 足湯ですっかりと温まった俺は、部屋に戻るとゆっくりと寝…… れなかった。

 三人が、両足と手に抱き着いて来て、朝まで落ち着かなかった。


 朝食もバイキングだったが、ボイルウインナーや目玉焼きは失敗の要素が少ないので、普通に食べれた。


 でも、特色は欲しいよな。

 設備はあるんだし、朝食でこのスタイルで特色を出すなら、何が良いのかな?


「みんな、ちょっと予定変更だ。ここに一週間程滞在しようと思う」

「へーどうしたの?」


 俺はみんなに昨日の夜の出来事を説明して、この宿の料理をちょっと立て直したくなったと告げた。


「うん。カインがそれをやりたいなら、賛成」

「私も構いません」

「そうだね。別に期限の決まった旅じゃ無いから、やりたい事を楽しむでいいかな」


「みんなありがとうな。じゃぁ、昨日の呼び込みの女の子ミーチェを紹介するな」

「ミーチェです。改めましてよろしくお願いします」


「カインは凄い料理人だから、安心してね」

「えっ? そうだったんですか? じゃぁここに残るのってもしかして私に料理を教えてくれるんですか?」


「ん-時間もそんなにかけられないから、料理は何品か絞り込んで教えるだけだ、但しこの街で旅館をやって行く上で『大倉亭』や他の宿に負けない為の考え方とかを伝えられたらと思う」

「お願いします」


「フィルはちょっと頼まれてくれないか?」

「何? カインお兄ちゃん」


「ちょっと滞在が長引くと資金が厳しくなるから、商業ギルドに行って、剣と鎧を5個ずつ現金化して置いて欲しい」


「解ったわ。行ってくるね」

「俺達は、この4人で冒険者ギルドに寄ってから、少し狩りに行って来る」


「狩りなの?」

「ああ。今回のテーマは地産地消だ、ギルドでヒントくらい手に入るだろ」


「ふーん。私も商業ギルドで、ちょっと何か調べておくね」

「おう。頼んだぞフィル」


 こうして、風見鶏亭の立て直しを勝手に手伝う事に決めたカインだった。

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