第12話 熊の掌

 今日も川沿いの道をひたすら歩いている。


「カイン。熊の掌いつ食べれる?」

「ん? 食いたいか?」


「あれはちょっと調理時間が掛かるからな。今日の晩飯で食べようと思うと、今から始めてギリギリくらいだな」

「そうなんだ。食べたい」


「解った。じゃぁ今日は野宿になるけどいいか?」

「うん」


 川岸に降りて少し見通しのいい所に陣取って、早々にテントを張って、竈を組む。

 大き目の鍋にたっぷりのお湯を沸かす。


「チュールはテントで一眠りしてても良いぞ。時間かかるからな」

「いい。見ていたい」


「そうか。じゃぁ見ててくれ。ちょっと手伝いもして貰って良いか?」

「うん」



 湯が沸くと、熊の掌を取り出して、放り込む。

 そのまま一煮立ちするとざるを取り出して、打ち上げる。


「このままじゃ毛むくじゃらだから、食材にならないからな」

「そうだよね」


「チュールはちょっと大変だけど、毛を抜いてくれ。湯がいてあるからそんなに力はいらない」

「解った」


 チュールに掌の脱毛を頼むと俺は一緒に煮込む生姜と八角、長ネギなどを用意して、調味料を合わせる。


 調味料は醤油、みりん、酒。それに俺が作って置いた特製のXO醤だ。

 アワビの肝や、カキ油をたっぷりと使って熟成してある。


「出来たよー」

「お、早かったな。こっちに持って来てくれ」


 毛を抜いた熊の掌の表面を火であぶる。

 うっすら焦げ目がつく程度でOKだ。


 これで下処理は出来た。

 水を張った鍋に掌を入れる

 水からゆっくりと煮出すようにする。

 この時に、ネギと八角と、生姜も加えて置く。


 鍋に蓋をして、蓋の上に重石を乗せる。

 蒸気を逃げにくくするために大事なんだ。


 蒸気の逃げる穴はちゃんと確保してある。

 これをしていないと、蓋が吹き飛んでしまうからな。


 このまま1時間程かけて形が崩れない程度まで煮る。

 金属製のバットに掌を移して、ボイルをしたスープをひたひたにつかる程度まで入れる。


 合わせた調味料をスープに加え、今度は蒸し器で蒸し煮にする。

 こうする事で、トロットロになるまで火を通しても型崩れを起こさない。

 料理は見た目も大切だからな。

 俺は熊の爪は抜く派だ。

 これも蒸し器に入れるタイミングで抜けば、簡単に抜ける。


 そのまま中火で、2時間程蒸せば出来上がりだ。

 金属バットから、掌を丁寧に取り出すと皿に盛り付ける。


 金属バットの中に残ったスープを別な鍋に移して煮立たせ、少し煮詰めると味を見て、調整する。

 そこに片栗粉を水溶きした物を加えて、トロミをつけ皿に盛った掌の上にかける。


 これで出来上がりだ。

 艶々のソースが掌を覆い、凄くいい匂いが漂ってくる。


 ごはんも準備できた。

 

「チュール。出来たぞ『クレセントベアーの掌のXO醤煮込みだ』」

「わーい」


「コラーゲン! って感じだね」

「うん。美味いだろ?」


「超美味しい! 少し甘い感じがするのは?」

「掌にしみ込んでいる蜂蜜だ。利き手がどっちかで味が少しだけ違うぞ?」


「本当だ! 私はこっちの甘い方が好き!」

「大体みんなそう言う」


「明日は何食べる?」

「気が早いな。ウナギにするか?」


「楽しみー」


 星空を見ながら、二人で眠りについた。



 ◇◆◇◆ 



 翌朝も早くから目が覚めたので、ご飯とみそ汁と生卵と言う献立だ。

 俺の魔法の鞄には、新鮮な卵が常時1000個は入れてあるからな。

 時間経過無しの鞄は本当に便利だな。


 一緒に海苔の佃煮も出す。

 海の香りがして、チュールは気に入ったようだ。


 梅干しは苦手なようだった。


「今日はまた山越えになるからな。明るいうちに出来るだけ距離を稼ごう」

「うん」


 昼ごはん様に、おにぎりを用意して置く。

 この間川で取った魚の干物を焼いて、身をほぐして握った。


 手に塩を付けて、綺麗な三角形に握る。

 チュールも挑戦したが、形が不揃いだった。


「絶対練習して上手になるー」

「おう、頑張れ」


 握ったおにぎりは竹の皮で包んで出発だ。

 

 山の頂上辺りに来た頃に、丁度お昼だったから朝握ったお握りを食べる。


「美味しい」

「だろ!」 


 こういう時は温かいご飯よりも時間がたったお握りの方が美味しく感じるのも不思議だが、シチュエーションが美味いと感じさせるんだろう。


 山頂部分は、休憩所として整備されていて、他にも何組かの商人の馬車などが停まっていた。


 俺は作り過ぎたお握りを反対側から来た商人に提供しながら、目的地の最近の情報を仕入れようと思った。


「国境の村の辺りは、相変わらず平和なんですか?」

「国境の村へ向かうのかい? それはあまりお勧めできないよ」


 ちょっと嫌な予感がした。


「何かあったんですか?」

「今あの村の辺りは、隣国からの侵攻を受けて、情勢が不穏なんだよ。この国の軍もあんな辺境には、殆ど駐留してなかったから、一方的な感じになってる筈だよ」


「どうもありがとうございます」

「ああ、お握りありがとうな。今まで食べた中で一番美味かったよ」


 そう言って商人が俺達が上ってきた方向へ向かって降りて行った。


「カイン。心配?」

「ああ。そうだな。ちょっと急ぐが大丈夫か?」


「うん」


 そして俺達は、少し急いで山を下った。

 それでも、晩御飯は約束通り鰻のかば焼きだ。


 川に、発電を仕掛けて魚を浮かすいつもの漁法だ。

 目的が決まってるし、ウナギ以外はすっぽんを二匹だけ捕まえて、後は逃がしてやった。


 まな板を取り出すと、目打ちでウナギを固定して一気にさばく。

 串を打って白焼きにする。

 

 天然物のウナギだから小骨も結構硬い。

 だから俺は、白焼きにしたウナギを一度蒸す。


 蒸し上がったウナギを再び火にかけ、三度たれをくぐらせる。

 こぼれたたれが火に落ちて煙を上げると何とも言えない香りが辺りを包む。


 このたれも俺は、もう10年以上使い続けている。

 ウナギのたれが旨味をどんどん吸い込んで、今ではこのたれを掛けただけのご飯でも、極上のうな丼を食べた気分になれる。


「どうだ? 美味いだろ」

「うん」


 今日も川原で野宿になったが、チュールは嬉しそうだった。

 奴隷商の街がいい印象では無かったから、口には出さないけど、辛かったんだろうな。

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