第9話 奴隷商の街②

「って事だが、おい豚男。お前はこの街の代官なのか?」

「冒険者風情の癖に失礼な男だな」


「お前本当に人の話聞かないやつだな。そこの衛兵さんの話じゃ俺の方が偉いらしいけどいいのか? その態度で」

「あ、いや。この場は一端引き取りましょう」


「そうか。そう言えばこの昆虫標本と、穴で騒いでる奴らはどうする? このまま埋めて構わないなら埋めるが、助けたいなら勝手に助けろ。ただしその場合は穴埋めは、お前らがやれよ?」

「は、はい。きちんと埋めておきます」


「後で確認しに来て、ちゃんと埋めて無かったら、全員探し出して手足を斬り飛ばして豚の餌にするぞ?」

「解りました……」


 俺は昆虫標本のフォークを抜き取って、生活魔法の浄化を掛けて腰のベルトに戻すと、当初の予定通りにチュールを連れて、冒険者ギルドへ向かった。


「カイン。Sランク凄い」

「凄くない。普段はカードの見た目通りDランクって事で通すから、チュールもそれでよろしく」


「うん」


 冒険者ギルドへ到着すると、チュールの冒険者証を頼んだ。


「新規の登録ですね。魔力の検査を行います。後、登録料が銀貨一枚掛かりますけどよろしいですか?」

「ああ、構わん」


 俺は銀貨を受付嬢に渡して、チュールが鑑定の水晶に手を置く。

 

「えーと、チュールさんの適性職業は【メイド】ですね。魔法適性は無しです。魔力はDです」

「魔法適正無しだと何も使えない?」


「ん? いやそんな事ないぞ。俺も無しだし。生活魔法なら普通に使える」

「そうなんだ良かった」


「むしろ適性があれば、その属性の色々な魔法は覚えるが、生活魔法は使えないから応用に欠ける」

「でも…… 普通の生活魔法は、カインみたいな使い方しないし、出来ない」


「俺も最近までは、そこまで対した事は出来なかったんだが、Sランクダンジョンで、喋るトカゲ倒した後から、いきなり思いついた事が何でも出来るようになったって感じだ」

「そうなんだ」


「受付嬢さん。この街で一番美味い料理を食わしてくれる宿屋を紹介して貰えるか?」

「かしこまりました。中央広場に面して建っている、『オーク亭』がお薦めです」


「そこって、オーク料理がメイン?」

「その通りです。良く解りましたね?」


「いや。気づかない方がおかしいだろ……」

「泊りで一泊二食付き一人銀貨一枚です」


「そうか、ありがとう」


 俺はチュールと共に、『オーク亭』に向かった。


「一泊で飯付きで頼む」


 宿のフロントでそう告げた。


「あの…… お客様申し訳ございません。お部屋はあるんですが、今日はうちの料理人たちが、全員酷い怪我をしてしまって、お料理が用意できないんです」

「なんだって? そいつは残念だな。ちなみに自炊は出来るのか?」


「はい。自炊用の厨房はご用意してあります」

「それなら構わない。料理人が怪我をしたって事は、材料は仕入れてたりしたのか?」


「はい」

「じゃぁその材料を見せてくれ、気に入ったのが有ったら、売って貰いたい」


「それは助かります」


 調理場に入って行き、並んでいる食材を見ると中々良い素材が並んでいた。

 

「ふむ。このオークのロース肉を一塊と、玉ねぎ、キャベツ、ピーマン。それと、お、こいつは白トリュフか。これも貰おう。ご飯は炊いてあるのか?」

「それは用意してございます。味噌汁もございますよ」


「いいな。では、ご飯とみそ汁も調理が終わったら、いただこう」


 そして俺は、手早く下準備を済ませて、オーク肉の生姜焼きを作った。

 今日の決め手は、さっと炒めて赤ワインでフランベした白トリュフだ。

 香りが立ち上がり、調理場から宿の玄関の方にまで美味しそうな匂いが漂う。


 すると、他の宿泊客が何人か集まって来た。


「あれ。支配人。今日は食事の用意は出来ないって言ってたのに、なんだかめちゃくちゃいい匂いがしてるじゃないか?」

「お客様申し訳ございません。この料理は他のお客様が、自炊用の調理場で作られた物です」


「そうなのか、こんな匂いを嗅がせられると我慢が出来ないな」


「お、嬉しい事を言ってくれるね。特別サービスだ。俺があんたらの飯も一緒に作ってやるよ。材料費だけは貰うぞ?」

「本当かい? 嬉しいねぇ」


 そして、この宿に泊まっていた10人程の客に、特製の『オークの生姜焼き白トリュフ添え』を作った。

 他の客からも絶賛して貰えて、俺も嬉しかったぜ。


 勿論チュールも無言で生姜焼きを食べながら、幸せそうな顔をしていた。


「どうだ。美味いだろ?」

「うん。幸せ」


「あのお……」

 食堂での賑わいが一段落着いた頃に、支配人が声を掛けて来た。


「どうした?」

「私にも、味見をさせて頂けませんでしょうか? お客様の評判が余りにも素晴らしかったので、出来ればこの宿の名物料理に加えさせていただきたいので」


「おう。構わんぞ。美味い料理はどんどん広めるべきだからな」


 そう言って、支配人にもご馳走してやった。


「素晴らしい。この料理のレシピを是非教えてください。勿論無料でとは言いません。この宿の宿泊料と、材料費は全てサービスさせて頂きます」

「そうか。悪いな。ありがたくサービスして貰うよ。だがな。この料理の肝は火加減とタイミングなんだ。お前で理解が出来るか?」


「少々お待ちください。怪我をしておりますが、うちのシェフを呼んで参ります」

「そうか。じゃぁ待ってる」


 そうして呼んで来たシェフは、さっきの広場で俺に落とし穴に落とされた、ゴロツキのメンバーだった。


「あ、お前!」

「なんだ。穴から無事に出れたのか? て言うかお前ら料理人だったんだな。なんであんな、ゴロツキみたいな真似をしたんだ?」


「いえ…… すいません。代官様が不届き者が居るから捕縛を手伝えと仰ったので、駆け付けました。逆らえば後々面倒ですから」

「ほう、お前らはうちのチュールを攫おうとしたわけじゃ無いんだな?」


「はい、ただ不届き者を捕まえる為だけに呼ばれました」

「そうか、それなら勘弁してやるさ。他にもこの店の料理人がいたのか?」


「三人程……」

「ちょっと連れてこい。俺が治してやる」


 そう言われて、三人の料理人を連れて来ると、みんなどこかしらの骨が折れていた。


「そこに並べ」


 四人を一列に並ばせると、一人ずつの患部に手を当てながら、生活魔法の【ファーストエイド】を掛けた。


 すると、一瞬で骨折は完治した。


「そんな…… 骨折が一瞬で治療など聖魔法でも上位の使い手じゃないと出来ない筈」

「それは、あくまでも生活魔法のファーストエイドだからな? 手足が不自由な状態じゃ、俺の料理の微妙なタイミングを覚えるのに不便だからサービスだ」


「「「ありがとうございます!」」」


 こうして、料理人たちを治療してやり『オークの生姜焼き白トリュフ添え』のレシピも伝えた。


「後は、何度も繰り返して作って、自分の完璧なタイミングを身体で覚えろ」

「「「はい。師匠」」」


この街の宿に新たな名物料理が誕生した。


「師匠。お名前は?」


「俺は、料理人カインだ」

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