第58話 卒業2

 壇上の男子たちは真剣な表情で玲愛を見詰めていた。

 玲愛は困ったように笑い、助ける求めるように辺りを見回す。


 まさかとは思うが俺に振るんじゃないだろうな!?

 せっかく卒業まで純潔を守り、周りにも隠していたのに、こんなところで同棲の事実がバレてしまったら逆転サヨナラ監獄行きだ。


 玲愛には悪いと思いながらも身を隠す。


「みんなありがとー。嬉しいよ。でもごめんね。あたし、彼氏いるんで」

「ええー!?」

「誰だよ!」

「俺の玲愛に彼氏だとぉお!」


 全員が悲鳴を上げる。

 ますますこのままソッと姿を消したい展開だ。


「彼氏は最高に優しくて、かっこよくて、頼り甲斐があって、大人で、でも子どもっぽいところもあって、最高の人なんで、皆さんごめんなさい!」


 玲愛の死体蹴りに男子たちは力なく崩れていく。

 もうやめてあげて!

 俺のためにもっ!


 ほとぼりが覚めるまで学校近くの喫茶店で時間を潰していると玲愛から電話が掛かってきた。


「もう! 茅野さんどこにいるのよ!」

「学校近くの喫茶店だよ」

「なんでそんなとこにいるのよ! 今から行くから!」

「あ、おい、ちょっと」


 電話を切って一分で玲愛がやって来た。

 麟子ちゃんと霞ちゃんも一緒だ。


「あー、いたいた!」

「卒業おめでとう」

「うん。ありがとー」

「霞ちゃんと麟子ちゃんも卒業おめでとう」

「ありがとうございます」

「へへー。ただ三年間通ってただけだけどね」

「卒業祝いにコーヒーでもご馳走してあげよう」


 てっきりノリノリで注文するかと思いきや、麟子ちゃんと霞ちゃんは顔を見合わせて笑った。


「どうしたの?」

「せっかくだけど卒業祝いはまた今度にするね」

「今日は二人でゆっくりしてください」


 霞ちゃんはぐいっと玲愛の背中を押す。


「いやいや。卒業式のあとはみんなで楽しんで来いよ。今日しかないんだぞ」

「別に遠くに行くわけでもないし、またいつでも会えるから」


 玲愛は拗ねるように俺の隣に座る。


「いいのか? せっかく卒業したのに」

「せっかく卒業した日だから一緒にいたいのっ! 言わせないでよ、バカ」


 二人は意味深な笑みを浮かべて「またねー」と店を出ていってしまう。


「じゃあお祝いでどこか食事にでも行くか?」

「ううん。いつも通り家で食べようよ」

「それでいいの?」

「うん。その方が二人きりになれる時間が長くなるし」


 玲愛は俺のストローの袋を指先で弄りながら静かにはにかむ。

 頭がフラッとするくらいに可愛かった。

 ヤバい。俺も早く二人きりになりたいかも……


「よし、それなら買い物して帰ろう」

「うん! あたしすき焼きがいいな!」

「お、いいね! たまにはいい肉を買おう」

「チューハイも買おう! あたしもようやく大人になったんだし」

「そこまで大人にはなってないから」


 撫でるようにポンっと頭を叩くと玲愛は舌を出して笑った。



 一緒に歩くのも、買い出しに行くのも、まるで罪悪感がない。

 もう俺と玲愛の間になにも障害はなかった。


「ねぇ茅野さん。手、繋ごうよ」

「いいよ」


 スーパーの帰り道、玲愛と手を繋いで家へと向かう。

 卒業式の帰りだから制服を着ているけど、そんなことも気にならなかった。


「ただいまぁ」


 ドアを開けてすぐに玲愛を抱き締めた。


「おかえり、玲愛」

「うん……茅野さんもおかえり」

「ただいま」


 玲愛はチュッと俺にキスをすると逃げるようにキッチンに向かう。


「さ、チャチャっと準備して食べようよ!」

「休憩なし? 元気だな」

「茅野さんは休んでていいよ」

「そういうわけにはいかないよ。今日の主役は玲愛だろ?」


 二人でキッチンに立ち、素材を切っていく。

 簡単な作業でも玲愛がやると様になるから不思議だ。


「なぁ玲愛、思ったんだけどさ」

「なに?」

「葉月グリル再開まで時間あるだろ?」

「そーだねー。バイトでもしようかなって思ってるけど」

「それもいいけど、動画配信で広告収入得てみたら? 高校卒業した十八歳なら申請出来るみたいだよ。その他にも再生回数とかチャンネル登録者数とかの基準があるけど、玲愛のチャンネルはそれは全てクリアーしてた」


 玲愛の仕事を考えて思い付いた案だった。


「あー! その手があったのか。でもそんなので儲かるかな?」

「儲かるに決まってるだろ。動画配信だけで登録者数4万人くらいいるんだから余裕だよ」

「大して多くないでしょ? あたし写真がメインだから動画はそんなに多くないんだよね。動画アップも頻繁じゃないし」

「まぁ広告収入がどれくらいなのかはよく知らないけど、はじめはそれほど儲からなくてもやってみたら?」


 名案だと思ったが、玲愛ほあまり乗り気ではない。


「ああいうのって頻繁にアップしないと駄目なんでしょ? 趣味だからてきとーに気軽に出来たけど、仕事にするとなるとプレッシャーだなぁ。これまでみたいにてきとーに撮るんじゃなくて、構成とかアングルとか考えないとだし」

「その辺りはやりながら考えていけばいいんじゃない?」

「ぶっちゃけJKのギャルが意外とこましな料理作るっていうのだけでウケてた気もするし、JKでもギャルでもなかったら需要あるかなー?」


 以前の出版のオファーが原因なのか、やけに弱気だ。


「動画配信を仕事にするともうひとつ、メリットがあるんだよ」

「え、なに?」

「時間が比較的自由になるからマスターのお見舞いに行きやすいってこと」

「おー! 確かに! それはいいかも! やるやる!」


 マスターの話を絡めるといきなりヤル気満々になる。

 そんな玲愛を見て頬が緩んだ。




 ────────────────────



 ひとまず玲愛ちゃんの仕事は決まりました。

 うまくいくでしょうか?


 そしてついに障害がなくなった二人のはじめての夜がやってきます!


 ついに二人は結ばれるのでしょうか?


 お楽しみに!

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