第57話 卒業1

 玲愛の通う学校に来るのははじめてだった。

 想像していたより新しめの綺麗な校舎だ。

 ここに玲愛の青春が詰まっていると思うと、なんだか感慨深い。


 卒業生たちは式の前からあちこちで盛り上がって記念撮影をしている。

 喜びと解放感が爆発した空気だ。

 でもところどころに泣いている女子を見掛けると、やはり寂しさも感じているのだろうなと思わされた。


 卒業式に来た保護者なら誰でもそうするように、俺も自分の卒業式のことを思い出しながら歩いていた。


「いえーい!」


 馴染みのある声が雑踏の中から聞こえ、視線を向けると玲愛の姿があった。

 たくさんの友だちと一緒に写真を撮っている。その中には霞ちゃんや麟子ちゃんといった見知った顔もある。


「早く体育館に移動しなさい」


 先生は生徒たちを窘めるが一応声をかけているだけという柔らかさがあった。

 最後の日くらい多めに見ているのだろう。



 体育館に着くと予想以上にたくさんの保護者の姿があった。

 ガラガラで目立ってしまったらどうしようなんて思っていたが杞憂だったようだ。

 玲愛のクラスが見える後方に座り、式の始まりを待つ。


 同じように座る保護者の皆さんも一様に笑顔だ。

 まだまだ一人前ではないとはいえ、一応ここで子育ては一区切りという安堵を感じさせる笑顔だった。


 式が始まると先ほどまでの騒がしさは嘘のように、静かに粛々と進行していく。

 時おり玲愛が振り返り保護者席を見るがなかなか目が合わない。


 ようやくこちらに視線が向いたとき小さく手を振って合図した。

 気がついた玲愛はニカッと笑ってピースをして来た。

 保護者席を振り返っているのなんて玲愛だけでちょっぴり恥ずかしくて微笑ましかった。


 卒業式が終わると生徒たちは保護者たちの席を通過して一度教室に帰っていく。


 笑うもの、はしゃぐもの、泣くもの、晴れやかなもの、それぞれの表情で体育館を出ていく。

 玲愛が俺の方に手を振りながらやって来た。


「卒業おめでとう」

「ありがとー! またあとでね! 先に帰っちゃダメだからねー!」


 立ち止まれないので押されるようにして遠ざかっていく。


 これから最後のホームルームがあるのだろう。

 先生たちは最後に生徒たちに何を伝えるのだろう?

 俺は卒業の時に『自分の人生の主人公を生きてください』と言われたのを思い出した。

 大学生の頃は覚えていたが、最近はすっかり忘れてしまっていた。


 俺は俺の人生の主人公として生きているだろうか?

 そんなことを考えながら体育館を出る。

 春の陽射しが眩しくて目を細めながらもう一度校舎を仰ぎ見た。


 保護者の大半は卒業式が終わると帰路に着いていた。

 小学生ならいざ知らず、高校生にもなったら卒業式のあとに親と帰ることなどないのだろう。


 ものの十分程度で体育館周りは閑散となる。

 ベンチに座って式中に撮影した写真を眺めていると、賑やかな声が聞こえてきた。

 顔を上げると生徒たちが昇降口から我先にと飛び出してくる。

 まるで巣箱から放たれたハチのように元気一杯だ。


 出てきた生徒たちは皆思い思いの場所に散らばって記念撮影をしたり、談笑を始める。

 それはまさに純度100パーセントの青春だった。


 これまで玲愛と暮らすようになって青春をやり直しているようなおこがましい気持ちになることがあったが、ここにあるのはそんな錯覚ではない本物の青春だ。


 そして今、玲愛もその青春の大切な瞬間にいる。

 たとえ恋人であってもそれは侵してはならない聖域だ。

 俺は玲愛に見付からないよう、少し端に避けて景色を眺めていた。


 生徒の数はどんどん増えていき、俺のそばでも記念撮影をする生徒まで出てきた。

 やはりこっそり先に帰ろうか。

 そう思ったとき朝礼台に一人の男子生徒が駆け上がって声を張り上げた。


「三年二組、橋元憲明です!」


 その途端生徒たちが「おおー」とどよめき始めた。

 一体何が始まるのだろうか?


「うわー、出た。今年も卒業告白式する人いたんだ」

「毎年恒例だもんね。これがきっかけで結婚した人もいるらしいよ」


 近くの女子たちがキャアキャアと色めき立つ。

 どうやらみんなの前で公開告白するのがこの高校の伝統行事らしい。


「三年二組、姫野玲愛さんっ!」


 突然玲愛の名前が飛び出して、ドキッと心臓が震えた。

 生徒たちからは「おおーっ!」とどよめきが起きる。


「一年の頃からずっと好きでした! 付き合ってください!」


 橋元くんが絶叫すると次から次と他の男子が壇上に上がってくる。


「玲愛、もう何回もフラれてるけどやっぱり好きだ! 俺と付き合ってくれ!」

「姫野さん、これからもあなたの笑顔が見たいです!」

「ふざけんな、俺だろ! 玲愛、俺と付き合おうぜ!」


 五人の男子が壇上で押し合い、更に乗れなかったのか周りにも何人かいた。


「やっぱモテるねー、玲愛」

「でも三年間誰とも付き合わなかったんでしょ?」

「あ、でもなんか最近彼氏できたらしいよ。社会人って話」

「あー、知ってる! 超イケメンらしいよ、しかもセレブなんだって!」

「学校一のイケメン先輩にコクられた時も秒で断ってた玲愛が選ぶだけはあるね!」

「噂ではもう同棲してるらしいよ」

「キャー、マジ!?」


 玲愛は俺の他にも彼氏がいるのかと疑いたくなるほど誤った情報が流れてしまっているみたいだ。

 訂正したい気持ちをグッと堪えてその女子たちから離れる。


 朝礼台の方を見ると玲愛がクラスメイトたちに手を引かれ、弱った顔をしながら歩いていた。





 ────────────────────



 卒業式は明るく開放的で、それでいて寂しい

 独特なものですね


 最後だからという空気に煽られて告白する男子たち

 果たして玲愛ちゃんのリアクションは?


 甘々展開が続くので吐糖注意の回が続きます

 糖分制限されている方はご注意ください!




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る