第56話 二人の絆

 病室に戻るとどういう経緯なのかマスターが変顔をさせられ、それを見て玲愛がゲラゲラ笑っていた。


「見て見て、茅野さん! マスターの変顔、超ウケる!」

「こら、玲愛。病人になにさせてるんだ。すいません」

「いいんだよ、茅野さん。玲愛が笑ってくれるし」


 マスターは本当に玲愛を可愛がっているのだろう。

 嬉しそうに笑っていた。




「玲愛が来てくれたから元気が出てきたよ。ありがとうな」

「また来るからね!」

「おう。待ってるぞ」


 病室を出るとき、名残惜しそうに玲愛は何度も振り返って手を振っていた。


 病室を出て廊下を歩き出すと玲愛の笑顔はスッと一瞬で消えた。


「元気そうでよかったね」

「……うん」

「その割にずいぶんと浮かない顔だな」

「手術したら治るっていうけど、絶対じゃないんでしょ?」

「まぁそりゃそうだけど」


 気丈に振る舞っていたけれどやはりまだ不安らしい。


「やっぱり不安。どうしよう……」

「あとはお医者さんに任せるしかない。玲愛はお見舞いをしてマスターを元気づけるしかないな」

「うん。そうする。今度はすべらない話をたくさん用意して来るから」


 まるで自分が治療するくらいの気構えで頷いている。


「そういえばさっき奥さんと話したよ。落ち着いたら代わりに働けるレストランを紹介してくれるって」

「そんなの必要ないよ」

「ほかに働きたいところがあるのか?」

「ううん。あたしは葉月グリルが復活するまで待つつもりだから」


 玲愛は真顔になり、俺に頭を下げる。


「それまで収入がないけれど、家に置いてください」

「おいおい。そんなことで頭を下げるなよ。俺の方がお願いしてでもいて欲しいんだから」

「ありがとう」

「でも四月から働くところがなくてもいいのか? マスターがレストランを再開させるまでどこかで修行しておくのも手だと思うけど」


「んー」と言いながら玲愛は苦笑いを浮かべる。


「マスターは必ず元気になって帰ってくる。そう信じてるし願ってるから他所では働きたくないの」

「願掛けみたいなものか」

「うん。それに他所で働かせてもらっても葉月グリルが再開したら辞めてそっちに行くなんて迷惑かけるし」

「それもそうか」


 意外と真剣に考えていたみたいだ。

 玲愛なりに考えて出した答えなら俺は見守るだけだ。



 家に戻ると玲愛はすぐに昼食の用意を始めた。


「疲れただろ? 少し休めば?」

「ううん。じっとしてたらなんかそわそわしちゃうから」

「そっか」


 ソファーに座って料理をする玲愛を眺める。

 この家に来た頃はまだどこかあどけなさの残る顔だったが、今はなんだかずいぶんと逞しくなったように見える。

 ギャルメイクをやめたとか、爪を切ったとか、そういう外見的な変化を差し引いても、玲愛は落ち着いて大人になってきたと思う。


「そうそう、玲愛。正式に課長代理に就任したよ」

「えっ!? マジ!? おめでとー!」

「ありがとう。玲愛のお陰だな」

「あたし? なんにもしてないよ?」


 玲愛は自分の顔を指差し、きょとんとする。


「社長に言われたんだ。俺を課長代理に推した一番の理由は離婚後に明るくなったことだって。普段の勤務態度は悪くないけど覇気がないって思われていたらしくて。でも離婚してから変わった。それが評価されたらしいよ。離婚してから明るくなるってどうなんだよって話だよな」


 笑い話にしようと思ったのに、予想に反して玲愛は目を真っ赤にして天井を見上げてしまった。


「ちょ、泣くなよ、玲愛」

「うれしい……あたしも茅野さんの役に立ってたんだね」

「当たり前だろ。ってかいつも言ってるだろ。玲愛のお陰で人生楽しくなったって」

「うん。ありがとー」

「俺がお礼を言うところだから」


 玲愛の隣に立ち、肩を抱く。


「ごめん。ごめんね。色々ありすぎて涙腺バカになってるかも……でも嬉しくて涙が出るってすごく幸せ」

「そうだな。それは流してもいい涙だよ」


 玲愛は俺にギュット抱きつく。


 思えばあの温泉旅行以降バタバタしてちゃんと玲愛と向き合えていなかった。

 今はきちんと好きだと伝えて、玲愛の気持ちも確認している。


「玲愛」


 顎をくいっと持ち上げると玲愛は恥ずかしそうに目を伏せた。


「好きだよ」

「うん。あたしも……」

「ずっとそばにいてくれ」

「うん……」


 唇を重ねると玲愛は傷口に触れられたようにビクッと震えた。

 旅館の夜に交わしたよりは長い時間キスをした。


「来週の卒業式、茅野さんも来てね」

「行っていいのかな?」

「うん。うちはそういうのユルい学校だし」

「そっか。じゃあ行かせてもらうよ」

「ありがとー」


 いよいよ玲愛も卒業する。

 一人の大人となる日が近づいていた。




 ────────────────────



 私は悲しいとき、辛いときにはほとんど涙が出ません。

 嬉しいときばかり涙が出ます。


 この作品も皆さんに嬉しい涙を流してもらえる作品になればいいなと思ってます。

 でも嬉しい涙が出る作品というのは本当に稀です。

 いつかそんな作品を書いてみたいです。


 さて、次はいよいよ玲愛の卒業。

 卒業ということは高校生ではなくなるということですね

 これで二人の間にある障害がなくなります。


 ついに二人が結ばれるのでしょうか?


 お楽しみに!

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