第41話 新年会

 新年開けて最初の週末。

 俺は同僚たちに捕まり、新年会へと連行された。


 早く帰るつもりだったが仕方ない。

 玲愛には少し遅くなると伝えておくか。


『ごめん。新年会で遅くなる。先に食べてて』


 短いメッセージを送って店へと入った。


 六人のメンバーの中には古泉さんもいた。

 この前のちょっと気まずくなった一件からあまり会話をしてなかった。

 どうもちょっと避けられているようで、今日も俺と離れた場所に座っていた。


 話題はいつも通り仕事とは関係のない趣味の話や休日の過ごし方の話などで盛り上がる。

 うちのように飲食店相手の商売をしているとどこで誰が聞いているか分からないので、飲み会などで仕事の話をすることはタブーだった。


「いいよなぁ、茅野は」

「え? なにがですか?」

「独身に戻れたんだろ? 羨ましいなぁ」


 日頃から嫌味でややパワハラ気味の関野せきの課長が笑いながら俺の背中を軽く叩く。


「結婚に失敗しただけですよ? 全然よくないですって」

「女房一人コントロール出来ないようではいい仕事は出来ないぞ?」


 なにがおかしいのか大笑いしながらジョッキを煽る。

 確かに課長は人に取り入るのが上手い。

 人の手柄は自分の手柄のように影で支えていたアピールをし、問題が起きれば責任を取らずに責任を擦り付けるようにして叱責して無関係アピールをする。


 社長や上役の人も馬鹿じゃないから関野課長のやり口は知っているが、結局仕事が回っているので任せているという感じだ。


「で、なんで離婚したんだ? どうせ浮気がバレたんだろ?」


 離婚の理由まではほとんどの人は知らない。

 俺は適当に笑って誤魔化そうとした。



「いえ……性格の不一致と言いますか──」

「ダメだよ。浮気はうまくやらなくっちゃ」


 課長はにたっと笑って肩を叩く。

 まるで自分はその心得があるかのような、意味不明なマウントの取り方だ。

 申し訳ないが四十手前でかなり頭髪が心許なくなってきた課長がそんなにモテるようには見えなかった。


 ここで『上手な浮気のやり方をご伝授願います』くらい言えたなら、俺もこの人に好かれるのだろう。

 しかしそんな白々しい言葉が俺の口から出るはずもなかった。

 ただ黙って愛想笑いを浮かべた。

 しかしその態度が気に入らなかったのか、反論しないからもっと言ってやろうと思ったのか、関野課長はヒートアップする。


「俺がお前くらいの頃は好き放題やってたなぁ。茅野は少し小さくまとまりすぎなんじゃないのか?」

「そうですかねぇ」


 どんな話題からも無理やり説教じみた自慢を繰り返す。

 酒の席での関野課長の得意のパターンだ。


 いつも思うがなぜ酒を飲む人たちは酔っぱらったら人に絡んだり失礼なことをしても構わないと考えているのだろう?


 どんなことをしても『酔っていて覚えてない』『酔った勢いで愚痴っちゃったよ』といえばなんでも許されると思っている節がある。

 酒を飲まない俺には到底理解できない発想だ。


「だいたい茅野はもっとピシッとしろ。言われるままに従うだけが仕事じゃないぞ? 後輩にビシッと指導も出来ないし」

「そうですか。気を付けます」

「そういうとこだよ。俺に言われて『はい、そうですか』なんてすぐに従って。俺の若い頃はもっと尖ってたもんだぞ!」


 肯定しても否定しても難癖をつけてくる質問だ。

 結局この人は自分の若い頃の自慢がしたいだけなのだろう。

 それも嘘か本当か分かったものじゃないが。


「そんな無気力だから男としての魅力がないんだ。なぁ古泉ちゃん」


 課長は酔いの回った顔で古泉さんに同意を求める。

 日頃から彼が古泉さんに色目を使っていた。

 こういう飲み会の席ではそれが一層顕著になる。


「そんなことないと思いますけど」

「古泉ちゃんは優しいなぁ。茅野を傷つけないように気遣ってくれているんだな」


 否定されたことで関野課長は口の端を上げる卑屈な笑みを浮かべた。


「いえ、本心です。少なくとも課長よりはずっと男性として魅力的だと思います」


 古泉さんは目が据わった表情で冷ややかに答えていた。

 見ているこっちがヒヤヒヤしてしまう状況だ。

 今夜も古泉さんは飲みすぎて性格が豹変してしまっているのだろう。

 こういう酔っぱらいたちに囲まれていると、自分も酔っぱらってしまいたくなる。


「おい、岡嶋。お前来てたのか? 相変わらず存在感ねぇな」


 勢いを挫かれた課長は俺に絡むのをやめ、入社二年目の岡嶋に標的を変えていった。

 気の弱い岡嶋はいつも関野課長のパワハラの餌食にされている。


 やっぱり会社の飲み会なんて参加するもんじゃない。

 どうにでもなれという気分になり、俺は飲めもしないビールのジョッキをぐいっと煽った。



 すっかり酔っぱらってしまい、帰りのタクシーは寝てしまっていた。

 運転手に起こされ、ふらふらな足取りでなんとかドアを開けて玄関で倒れた。


「ただいまぁー」

「おかえりー! って大丈夫茅野さん!?」

「おうっ……だいじょーぶだぞ!」

「うわ、酒くさ! なんでこんなになるまで飲んだのよ!」


 玲愛は顔をしかめ、俺の上半身を起こす。


「ほらこんなところで寝ない! 風邪引くよ」

「分かってるよ」


 無理やり起き上がると立ち眩みでふらついた。


「ちょ、もう! 危ない!」


 転びそうになった俺を玲愛が慌てて抱き支えてくれた。


「わ、わりぃ……ありがと」

「もう! 飲みすぎだよ?」

「もう寝る。和室に行くから」

「着替えないの?」


 肩を借りる姿勢だから玲愛の顔がすぐそばにある。

 見慣れたつもりでいたけど、やはり玲愛は可愛い。

 風呂上がりでノーメイクなのに肌は一つの瑕疵もなく、アイライナーの引かれていない目許はいつもより幾分あどけなく見えた。


 酔うとエロくなる俺は思わずその顔を凝視してしまった。


「なに? 人の顔ジロジロ見て」

「いや、かわいいなぁーって思って」

「はぁ!? 意味分かんないし!」


 玲愛は見る見る顔を赤らめていった。

 そのリアクションがまた可愛らしい。

 俺の中で変なスイッチが入ってしまった。




 ────────────────────



 どこの職場にも学校にもクソみたいな人は一人や二人いるものですよね。

 いちいち相手にしていたら疲れるだけです。

 どうでもいいことですがこのクソ課長ものちにひどい目に遭います。


 そんなことより酔っぱらってしまったエロエロモードの茅野さんは大丈夫なのでしょうか?

 次回、暴走する茅野さんと戸惑う玲愛ちゃん。

 お楽しみに!

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