第42話 暴走する茅野さんと戸惑う玲愛ちゃん

「もうっ! 酔っぱらいは早く寝て」

「可愛いから可愛いって言ってるんだろ」

「はいはい。お布団敷くから離れて」


 玲愛は俺をゆっくりと床に座らせてから布団を敷きはじめた。

 呆れながらも献身的に支えてくれる玲愛の優しさに、妙に胸が熱くなった。


「ほら、お布団敷いたから。ちゃんと着替えて寝るんだよ」

「今夜は一緒に寝るか?」

「は? なに言ってんの?」

「いいから、ほら 」

「きゃっ!?」


 玲愛の手を引いて布団に倒れる。


「ちょ、茅野さん? 今日はおかしいよ?」

「いつもは玲愛が俺を誘ってくるだろ? 今夜は俺が誘う番なんだよ」

「あ、だめ。こら。エッチなとこ触らないで」


 玲愛は困った顔をしながら俺の手を掴んで制してくる。


「やっぱりか」

「なにがやっぱりなの?」

「普段俺に絡んできてからかうくせに、いざ俺がその気になったらそうやって拒むんだな」

「違う。そうじゃない」

「違わないだろ? 実際嫌がってるし」

「茅野さん酔っぱらってるし。それに……今夜の茅野さんはなんか好きじゃない!」

「あ、玲愛!」


 玲愛は俺の身体を跳ねのけて和室を出ていってしまった。


 ヤバい……

 なにやってんだ、俺……

 最低だ……

 玲愛を傷つけてしまった。


 急いで追いかけようと立ち上がったが、目が回ってまともに脚に力が入らない。

 壁に手をつきながらなんとか階段を上り、玲愛の部屋のドアをノックした。


「ごめん、玲愛」

「入ってこないで! 来たら本当に茅野さんのこと嫌いになるからね!」

「悪い……本当にごめん」


 ドア越しに謝っても、もう返事もなかった。

 取り返しのつかないことをしてしまった。

 激しい自己嫌悪に苛まれながら和室へと戻っていった。




 翌朝。

 目が覚めると頭が割れるように痛かった。

 二日酔いなんて何年振りだろう。

 記憶が所々飛んでいるが、昨夜のことはちゃんと覚えていた。

 酔った勢いでうざ絡みをして玲愛を傷つけてしまった。


「最低だな、俺……」


 酔っていたらなにをしても許されると思っている人たちとなにも変わらない。

 とにかく玲愛に謝らないと。

 着替えようとして、そのときはじめて自分がパジャマを着ていることに気がついた。


「あれ? 俺、昨日帰ってきて風呂も入らずそのまま寝なかったっけ?」


 恐らく無意識のうちに着替えたのだろう。

 そんなことよりも早く謝らなければ。


 俺は適当にジーンズとセーターに着替えてリビングへと向かった。

 玲愛はキッチンにおり、俺の顔を見るとプイッと分かりやすく顔を背けた。


「昨日はごめん。乱暴なことして……怖かったよな。本当に反省してます」

「はぁ? そんなこと、どうだっていいし。ていうか酔っ払ってる茅野さんなんてその気になればいくらでも反撃できるから」


 どうやら見当違いの謝罪をしてしまったようで玲愛の機嫌は直ってくれない。


「あんなに酔っ払うまで飲むなんてだらしないよな。ごめん」

「会社の付き合いでしょ? たまにしかないんだし、それは仕方ないでしょ」

「うん、まあ……」


 怒りの原因はだらしなく酔っ払ったことでもなかったようだ。


「ほら、もっとあるでしょ? あたしに謝らなきゃいけないこと」


 なんかもはやクイズと化している。

 でも玲愛がすごく真剣な顔で訊いてくるからヒントを求めるような空気ではない。


「茅野さん、あたしになにかひどいこと言わなかった?」

「あっ……」

「なに? 言ってみて?」

「もしかして『普段玲愛から絡んでくるくせにこっちがその気になると拒むんだな』って言ったこと?」

「そう。それ」

「い、いや、本気で嫌がってただろ?」

「そりゃそうだよ! あんな酔っ払った勢いみたいな感じで迫られたら……すごく悲しかった」


 玲愛は不服そうに口を歪め、斜め下に視線を落として呟く。


「あたしって酔った勢いでしか口説けない程度の魅力ないわけ?」

「い、いや、そういうわけじゃなくて」

「普段は可愛いなんて言ってくれないのに、なんで酔っ払ってるときだけ言ってくれたの?」


 ジトーッと責める目付きで睨まれ、嫌な汗が滲み出てきた。


「エッチなことをしたいからてきとーに誉めておこうとか思ったわけ?」

「違う! それは絶対に違うから!」

「じゃあ本当にかわいいと思ってくれてるわけ?」

「それは……まあ、思ってるけど」

「へぇ、そうなんだ」


 玲愛はニヤニヤと顔を緩める。

 なんだか急激に恥ずかしくなってきた。

 昨夜の俺に説教したくなる。

 この流れだと恐らく──


「じゃあ今かわいいって言って」

「やっぱり。そう来ると思ったよ」

「なにその言い方! せっかく許してあげようかって思ってたのに! もういい。やっぱ許さないから」


 玲愛はプイッと顔を背ける。

 見えないけどいま絶対笑いを噛み殺しているに違いない。



「かわいい。玲愛はかわいいよ」

「もっと心を込めて!」

「あー、もう。玲愛はかわいい。何回も言わせんなよ」

「ほんと?」


 くるりと振り返った玲愛は俺の予想に反し、笑っていなかった。

 不安と喜びがない交ぜになった、泣き出す寸前のような顔をしていた。


 潤んだ瞳は上目遣いで俺の目を見詰め、頬は恥じらうように紅く染まっている。


「か、かわいい……」


 ドキンっと心臓が跳ね、思ったままの声が口から飛び出した。


「し、知ってるしっ……前からだしっ!」


 誉められると弱いのはいつも通りだ。


「前からかわいいけど、今日はいつも以上にかわいいよ」

「そ、そう? ありがと……」


 脳が軽く目眩するほど、俺も昂ってしまっていた。

 これまで玲愛に対するあらゆる感情を押さえ込んできた反動なのかもしれない。


「さ、朝ごはんにしよ」

「お、おお。そうだな」


 一瞬生まれかけた危うい空気を消し去ろうとする。

 玲愛はまだ高校生だ。

 間違いは許されない。


「にしても昨日みたいに酔っ払うのはもうなしにしてよ」

「悪かった。気を付けるよ」

「着替えさせるのも大変だったんだから」

「え? 着替えさせてくれたの?」

「だってスーツのまま寝るんだもん。シワになるでしょ」


 すっかり忘れていたが、確かに起きたとき着替えていて、スーツもハンガーにかかっていた。


「き、着替えしたって、まさか……下着も?」

「そ、そりゃそうでしょ。変なこと聞かないでよ!」

「いやいやいや! マジかよ!? ってことは……その、見られた?」

「暗かったし、見ないようにしたから! 変態」


 玲愛は赤い顔で怒る。

 っていうか昨日あんなに怒っていたのに着替えさせてくれるなんて、玲愛は本当に思い遣りがある奴だ。


「不公平っていうなら茅野さんもあたしを着替えさせていいよ?」

「するか、そんなこと!」

「したいくせにー。かわいい玲愛ちゃんの裸、見たいんでしょ?」

「馬鹿か。そういうのじゃないから」

「我慢しちゃって」


 生意気に笑う顔もかわいい。

 照れ屋の癖にすぐウザ絡みしてきやがって。

 いつか仕返ししてやるからな。




 ────────────────────



 喧嘩してもすぐに仲直り。

 それが大切ですよね!

 なんとなくなかったことのようにやり過ごしても、いつか溜まってしまうものですから。

 適度に喧嘩してすぐに仲直り。

 そんな健全な二人です!


 さて次回は驚きの展開が!

 お楽しみに!




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