第28話 遭遇

 いつもより仕事が早く終わった夜、俺は玲愛と待ち合わせて少し大きなスーパーに買い物に来ていた。


「今夜はお鍋だからお肉もお魚もいるからね」

「へぇ。なに鍋?」

「ガーリックとポルチーニで香りを取ったイタリアン鍋だよ。チーズも乗せるの。〆めはもちろんパスタ」

「へぇ。イタリアンなのにトマトベースじゃないんだね」

「そう! さすが茅野さん。そこに気付いてくれて嬉しい! トマトぶちこめばイタリアンっていう風潮に一石投じたいんだよね、あたし」


 家庭料理で作ったくらいで鍋業界にはなんの影響はないだろうけど、心意気はさすが玲愛だ。


「俺、タラが食べたいんだけどいいかな?」

「もちろん! あたしも入れようと思ってたし! 鍋は好きなものを入れて食べるのが美味しいよね!」


 二人で早歩きになり鮮魚コーナーへと移動する。


「あれ、茅野さん?」


 タラに手を伸ばした瞬間に呼び止められて、ギクッとする。

 ……聞き覚えのある声だ。


 振り返ると少し驚いた顔をした古泉さんが立っていた。


「お、おおー、古泉さん。奇遇だね」

「ここのスーパー品揃えがいいからたまに来るんです」


 そう言いながら古泉さんはチラッと隣に立つ玲愛に視線を向けた。

 ヤバい。

 なんて説明すればいいんだ……

 玲愛は怪訝な表情でジトッと古泉さんを見ていた。


「こ、この子は玲愛っていって、親戚の子なんだ。遊びに来てて、今から鍋を作ろうって話になって」

「そうなんですね。はじめまして、玲愛ちゃん」

「……どーも」


 玲愛は目をそらし、ぶっきらぼうに挨拶する。

『親戚じゃないし』とか拗ねると危惧したが、さすがにそこまで子どもじゃないようだ。

 俺の立場も理解してくれている。


 ふて腐れた態度の玲愛にも気を悪くした様子がないのは、さすが古泉さんだ。


「寄せ鍋ですか?」


 かごの中身を見ながら古泉さんが微笑む。


「ブブー、はずれー。イタリアン鍋でした」

「イタリアン? トマト鍋ですか?」


 首を傾げる古泉さんに、俺と玲愛は目を合わせて声を出さずに笑う。


「トマトは使わないイタリアンなんだよ」

「え、そうなんですね。珍しい」

「ニンニクとかポルチーニとかオリーブオイルを使うの」

「へぇ! 美味しそう!」

「でしょー?」


 目を輝かせて驚く古泉さんに玲愛は得意気だ。


「茅野さん、料理もお上手なんですね!」

「は? あたしが作るんだけど」

「玲愛ちゃんが!? すごい!」

「玲愛は料理が得意なんだ」

「えらいなー。私なんてまだまだ全然」

「まぁね」

「教えて欲しいな」

「いいよー。教えてあげる」

「やった! じゃあ早速今日お邪魔させて」

「え?」


 誉められてつい調子に乗ってしまったのだろう。


「今日なの?」

「だって今日茅野さんのおうちに遊びにきてるんでしょ? ちょうどいいかなって」

「そ、そっか……ちょうどいいね。あはは……」


 まさか毎日いるとも言えず、そのまま古泉さんを連れて家に帰った。

 古泉さんがトイレに行った隙に玲愛が俺を睨む。


「なんでついてきちゃうのよ!」

「玲愛が誘ったんだろ」

「そうだけど……あの古泉って人、茅野さんに気があるんじゃないの?」

「まさか。ただの職場の同僚だよ」

「そんなの分かんないじゃん! 茅野さん鈍感だから気付いてないだけじゃないの?」


 玲愛はご機嫌斜めだ。


「それに親戚の子ってなによ! 彼女って紹介してよね!」

「んなこと言えるか! っていうか彼女じゃないし」


 なんだかややこしい状況になってしまった。


「すごい片付いてるんですね! さすが茅野さんって感じ」


 古泉さんがトイレから戻ってきて、俺たちは慌てて言い争いを中断する。


「それ、あたしが片付けたの」

「玲愛ちゃんが? すごいね」

「別にフツーだし」


 謎の対抗意識を燃やす玲愛はツンツンした態度だ。

 あまり頻繁に来ている感を出さないで欲しいとヒヤヒヤしてしまう。


 料理が始まったので俺はアシスタント役としてキッチンの端に立つ。

 まあ料理といっても鍋だからそれほどすることもない。


 でも食材を切るにしても玲愛と古泉さんでは違いが出ていた。

 手際のよさはもちろんとして、玲愛は食材の繊維方向にまで気を遣っている。


「あー、違う。タラは繊維がこの向きだからこう切るの」

「へぇー。本当に詳しいんだね」

「これくらいは基本だよ?」

「はい。覚えておきます」


 古泉さんは年下のギャルに指導されても素直に受け答えをする。

 偉そうに言われても怒る様子がないのはさすがだ。


「てか彼氏に料理とか作ってあげてないの?」


 探りをいれるように玲愛が訊ねる。


「か、彼氏とか、いないから……」

「マジで? 可愛いのに」

「か、可愛くなんかは……」


 古泉さんは顔を赤くして手をブンブン振る。

 どちらが年下なのか分からないリアクションだ。


「玲愛ちゃんは彼氏いるの?」

「いるよー」

「嘘つけ。いないだろ」

「はぁ? います」


 玲愛はぶすーっとした顔で俺を睨む。


「そうですよ、茅野さん。決めつけはよくないです。高校生にもなれば親や大人には隠してることもたくさんあるんですから」

「そうそう。彼氏とはキスまでしちゃったし」

「あれはキスと言うより事故だろ!」

「あれは?」


 古泉さんは小首をかしげる。


「あ、いや……高校生でキスなんて早いぞ!」

「早くないでしょ?」

「私も早くないと思いますよ」


 玲愛と古泉さんは目を合わせて「ねー?」と声を会わせる。

 なにこの妙なドキドキ感……

 マジで勘弁して欲しい。




 ────────────────────



 創作鍋、楽しいですよね!

 昨シーズンは辛味噌鍋などを作りました。

 ちなみに鍋の具材は鱈が好きです。


 最近はトマト鍋とかカレー鍋とか豆乳鍋とか色んな鍋が一般化してきました

 個人的にはミツカンの焼きアゴだし鍋が凄まじい美味しさでした。


 とはいえ茅野さん、この状況では味もしないかも……


 次回はこの修羅場?の続編です!

 頑張れ、茅野さん!


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