第27話 茅野の努力
十二月に入り、朝の報道番組もスタジオをクリスマス仕様に飾り付けていた。
「ねぇ茅野さん。クリスマスどうする?」
玲愛はトーストを噛りながら訊ねてきた。
今朝はオムレツやサラダなどの洋風な朝食だった。
「どうするもなにも仕事だけど?」
「それは分かってるよ。仕事終わったあとの話。家でクリパする? それともお外デート?」
玲愛の頭の中ではクリスマスパーティーは決定事項らしい。
「悪いけど両方却下だ」
「えー? なんでよ!」
「俺は一応外食産業の末端で働いている身だ。年末はクリスマスだけじゃなく忘年会もあるし、蕎麦屋は大晦日で大忙し。更にはおせち。和食に限らず最近はレストランもおせち料理で忙しいんだ。俺たち納入業者もかきいれ時だ。帰りも遅くなるし、急な呼び出しもあるかもしれないし、パーティーの約束はできない」
「ふぅん……そっか。わかった」
玲愛はしかたなさそうに頷く。
「ごめんな」
「ううん。あたしも来年からは『そっち側』の人間だもん。仕方ないよ」
苦笑いしながら首を振る。
なんだか申し訳なくて心苦しい。
これならいつものようにゴネられた方がましだ。
会社に着いてすぐに注文を受けていた商品を車に積む。
各店舗年末に向けて発注が多いので相当の量だ。
一度では配達しきれないので一度会社に戻って積み直さなければいけないだろう。
「今日も忙しそうですね」
古泉さんが伝票を片手にやって来た。
「年末だからね」
「最近全体の売上が下がってるのに茅野さんは好調ですもんね」
「たまたまだよ」
「たまたまなんかじゃないですよ。既存のお客さんを大切にしてるから、その結果です」
「普通のことをしてるだけだって」
「急な注文にも迅速に対応したり、売上が落ちてる店でも足しげく通って親身に相談に乗ったり。なかなか出来ることじゃないです」
「そうかな? ありがとう」
古泉さんは自分のことのように誇らしげに語る。
あまり誉められ慣れてない俺はなんだかちょっとくすぐったくなる。
それにしてもずいぶんと古泉さんは俺の仕事のやり方を見てくれている。
特別親しいというわけではないのに意外だった。
きっと各営業マンの仕事をしっかりと把握しているのだろう。
そう思うと古泉さんこそ丁寧な仕事ぶりだ。
「でも無理しすぎてないか、ちょっと心配です」
「無理なんてしてないよ」
「そうでしょうか?」
古泉さんはじっと俺の目を見る。
「なんか離婚してから今まで以上に無理してる気がします」
「そう? 全然そんなことないよ。離婚できて清々してるくらいだし」
「それが心配なんです。奥さんと別れてから無理に明るく振る舞ってる気がして」
「そんなことないんだけどなぁ」
明るく振る舞ってるんじゃなくて、本当に楽しくて生き生きしているだけだ。
舞依と結婚していたときはぶつかることも多かったし、鬱々とする日も多かった。
だが玲愛と生活していると美味しい料理を食べたり、一緒にゲームしたりと楽しいことが多い。
まあウザ絡みが過ぎて疲れることもあるけれど。
家での生活が楽しいから職場でも自然と笑顔になるのだろう。
「お一人だと大変ですよね? 今度お掃除にお伺いさせてもらいます」
「い、いいよ、大丈夫! 気にしないで」
「でも……」
「掃除とか洗濯とか得意なんだよ。お気持ちだけで」
「そうですか?」
まさかJKと同居していて、家事はその子がしてくれているなどと言えるはずもない。
別に悪いことをしている訳じゃないけどなんだか後ろめたさも感じてしまう。
営業と納品に回ると、各店舗クリスマスに向けて気合いが入っていた。
最近はデリバリーの注文も多いからオードブルなどの宅配容器もよく売れる。
「いつもありがとうね、茅野さん」
唐揚げ専門店『鶏べぇ』の店長が笑顔で応対してくれる。
この店は俺が飛び込み営業で掴んだ客先だ。
はじめは無愛想でまともに取り合ってくれなかったが、足繁く通っているうちに小物の注文をくれるようになった。
今では必要なものはなんでも、ごみ袋やラップでさえ俺から購入してくれる。
「こちらこそありがとうございます」
「チキンはクリスマスがピークだからもう少し宅配容器を発注しておこうかな。容器に入りきらなくて二個、三個と必要な客もいるし」
「それでしたらこれなんてどうですか?」
最近取り扱いはじめたバーレル容器のカタログを見せる。
蓋がドーム状になっており、作りもしっかりとしたものだ。
これなら大容量入れることが出来る。
「お、いいね、これ」
「ありがとうございます。大きさもさることながら、ちょっとワクワクするようなデザインですよね。これに鶏べぇさんの唐揚げを詰めたら映えると思いまして」
「相変わらず商売上手だな」
俺は新製品を見たらどの店に合うかまでを考えている。
こうして喜んでもらえることがあると、提案してよかったと営業冥利につきるものだ。
鶏べぇで追加注文を頂き、社用車に戻る。
「さぁ、残りも頑張るぞ」
パンパンっと頬を叩いて運転席に座った。
公私は分けているつもりでも所詮は人間だ。
私生活がうまく行っていると仕事にも気合いが入る。
これも玲愛効果だな。
誉められてニヒーッと笑う顔が浮かび、俺も笑い返す。
なんだかすっかり俺の生活に玲愛は切り離せないものとなっていた。
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今回は茅野さんの仕事ぶりメインでした。
働くと楽しいこと嬉しいこともあるけれど、大変なことも多いと思います。
でも同じくらい大変でも私生活が潤ってるか、カサカサなのかで気分も違うもの。
家にいる時間が楽しくなるようなパートナーが理想ですよね!
最後は久々の玲愛ちゃんメモ
高校に入ってからは毎年麟子ちゃん、霞ちゃんとクリスマスパーティーをしてました。
なかよし三人はコスプレなどもして盛り上がっていたようです。
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