第26話 思い出の店

「その通り。玲愛は人を笑顔に出来る」

「マスター!」


 いつの間にかコック服を着たマスターがテーブルにやって来ていた。

 笑いシワが刻まれた優しそうな顔立ちながら目には鋭さがある初老の男性だった。


「はじめまして。茅野と申します。素敵な料理をありがとうございました」

「ほぉ。お兄さんが玲愛の彼氏か。いい顔してるな」

「いえ、彼氏では」

「玲愛を頼むよ。こいつはしっかりしてるようで案外落ち込みやすいところもあるからな」


 はははっと笑わいながら俺の肩をポンポンと叩く。

 俺の話を聞いてくれそうな気配はなかった。


「春から玲愛がお世話になります。どうぞよろしくお願いします」

「ああ。任せとけ。玲愛は筋がいいからな」

「あたしなんて全然だし」


 相変わらず料理に関してだけは謙虚なようだ。


「技術的にはまだまだだけど、センスがあるんだよ。玲愛を雇うことにしたのも古くからの付き合いとかじゃない。可能性を感じてからだ」

「だってさ、玲愛」

「うっさい。聞こえてるし」


 玲愛は顔を赤くし、指先で髪をくるくると弄る。

 いつもからかわれているから仕返しだ。

 でも本気で照れているみたいだからこの辺で許してやろう。


「いいお店ですね」

「ありがとう。まあ二十年くらい変わってないし、古くさい店だけど」

「そこがいいんですよ。落ち着ける温もりのある空間といいますか」

「あたしがはじめて来た時から変わらないもんね。あのテーブルも、あの振り子時計も」

「ま、色々あったけど、おかげさまでなんとか続いたな」


 マスターは目を細め、店内を見渡した。

 この店には俺の知らない色んな歴史があるのだろう。

 人々の笑顔や色んな思いがこのレストランに染み込んでいる。

 作り物ではないノスタルジーにはそんな重みが漂っていた。


「玲愛がはじめて来たときもこの席だったな」

「え? マスター覚えてくれてるの?」

「ああ、もちろん。お人形さんみたいに可愛らしい女の子がちょこんと座って。お子さまランチじゃなく、ハンバーグを注文してな」

「すごい! あたしより覚えてるし!」

「こんなに美味しいハンバーグ、生まれてはじめて食べた。そう言ってくれたんだ。それが嬉しくてね」

「絶対また来ようねってママと約束したんだ」


 二人はそのときのことを思い出しているのだろう。

 とても優しくて、そして少し寂しそうな笑みを浮かべていた。



 店を出ると玲愛は俺の腕を取り、寄り添ってくる。


「おいおい。お巡りさんに見つかったら青少年健全育成条例違反で捕まるだろ」

「大丈夫。あたし大人っぽく見えるし」

「そう言う問題じゃないから。ほら、離れろ」

「もうちょっとだけ」


 いつもならすぐに離れるが、今日は諦めが悪いようだ。

 仕方なくそのまま少し歩く。


 クリスマスも近付き、街は普段より二割ましで浮かれたムードだ。

 お陰で寄り添って歩く恋人もちらほらといるから目立たない。


「彼氏が出来たらあのお店にいって、帰りにこうして歩くのが夢だったんだ」

「じゃあ予行演習だな」

「そうだね」

「お? 珍しく今日はウザ絡みしてこないんだ?」

「そうだよ。つぎ茅野さんと来るときは恋人同士だろうから、その予行演習」


 ニヒーッと笑う顔は憎たらしくもあり、愛らしくもあり、なんだか複雑な気分にさせられる。


 玲愛は更にぎゅっと俺の腕にしがみつく。

 ぷにぷにと柔らかな感触を押し付けられて気まずい。

 当たっちゃってるのは本人も当然気付いているのだろう。


「茅野さんこそ、いつもなら無理やり引き離そうとするのに」

「そうしてやろうか?」

「やだ」


 玲愛は笑いながら俺の腕をぐいっと引っ張る。

 色んなことがあったけど、もうすぐ今年も終わる。

 来年もこうして玲愛と過ごしているのだろうか?




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 季節感丸無視の冬のお話ですいません。

 読んでる時だけ年内を年末モードにしてもらえるとありがたいです!


 玲愛の過去も現在も未来も作品で描いていけたらなぁと思っております。



 幸せな二人、次はどんなハプニングが待っているのでしょう?

 二人ならきっとどんな困難でも乗りきれますね!


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