第29話 テーブルの下の攻防

 出汁は既に作っていたから切った具材を煮込むだけで鍋は完成した。


「わー、いい香り」

「あ、ちょっと待って。ブツ撮りするから」

「写真?」


 玲愛が完成した鍋にカメラを向けると、古泉さんは少し照れながら鍋の前でピースをしてカメラを見る。


「……なにしてんの?」

「写真撮るんでしょ? さあ茅野さんも笑って」

「そうじゃなくてお鍋だけ撮るの」

「え? なんで?」

「玲愛は料理の作り方や紹介のSNSをやってるんだよ。そのための撮影」

「あ、そうなんですね。失礼しました」


 古泉さんは照れくさそうに頭を下げる。やや天然なのだろうか?


「それにしてもSNSで料理紹介なんてイマドキなんだね」

「そう? 普通じゃない?」

「私なんてどのSNSもなんとなくアカウントだけ取得して何にも使えてないもん」

「あー……なんとなく分かる。古泉さんってそんな感じだもんね。初対面だけど分かる」

「あ、ひどい。バカにされた」


 玲愛にからかわれ、古泉さんは笑いながら拗ねた顔をする。

 でも怒っているというよりイジッてもらって喜んでいるだ。

 真逆のように見えて案外この二人は気が合いそうにも見える。


 撮影が終わり、食事が始まる。

 イタリアン鍋はどんな味なのだろうと少し心配していたが、思いの外ミスマッチ感はない。

 塩ベースなので物足りないかと危惧していたが、食材の旨味がしっかりしているから問題もない。


「美味しい! 確かにイタリアンだね、これは!」

「トマト要らないでしょ?」

「うん。玲愛ちゃん、天才だね!」

「それは大袈裟だって」

「こんなに料理が上手なら彼氏さんも喜んでるでしょうね」

「どうかなー? 最初は喜んでくれたけど、最近はそんなに誉めてくれないし」


 玲愛はちょんちょんと顎を人差し指でタップしながらチラッとこちらを見た。


「えー? それはダメだね。いつも誉めてくれないと」

「でしょー?」

「女の子は誉められて成長するのにね!」

「そーそー! あり得ないよね」

「いつも誉めてるだろ!」


 あまりに責められて思わず口走ってしまった。


「親戚の叔父さんは誉めてくれますよ。彼氏の話をしてるんですよ?」


 古泉さんは躊躇いながら微笑む。

 玲愛は笑いを噛み殺した顔で俺を見ていた。


「年上なのにそういうところは気が利かない彼氏なんだよね」

「へぇ。高校三年生なのに年上ってことは大学生?」

「ううん。社会人だよ」

「そうなんだ!? 大人だねー、玲愛ちゃん」


 玲愛が調子に乗りすぎて口を滑らせないかヒヤヒヤする。


「どんな人なの?」

「も、もういいじゃない、古泉さん。鍋食べようよ、鍋」

「親戚の叔父さんとしては姪の恋愛話は照れくさいものなの? それとも玲愛ちゃんが大人になって複雑な心境とか?」

「そ、そうじゃないけど」

「彼氏はすごく優しくて、かっこよくて、人の心に寄り添ってくれる人なの。だけどずけずけとお節介焼いたりしなくて、そっと見守ってくれる感じ」

「へぇ。なんか茅野さんに似てますね」

「ぼふっ!」

「きゃあ!? ちょっと、茅野さん、大丈夫!?」


 思わずお茶を吹き出してしまい、慌てて玲愛が拭いてくれる。


 気まずさと緊張で汗腺がピリピリしてきた。

 なに地獄なんだよ、これ。


「素敵な彼氏さんだねー」

「まぁね」


 玲愛は自慢げに笑いながら、テーブルの下で脚を伸ばして俺の脚をスリスリしてくる。

 マジでやめて!

 バレたらどうするんだよ!


 訴えるように視線を送ったが、玲愛は知らん顔で古泉さんに視線を向けていた。



 食後の片付けが終わると既に二十一時を回っていた。


「送っていくよ」

「ううん。大丈夫です。お酒もほとんど飲んでないし」


 俺が飲まないからか、古泉さんもほとんど飲んでいなかった。

 一応家にあったビールを出したが、一缶空けただけだ。


「気にしないで。どうせ玲愛も送っていくから。俺が飲まなかったのは車を運転するという理由もあるし」

「そうですか? じゃあお言葉に甘えて」


 玲愛はあくまで遊びに来ているという設定だ。

 俺が運転席に乗ると当たり前のように玲愛が助手席に座る。

 しかし古泉さんのマンションまでの道中はほとんど玲愛と古泉さんが話していた。

 妙なライバル心がある割に話は合うようだ。


 古泉さんを下ろし、車を走らせると自然と安堵のため息が漏れた。


「ふぅ……なんとかバレずに済んだな」

「あたしの名演技のお陰だよ」

「はあ? 際どいこと言うからバレるかと思ってヒヤヒヤしたぞ」

「バレたっていいじゃん。茅野さん独身なんだから」

「女子高生と同居しているなんて知られたらヤバいだろ」

「同居じゃなくて同棲ね」

「同居だ」


 わずかな違いだが、同棲だと一気に犯罪臭が強くなる感じがする。


「古泉さんは絶対茅野さんに気があるな」

「あるかよ。なんでもそっち方面に考えるのやめろって」

「ことあるごとにチラチラ茅野さんを見てたし」

「そりゃ三人しかいないんだから俺の方も見るだろ」

「ほんとに鈍感なんだから」


 玲愛はジトーッと俺を睨む。


「言っとくけど俺は玲愛が思うほどモテない。古泉さんは誰にでも優しいんだよ」

「はいはい。ま、あたしとしては鈍感な方が助かるからいいけどねー」


 まったく。

 なんでもかんでも恋愛に結びつけるのは困ったものだ。

 JKっていうのはそういうもんなんだろう。





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 この小説、ここまでで約六万五千字です。

 文庫本はだいたい10万字程度なので、一冊の本でいえばまずまず進んだところですね。


 こんなにたくさんの人にここまで読み進めてもらえてとても幸せです。



 物語はまだまだ終盤ではありません。

 当初のここまでという目標はまだ先です。


 なのでご安心してお読みください。


 次の作品もぼちぼち書いてます。

 いまは一人のヒロインのラブコメ全盛期ですが、あえて多数ヒロインものを書いてみようかなと思ってます。

 これからもよろしくお願いいたします!



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